第2話 好き好んでこんな山奥に住む奴なんてお前だけだよ

――天原衛


 キュウベエとの戦いから3カ月余りが過ぎた。

 実りの秋が過ぎ、北海道に溶けることのない雪が降り積もり始めるころ、環境省異世界生物対策課はその体制を大きく変化させていた。

 変わったというか、変化するしかなかったとも言える。

 一番大きな問題は、白藤の滝の裏側に出来たニビルと地球を繋ぐゲートが開きっぱなしになっていることだ。

 放置すれば、ニビルの異世界生物がオントネーにやって来るのは時間の問題。

そのため、出入り口を監視して異世界生物がオントネー現れたら即現場に急行して対応をする人員を配置する必要に迫られた。

 そんなわけで、俺と恵子、そして牙門の3人は洞窟の近くに住んで異世界生物がやって来ないか監視する異世界生物対策課オントネー別室が出来上がった。

 俺達が監視役に選ばれた理由は割とひどい理由だ。

 俺の家がゲートに比較的近く待機場所として都合がいいので、この家に住む俺と恵子がオントネーにとどまって異世界生物の侵入がないか監視する監視員に任命された。

 最後に牙門がここに来た理由だが、俺と恵子だけでは負担が大きいので札幌にいる人員からも監視員を出そうということになったのだが、札幌からオントネーに引っ越すことを嫌がらなかったのが牙門しかいなかったというオチだ。


「なんだかんだ言って、みんな生活拠点は札幌にしたいんだな」

「それはそうだろ、好き好んでこんな山奥に住む奴なんてお前だけだよ」


 そんなわけで現在、天原家は天原兄妹二人と、下宿人一人を含めた三人世帯となっている。

 俺一人で暮らしていたころと比べたらずいぶんにぎやかになったものだ。

 家に戻ると留守電にメッセージが残されていた。


『突然ですが、大臣が三人と直接話をしたいので霞が関に来て欲しいとお願いされてしまいました。飛行機の手配はしておくので、明日午前9時までに千歳空港に来てください』

「なんじゃそりゃあッ!!」


 由香の口調は政府の重役とは思えない軽いノリだったが内容はぶっ飛んだものだった。

 いきなり東京に行って大臣に会えなんて正気の沙汰とは思えない。


「おい、牙門どうするんだ?」

「どうもこうも行くしかないだろ、俺達は公務員なんだ。公務員である以上、政府の命令にはよほどの事がないかぎり従うべきだ」

「でも、私達が居なくなったらキュウベエの世話や、ゲートの監視はどうするのよ?」

「カゲトラを含む代替要員がこちらに派遣されるらしい。タブレットの方に出張計画が送りつけられている」

「出張計画!?」


 配布された仕事用のタブレットをチェックしてみると、メールが1通届いていて、そこに俺達が明日乗る飛行機の時間や、俺達が東京に行っている間の代替要員をどうするかといった計画書が添付されていた。

