第6話 アイリスさんをオントネーに連れて行くんですか?

――アイリス・オスカー


 結局、私をニビル調査隊の一員として受け入れるという無理な要求を衛達は受け入れてくれた。

 同行する立場の人間がいう事ではないが、アメリカも無茶な要求をしたものだと思う。

 マジンである衛や恵子を私の護衛として利用して、地球外生命体のDNDサンプルというお宝だけ得ようという浅はかな目論見を彼らはとっくに見抜いているだろう。

 日本政府は、アメリカとの友好関係を重視して私を同行させるよう取り計らってくれたが、実際に現地で私を護衛することになる彼らからすれば不満もあるに違いない。


「同行に同意してくれて感謝します。チームの一員として貢献できるように頑張るわ。私これでも、イラクでは割とタフに働いてきたから」

「まあ、イラクで手術しまくったっていうなら応急処置とかお願いするとして、やっぱり心配なのは野外活動での経験不足だな」


 一行のリーダー格らしき衛が、私の全身を頭頂部から足の先までまるでボディスキャナーにでもかけるようにジッと見つめる。

 彼の実年齢が実は30歳で、マジンなので見た目の年齢と実年齢が異なっていても全く不思議はないと聞いているが、見た目がティーンエイジャーにしか見えない少年にじっと見つめられると少しこそばがゆい恥ずかしさを感じる。


「一応、ニビル調査隊に同行するよう命令を受けてからは毎日ランニングとジムでのトレーニングはしているわよ」

「いや、そういう事じゃないんだよ。アイリスさんは土の冷たさも知らないし、野生動物と対峙したときの緊張感も知らないだろ」


 衛は私にサバイバル技術が無いことを心配しているようだ。

 

「由香、調査隊がニビルに行くのって何時くらいを予定してるの?」

「そうですねえ……ある程度希望には沿いますが、一か月後くらいには調査に向かって欲しいです」

「一か月か……なら、アイリスさんに家に来てもらって一か月くらい訓練したらいいんじゃない。私もニビルに行くならいろいろと準備したいことあるし」

「同じく俺も準備期間が欲しいです。ニビルに行くなら、現地で身を守る方法を考えなきゃならないし」

「出発の目標を一か月後にするのは構いませんが、アイリスさんをオントネーに連れて行くんですか? 彼女がいいっていうならいいですが」

「いいですよ、チームの一員になるため必要なことなら私は問題ありません」


 出発は一か月後。

出発までの間、私は衛の家に住み込みで野外活動の訓練をすることで話はまとまった。

私は衛達と共に千歳空港行きの飛行機に乗り、千歳空港から衛の実家とニビルへ繋がるゲートがあるというオントネーに向かうことになった。

 北海道は意外と広く、車での移動は衛の運転するピックアップトラックで8時間ほどかかった。


「着いたぞ。ここがゲートのある北海道の足寄町だ」

「本当に山と森しかないわね。空気が美味しいわ」

「事前にどんなところか説明しただろ、ここには山と森しかなくて一番近い隣家は山を越えて20キロ先にある牧場。で、あれが今日から住むことになる俺の家だ」

「おー、ジャパニーズモダンハウスね」


 衛の家は、写真で見たことがある古い日本家屋そのままのデザインをしていた。


「築50年以上のボロ屋で悪いが、一か月ここで我慢してもらうぞ」

「イラクではもっと古い家を借りていたから気にしないわ。それによく見るとキチンとリフォームされているじゃない」


 天原家をよく見ると、壁や柱に明らかに最近新築された箇所が見受けられた。

 新築された部分と、古い部分がくっ付けられたパズルのようになっていて面白い。

 そのことを指摘すると、3人とも急に言葉を発さなくなった。


「えっと……その……このリフォームした部分って純粋なリフォームじゃなくて、単にぶっ壊されたところを直しただけなのよね」


 恵子が、以前異世界対策課に所属するマジンカゲトラに襲撃され屋根と茶の間に大穴を開けられてしまったことを説明してくれる。


「屋根と床板を丸ごと貫通って、それを生物が何の武器も使わずにやったというんですか?」

「その通りよ。そして、貴女がこれから行こうとしているニビルにはカゲトラに匹敵するバケモノががウヨウヨいる異世界なのよ」



 天原家の朝は早い。

 恵子と同じ部屋で寝起きすることになった私は、鶏が鳴きはじめる午前五時に彼女に起こされた。

 急患でも出たのかと思ったが、恵子曰く天原家の起床時間は毎日5時と決まっているらしい。

 理由は天原家には畑があり、夏はトマトやトウモロコシといった果実系の野菜を、この季節はジャガイモやニンジンのような根菜類を育てているからだ。

 眠い目をこすりながら茶の間に居ると、すでに作業着に着替えていた衛にスコップと軍手を手渡された。


「悪いけど、家で暮らす以上畑仕事の手伝いはしてもらうから」


 ちらりと畑の方に目を向けると、迷彩服を着た十字が農作業用の軍手を付けた状態でアキレス腱を伸ばすストレッチに勤しんでいる。

衛曰く、ジャガイモやニンジンといった根菜は、植物にとっては土の上に出ている葉や茎を成長させるための栄養タンクなので、日の光を浴びて光合成を始めると根菜部分に蓄えた栄養素を枝葉を成長させることに使ってしまい根菜としての品質が落ちてしまうらしい。

だから、収穫作業は日の出前から始め枝葉の成長が始まる7時までに終わらるのだ。


「まあ、今日は初日だからゆっくりでいいから怪我しないように作業してくれればいいよ。恵子、アイリスさんに収穫作業のやり方教えてやってくれ」

「はいはい、アイリスさん。収穫のやり方教えるから私に付いてきて」


 衛は同性である恵子を私の指導員につけて、自分の作業を始める。

 畑の上に積もった雪を払い、土の上に顔を出したジャガイモの枝葉の周囲をスコップで掘り返して、ジャガイモを傷つけないよう一つ一つ慎重に掘り出していく。


「そうそう、そんな感じ。ゆっくりでいいから丁寧に作業してね。もともと、マモちゃん1人でやってた仕事を4人で分担してるからすぐ終わると思うわ」


 恵子は私に仕事のやり方を説明しながらテキパキとジャガイモを掘り出していく。


「恵子はマジンだと聞きましたが、農作業に慣れているなんて意外ですね」

「昔とっと杵束って奴かな。小学校を卒業するまでは、毎日マモちゃんと一緒に農作業や狩猟の手伝いをやらされていたから」

「そういえば、貴女は衛の双子の妹でしたね。そうなると年齢は私と同じ――」

「そうね、戸籍上の年齢は今年で30歳になるわ」


 そうつぶやく、恵子の容姿はどう見てもあどけなさを残したティーンエイジャーにしか見えなかった。

由香から、彼女の容姿は15歳の時から一切変わっていないと聞いている。

 彼女の過去の境遇も聞いた。

 恵子は飛行機事故で一度死亡し、原因は不明だがニビルでゴースト属性のマジンとして蘇った。

 そのため身体は実体のない幽霊のようなもので、モノに触れるためにはジッタイカという魔法を使わなければならないという。

 彼女の過去について話を聞くと、大半の人は不幸な生い立ちだと思うだろう。

 実際に彼女に会うまで私も彼女は不幸な女性だと思っていた。

 しかし、いま花のような笑顔を浮かべる少女を見ていると彼女はとても幸せそうに見えた。

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