第10話 それじゃ、これからイノブタの解体やります。
――アイリス・オスカー
目の前に宙づりにされたイノブタがいる。
昨日、山で括り罠にかかっていたイノブタだ。
喉元の頸動脈を切り裂かれ、身体中の血を絞り出されたイノブタは生気のない表情で虚空を見つめている。
「それじゃ、これからイノブタの解体やります。これも訓練の一環だと思ってください。ニビルに行ったときに食料になる動物を捕まえたけど解体出来ないから食べられませんじゃ話にならないからな」
「ニビルに行ったら、マジで森の中で解体やることになりそうだもんね」
生きるためには食べなければならない。
野生動物なら何も考えずに生肉に齧りついても強力な胃酸が寄生虫や大腸菌を殺してくれるが、人間である私達がそれをやったら食中毒になる事間違いなしだ。
子供のころから、捕まえた獲物の解体を手伝っていたという衛と恵子は、解体するための準備をテキパキと進めていく。
「二人は、イノブタの解体って何歳くらいから手伝っていたの?」
「10歳くらいかな。お爺ちゃん頑固だったからなあ『獣が獣の肉を食らうのは世の理。現代人は獣を肉にするのを人任せにするから食べ物を粗末にするんだ』って、ブーブー文句言ってたわ」
「アメリカでそんな子育てしたら児童虐待で逮捕されるわね」
二人を育てた祖父の教育方針は、子供に人殺しや暴力から極力遠ざけようとアメリカの情操教育の真逆を行っていたらしい。
「アメリカ人って変なこと気にするなあ。汚いもの、怖いものを全部人任せにする方が歪んでると思うんだけど」
「仕事の手伝いはやらされたけど、窮屈さは感じなかったよね。私達、家事の手伝いのとき以外は、遊びほうけても文句言われなかったし」
「まあ、遊ぶと言ってもこの辺山しかないから。山の中でかくれんぼしたり、虫取したりとか山で遊んでたんだけどな」
あの登山道の全く整備されていない山で遊んでいたことを楽しい思い出として語っている時点で、二人がどれほどクレイジーな幼少期を過ごしていたか容易に想像がつく。
同時に、ニビル調査隊のメンバーとしてここまで高い適性を持った人間は他に居ないと思う。
「それじゃ解体していくぞ。血抜きは終わったからまずは後ろ足の腱と、下腹部辺りの毛皮に切り込みを入れるんだ」
衛に言われるまま、私はイノブタのアキレス腱部分から下腹部かけて縦の切り込みを入れる。
職業柄肉を切るのには慣れているので、両足の腱に切り込みを入れる作業はすんなり成功した。
「切り込みを入れたら皮の脂肪の間に熱したナイフを当てて切りはがしていきます。脂肪と皮膚は癒着してるから脂肪表面を熱で溶かさないと剥がれないんだ。
ただし、程度切っていくとナイフが冷たくなって切れなくなるから、その時はコンロで温め直してください」
衛に言われるとおり皮と脂肪の間に熱したナイフをギュッギュッと当てて、皮をはがしていく。
ちなみに一番手際がいいのは恵子だ。
私と衛はナイフが冷めるたびに、ナイフをコンロの火に当てて熱さなければならないが、火魔法が使える恵子は魔法を使って常にナイフを熱された状態に保つことが出来る。
「恵子、火魔法使うのは反則だろ」
「別にいいじゃない魔法なんて道具と同じ。時と場所を選んで便利に使っていけばいいのよ。それに温度管理も完璧だからキレイに剥がせるでしょ」
確かに恵子の作業をした場所は、私や衛が担当したところよりも皮と脂肪がキレイに分離している。
恵子の手際の良さもあり、予想より早く皮をはがす作業は完了した。
黒い皮を剥がされたイノブタは、真っ白な脂肪が全身を覆う状態となっていた。
「ここからは、作業台に乗せて肉をブロックごとに切り出します。慣れてくると大体の場所が判って来るんだが、切り出しは基本的に基本的に骨と骨の間に刃を入れて切り取る感じです。例えば頭の場合は頚椎を繋ぐ骨と骨の間に刃を入れるんだ」
衛がイノブタの首筋に肉切包丁を当てると、イノブタのクビがストンと落ちた。
そこから、イノブタが精肉店でよくみるブロック肉に次々と解体されていった。
大腿骨を胴体から切り離すともも肉が、脊椎から肋骨を切り落とすことでスペアリブが出来上がる。
私も衛に教えられるままに、肉の切り出しを手伝った。
衛は簡単そうにやっていたが、脂肪に覆われたイノブタ身体の中にある骨と骨の間を探すのはなかなか大変な作業だった。
「イノブタの解体、なかなかハードね」
私は普段縁のない重労働をこなした疲れで、ハアハアと息を荒げながら椅子に座り込んだ。
今回捕まえたイノブタは体重50キロに満たない小型の個体だったがそれでも可食部は多い。
頭部だけでも舌を切り取ればタンに、頬、顎、後頭部の肉も切り落とせば食べることが出来るという。
「これだけあれば一週間は肉に困らないな」
一頭のイノブタからとれる可食部は体重の50%ほどだと言うが、それでも20キロ以上の肉が手に入った。
4人で食べ切るには少し手に余る量だ。
「あとで、キュウベエにもおすそ分け持って行くとして、いまからこれ食べようか新鮮だし塩コショウつけで焼くだけでも美味しいわよ」
そう言って恵子が取り出したのは、先ほど切り出したばかりの豚の肋骨スペアリブ。
恵子の言う通り、新鮮なスペアリブの焼肉は頬っぺたが落ちそうになるほどおいしかった。
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