第5話 初めまして、私はアイリス・オスカーです。
――天原衛
環境省幹部の方々が魂が抜けた様な顔で退室していくなか、二人だけ大臣室に残っている人物がいた。
一人は20代半ばくらいのいかにもキャリア官僚といった感じの男性で、もう一人はキュウベエのことについて真っ先に質問してきた金髪碧眼の外国人女性だった。
外国人女性の方は俺達のところに近づいてきて気さくな感じで「ハーイ」と挨拶してくる。
「ニビル調査隊の件で、三人に紹介したい人が居るんだ」
大臣に手招きされて、部屋に残っていた二人がこちらに近づいてくる。
「私は外務省の北米担当課の伊藤です。本日は興味深い話を聞かせていただいてありがとうございます」
青年は俺達一人一人に律儀に名刺を手渡してくる。
外務省のキャリアと聞くと高圧的なイメージがあるが、目の前に居るのは物腰の柔らかい好青年って感じだ。
「もっとも私は、彼女の付き添いで来たただのオマケなんですよ。本命はこちらに居るアイリスの方です」
「初めまして、私はアイリス・オスカーです。今回のニビル調査隊にアメリカ代表として参加するようHHS(アメリカ合衆国保健福祉省)から派遣されてきました」
アイリスは流暢だが少しイントネーションに癖のある日本語で自己紹介をする。
白人によくある天然パーマの金髪を肩口で切りそろえた若い女性で、オリーブ色のスーツをビシッと着こなしている。
若いといっても、恵子や俺みたいな中高生と見間違えるような感じではなく20代後半~30代前半の俺達と同年代といった感じの見た目をしている。
しかし……この人ものすごいこと言わなかったか?
「ニビル調査隊に同行するって正気か? 軍人でもない女が行くなんて自殺行為だぞ」
牙門が声を荒げてアイリスの同行に反対する。
マジンではない普通の人間がニビルに行くなら、牙門のように高度なサバイバル訓練を受けていることが最低限必要になるからだ。
「でも、恵子さんというキュートガールは調査隊に同行するんでしょう」
「こいつは、こんな見た目だけど、体重200キロを超えるオオカミに変身する能力持ちで、その気になればこの辺り一帯を丸ごと灰にするパワーのある生きた大量破壊兵器なんだよ」
「コイツ呼ばわりは気になるけど、牙門さんの言う事は正しいわよ。ニビルには地球に生息しているプレデターより強力なマモノがうじゃうじゃ居るから野外活動に慣れてない人が行くのは自殺行為よ」
「課長、こう見えてアイリスさんは実はグリーンベレー出身とかそういうことは……」
由香は俺の問いに、無言で首を振る。
「そもそも、アイリスさんHHSって言いましたよね。ニビルの調査にアメリカが一枚噛ませろっていうなら、国防省とかCIAとかの強面の人が来るんじゃないんですか?」
アイリスさんが所属するHHS(アメリカ合衆国保健福祉省)は日本の厚生労働省に相当する組織だ。
当然、映画に出てくるような銃をバンバン撃ちまくるような軍人は働いてないし、外国に行ってスパイとか暗殺とかそういう事をする工作員を抱えているわけでもない。
俺はアイリスさんの属する組織がニビルの何を知りたいのか全く思いつかなかった。
「でも、アイリスさんが同行してくれると貴方達も助かると思うわよ。彼女、医師免許持ちだから」
「えっ、アイリスさんお医者さんなの?」
「そうです。あと、私は去年までイラクにいたので屋外での応急措置や手術にも慣れています」
アイリス・オスカー。
年齢は俺達と同じ30歳。
医師免許持ちで去年まではアメリカ合衆国の紛争国医療支援プロジェクトに参加してイラクの劣悪な環境で年間100件以上の外科手術を行っていたらしい。
その話を聞くと、ただのキャリアウーマンだと思っていた彼女の背中に得体の知れないオーラを感じてしまう。
「恥ずかしい話ですが、アメリカはニビル対して介入するかどうか態度を決めかねています。
現状、アメリカにマモノは現れていないので国防省はニビルの存在に全くの無関心です。
CIAはニビルの存在をアメリカの国益に利用できるか判断を保留しています。
正直、彼等もマモノやマジンが怖いんでしょうね。
唯一、HHSは異世界にどんな生物や植物が生息しているかを知りたがっている。
正直、私もマモノは怖いですが戦うつもりはありません。
遠くから彼の写真を撮って、現地に生息している植物のサンプルを入手できればそれで十分です」
「動植物のサンプルは君たちも出来るだけ取ってきて欲しいな、地球外生命体のDNDサンプルを入手できれば、それを元に新薬の開発が出来るかもしれないからね」
大臣にそういわれて俺は目からうろこが落ちるような感覚を味わった。
異世界ニビル。
よく考えてみると、ニビルにいる草も虫も微生物もすべてが地球外生命体だ。
地球人にとってニビルに存在する、草や虫や微生物は油田や黄金よりもはるかに高い価値があるものなのだ。
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