第7話 アイリスさん、バカな男達が作る食卓に革命起こすわよ
――アイリス・オスカー
5時から7時にかけて農作業で汗を流したあと、朝食をとる。
料理を作るのは主に衛で、収穫したジャガイモを電子レンジで加熱したものと、収穫したてのニンジンをスライサーで細かく刻んだサラダ、あと解凍したジビエ肉の焼肉が食卓に並ぶ。
「うげっ、またこれなの。少しは変化つけなさいよ」
「野菜も肉も新鮮だし美味しいじゃない」
私はアメリカでは高額でなかなか食べる機会のない新鮮な野菜食べることができて大満足だったが、恵子は朝食の内容に不満そうに口をとがらせている。
「マモちゃんの料理って、素材の味を生かしたっていえば聞こえはいいけど基本手早く作れるものばっかりなのよ。おまけに朝、昼、晩三食同じのが出てくるから流石に嫌気もさすわよ」
「イヤなら食うな。牙門なんか、毎食同じ献立でも文句言わずに食ってるじゃないか」
「それは、牙門さんがマモちゃんと同じで手早く食べられれば料理の味はどうでもいいって考えだからでしょ」
「二人は似た料理の趣味については似たタイプなのね」
私の知る限り、男性は料理の味に極端にこだわるタイプと、味を気にせず食事をただの栄養補給の手段として割り切るタイプ、この二つに両極端に分かれる傾向がある。
二人の場合、どちらも食事については味より栄養価と効率的に食べることしか興味がないのだろう。
「あの男二人になに言っても無駄だと思うから、メニューを変えるなら恵子が自分で料理するしかないでしょうね」
「私がかあ――」
恵子は言葉を詰まらせる。
「恵子は家事スキル壊滅的だから期待しても無駄だぞ。中学校に入ってからは、家事一切やらなくなったからな」
「だって、体操の練習忙しかったから仕方ないじゃない。私、中二のころから日本代表の合宿とかに行かされてたんだよ」
飛行機事故に遭うまで、恵子は15歳で世界体操の出場権を獲得するような体操の天才少女だった。きっと、練習漬けの日々だっただろうから、料理や家事は衛に任せきりになってしまったのだろう。
「なら、私が料理を教えるから明日から、私達で料理を作りましょうか」
「アイリスさんは料理できるんだ」
「ワシントンはレストランがすごく高いから、自炊しないと破産しちゃうのよ」
いまテーブルに並んでる献立だって調理してポテトサラダやサンドイッチにすればかなり変化を付けることが出来るだろう。
「じゃあ、お願いしようかしら。アイリスさん、バカな男達が作る食卓に革命起こすわよ」
私と恵子は、天原家の食卓に革命を起こすことを誓い鬨の声をあげるのだった。
軽い食休みを挟んで、十字は自分のトレーニングするために茶の間から出て行った。
普段は、ここから全員で夕飯まで別行動をとるらしいが、私と恵子は衛と一緒に山中に仕掛けた罠の確認に向かうことになっている。
本来、衛と一緒に山に入って山歩きのトレーニングをする必要があるのは私だけなのだが、心配なので恵子も同行すると申し出てくれた。
衛は山岳地図を広げてこれから向かう、山道のコースを説明してくれる。
「このレッドで書かれた1~72の番号はなんなの?」
「これは山中に仕掛けた野生動物を捕まえるための罠の場所だよ。いまから、山中にしかけた罠にかかった動物がいないか確認に行くんだ」
「この数を一日で全部ッ!?」
「ああ、正確には午後5時までに家に戻るから、山に入ってる時間は7時間くらいだな」
「7時間でこれを全て回るなんてそんなこと可能なの!?」
「出来る、出来る。少なくとも、俺は毎日それをやってる」
家の周りを取り囲む3つの山に仕掛けた72カ所の罠を全てチェックしてまわるという狂気じみた作業をすると聞いて私は思わず言葉を失う。
本当に巡回しているのだとすれば、高低差400メートル、総距離20.7キロを彼は毎日7時間で踏破していることになる。
やっていることは完全にトレイルランだ。
おそらく衛は、大会に出場しても好タイムをたたき出すだろう。
「ちなみに、罠に獲物がかかっていたら、その場でトドメさし、内臓の取り出し、獲物を担いでの帰還が加わるから、それも覚悟しといてくれよ」
「いや、無理でしょ。マモちゃん、さらっと言ってるけど、家の裏山もう全部冠雪してるからね。アイリスさんはアイゼンなしじゃまともに歩くのも不可能だからね」
衛が普段のペースで行動すれば私はついて来られないと判断した恵子が、さすがにストップをかけてくれる。
ちなみにアイゼンとは靴底に装備する雪道専用のスパイクのついた金属製の板のことで、恵子のいう通り、道が全て冠雪した雪山ではアイゼンなしでは私はまともに歩くことさえ難しいだろう。
「いや、俺はマジンになる前から全ての罠をチェックしてまわっていたぞ。富士登山競争なんて富士山の麓から頂上まで4時間半で登り切らないと失格なんだぞ。こんな低い山の上の縦走なんて7時間もあれば余裕だって」
「それは、マモちゃんと牙門さんが陸自出身のキチガイだから出来ることなんだって、普通の人を一緒にするなッ!!」
「陸自がどういうところかはわかりませんが、アメリカでもグリーンベレーはスーパーマン軍団ってイメージがありますね」
「そうか……仕方ない確認ポイントの数を三分の一にしぼろう、それならアイリスでもなんとかついてこれるだろ」
恵子の口添えで訓練内容を、私でもついていけるようにデチューンしてもらい私達は、衛が罠を仕掛けている裏山へと踏み込んだ。
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