第11話 今日はお客さんが来るから山の探索はお休みだ

――天原衛


 アイリスがオントネーに着て10日ほど経った。

 野外活動に慣れていない彼女への訓練として、今は俺と一緒に周囲の山に仕掛けた罠の確認を手伝ってもらっている。

 山道すら整備されてない山の探索に付き合わせたら、アイリスはすぐに音を上げるかもしれないと心配していたのだが、彼女は俺が想像していたよりもずっと根性のある女性だった。

 登山道は全く整備されておらず、雪によって歩きにくさも滑落の危険性も五割増しになった山の中を歩き回るハードなハイキングに彼女は文句ひとつ言わずについて来る。

 それどころか、10日も経つと女性同士気が合うのか恵子と他愛のない世間話をする余裕すら生まれてきている。


「しかし、恵子が体操の天才少女だったのは知ってたけど、衛も体操選手だったなんて意外ね。男の子なら街に行ったらベースボールやバスケットやりそうなのに」


 野菜の収穫が終わり朝飯を食っている途中。

 俺は自分でも半ば忘れていた黒歴史をアイリスに引っ張り出され、口に含んだご飯を吹き出しそうになった。


「母さんが、体操クラブでコーチをやってたから俺も付き合わされたんだ。もっとも俺は才能なかったから大した成績はあげてないぞ」


 身体を鍛えるのに都合が良かったので高校卒業まで体操部には所属していたが、最高成績はインターハイ県予選の吊り輪で8位入賞。

 日本代表に選ばれた恵子とは比べ物にならない平凡な選手だった。


「てか、なんで俺が体操やってたことアイリスが知ってるんだよ?」

「恵子が教えてくれました。おかげで小中学校時代の衛がどんな子供だったか、だいたい把握できました」

「をい、恵子ッ!! 俺のプライバシーを勝手に話すなよ」

「いやあ、アイリスと世間話してるとき、ついマモちゃんのこと話しちゃうんだよね。いいじゃない、子供のころの思い出で知られて困る事なんてないから」


 恵子をチベスナ顔で睨むと、彼女は照れ笑いを浮かべる。


「衛が体操部か……以外でもなんでもないな、こいつ入隊したときから体力だけは人一倍あったからな」


 体操はアクロバットをこなす為に全身の筋肉を満遍なく鍛える競技だ。

 パワー系の競技と違って体重を無理に増やすこともしないので、山岳兵として山の中を歩き回るために体操で鍛えた身体能力は大いに役立った。


「十字がハイスクールで何やってたか気になりますね。十字だって子供のころからソルジャーだったわけじゃないですよね」

「俺は野球部でピッチャーやってた」

「お前野球部だったのかッ!?」

「そうだよ。聞かれたら答えたが聞かれたことなかったからな」


 牙門の意外な過去を聞いて少し驚く。

 こいつの事だから、学生のころも弓道とか格闘技とか自衛隊に入るのに役立ちそうな部活をやっていると思っていた。


「さて、そろそろ準備するか。今日はお客さんが来るから山の探索はお休みだ」

「確か札幌に居るマモノ駆除班のメンバーと演習をやるんですよね」

「俺と牙門がマモノ役として、山に潜んでマモノ駆除班を迎え撃つ予定だ。俺達のサバイバル技術がどのくらい実戦で通用するか確かめる必要があるからな」

「マモノ駆除班が総出で来るんだ。じゃあ、今日の晩御飯はたくさん作る必要がありそうね」

「悪いけど食事の用意はお前たちに任す。まっ、食えればなんでもいいから適当に用意してくれ」

「適当ね、わかったわ」


 食事の準備を任された恵子はニコリといたずらっぽい笑みを浮かべた。




 ほどなくして、2台のハイエースが家の庭先に乗り付け、屈強な男たちが次々と下車して来る。

 総勢9名。

 札幌で勤務している、異世界生物対策課マモノ駆除班の隊員達だ。

 

「異世界生物対策課マモノ駆除班9名ただいま到着いたしました。今回は、野戦訓練の提案と訓練場の提供ありがとうございます」


 敬礼と共に挨拶をしたのは、マモノ駆除班の隊長に就任した斎藤さんだ。

 牙門がキュウベエを監視するためにオントネーで住むことになったので、齋藤さんがマモノ駆除班の班長に繰り上げされた。

 ちなみにオントネー組、俺と牙門、恵子の3人は異世界生物及びゲート監視班という独立した部隊として位置づけされている。


「今日のレギュレーションは聞いているか?」

「ああ、衛と牙門の二人がマモノ役として山に潜み。俺達は、追跡役として二人を追いかける。牙門が使用する武器は弓と手製の矢にゴムカバーをつけたもの使用。衛は戦闘でマジンの能力は使わず、山刀とブービートラップだけで俺達に攻撃するだな」

「物足りないと思うけど、あくまで俺と衛がニビルで補給なしでどのくらい戦えるかを試すための訓練だから」


 ちなみに今回の訓練に恵子は参加を見合わせてもらった。

 彼女はマジンとしてのスペックが高すぎてマモノ駆除班を一方的に殲滅することが出来るので訓練にならないからだ。


「齋藤さん達は好きな武器を使っていいと思いますが……やっぱり89式を持ってきましたか」


 齋藤さん達が持ってきたのはキュウベエと戦うときに使ったグレネードランチャーではなく、自衛隊で広く普及している89式自動小銃のレプリカだった。

 相手が人間だとわかっているならグレネードのような過剰な火力は必要なく、対人用として広く普及している自動小銃の方が役に立つと考えるのは当たり前の発想だ。


「悪いが今回は勝たせてもらうぞ。丸腰同然の相手に負けたとあってはマモノ駆除班の面目に関わるからな」


 弓と山刀しか持たない相手に完全装備で戦いを挑む齋藤さん達も大人げないと思うが、不利な条件で戦う訓練をしたいと提案したのは俺達だ。

 せいぜい、瞬殺されないよう頑張ることにしよう。

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