 異世界生物対策課は大所帯の部隊ではない、由香達マジンや牙門達マモノ駆除班を含めて総員で24名というギリギリの人数で編成された小さな組織だ。

 今回はタダでさえ人数がギリギリの本部から監視員の代替要員を出すと言っているので、何が何でも俺達を霞が関に行かせたいらしい。


「どうするのよ? 私、東京なんて行ったことないわよ」

「俺だって札幌より人が多いところ行ったことない」


 俺と恵子が同時に視線を牙門に向けると、彼は諦めたようにクビを振った。


「俺も士官候補生の試験を受けに行くときに一度行ったきりだな。合格通知もらったのも現地だし、そのまま北部方面隊に配属になったからな」

「不安だ。東京で迷子になったりしないだろうな」

「課長も一緒みたいだから大丈夫だろ」


 なにわともあれ、俺、恵子、牙門の三人は千歳空港に向かうことにした。

 オントネーから千歳空港までの移動にかかる時間は通常は4時間弱。

 しかし、路面にはすでに北海道名物の春まで溶けない雪が降り積もっているので倍の時間はかかると考えた方がいいだろう。

 そんなわけで俺達は、その日の夜ちょうど0時を過ぎたころに札幌に向けて出発することになった。

 ちなみに足は、俺と恵子がいつも使っている農作業用の軽トラ。

 牙門は、自衛隊でも採用している250CCのオフロードバイクに搭乗している。


「オフロードバイクなんてまたマニアックなもの使っているな」


 北海道では冬場は路面凍結が当たり前のように起こるので、関東と同じ感覚で気楽にバイクに乗ることは出来ない。

 山を走るならジムニーの方が便利だし、路面凍結が多くて転倒の可能性が高いバイクという選択は趣味で乗るにはかなりマニアックと言えた。


「これも訓練の一環だよ、俺は対策課に配属される前は偵察隊に配属されていたからな」

「お前、狙撃手じゃなくてバイク兵やってたのか?」


 牙門は狙撃の名手というイメージが残っていたので、偵察隊に居たというのは驚きの情報だった。


「1人じゃ狙撃手は出来ないからな。士官になったときに1人で戦況を覆せる仕事がしたいって希望したら偵察隊に配属された」

「確かにバイク偵察は単独行動が基本だからな」


 偵察隊とは牙門が乗っているオフロードバイクを使って車が入れない山林の細い道を強行突破して敵の勢力圏内に進出し、敵の居場所を探すのが役目の部隊だ。

 味方の援護がない状態で敵陣に1人で接近するため非常に危険な仕事をすることになるが、山林に隠れている敵部隊を探し出すことが出来れば文字通り1人で戦況を覆すことが出来る。


「偵察なんてドローンでよくない? わざわざ人間が命張って敵陣に接近する必要ないと思うけどなあ」

「確かに偵察の主流はドローンになっているけど、ドローンは弱点も多いからな。例えば前回のキュウベエみたいに敵が森の中に潜んでいる場合、ドローンは役に立たなかっただろ」

「確かに、あのときバイクで偵察するって選択肢があればもっと安全にキュウベエを探せたかもしれないわね」


 噂レベルの話だが、自衛隊のバイクによる偵察はアメリカ軍にも高い評価を受けていると聞いたことがある。

 もし偵察兵が、牙門みたいな優秀な兵士だけで構成されているなら、そういう評価を受けていたとしても何ら不思議はない。



 雪のちらつく真夜中、人気のない道を北海道標準速度で移動し続けた俺達は、なんとか約束の時間の直前に千歳空港に到着することが出来た。


「皆さん、長い距離の移動おつかれさまです」


 空港につくと、ロビーの目立つ場所で由香が俺達を出迎えてくれた。

 普段のラフなかっこうとは違い、就職活動中の女子大生のような黒いスーツに身を包んでいる。


「いやあ、もしかしたら飛行機の時間に間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」

「一応、道民歴は課長より長いので。空港来たのも初めてじゃないし」


 来たことが無いわけではないが、千歳空港にあまりいい思い出はない。

 15年前、恵子と今生の別れをする舞台になったのが、この千歳空港だった。

 彼女は千歳空港から東京に向かい成田空港からベルリンに行って――それから帰って来るのに15年もの月日が流れてしまった。


「とにかく、皆さんチェックインしてください。時間押しているんで急いで、急いで」


 由香に急かされ俺達はいそいそとチェックインを済ませて東京行きの飛行機に乗る。

 あっ……もしかしたら俺、飛行機に乗るのこれが初体験かもしれない。

 なんの感動もなく初めての飛行機搭乗体験を終えた俺は、大臣に会うべく日本の中枢、霞が関へ向かう。

 ちなみに移動手段はモノレールと地下鉄の乗り継ぎだった。


「大臣と会談だっていうのに迎えの車とか無いんですね?」

「迎えの車が来るVIPはあくまで私達が会う人たちの方ですよ。私らは政府に雇われた傭兵みたいなもんだから」


 時間は12時過ぎ、通勤ラッシュのような寿司詰状態ではないが電車内は適度に混んでいる。


「しかし、普通の人と混ざると私達目立つわね」

「お前の服装が奇抜すぎるんだよ」


 恵子の服装はいつもの白地に彼岸花の絵を画付したデザインの和服と女袴を組み合わせたハイカラさんスタイル。

 ファンタジーの世界から飛び出てきたような奇抜さはないが、いまの日本では大学の卒業式くらいでしか見ることのない珍しい服装だ。


「場違いは、マモちゃんや牙門さんも大概だと思うけどね」

「そうかな?」

「そうだよ」


 俺が着ているのは、どのこの現場に行くんですかと聞かれそうなえんじ色の作業着。

 牙門に至っては、迷彩服だ。

 最近は毎日のように山の中や洞窟を歩き回ってばかりいるので、こういう格好をするのがデフォになっている。

 

「二人がスーツの類を一切持っていないというのはさすがに想定していませんでした」

「自衛隊の礼服着ていいなら俺はそっち着て出席しますけど」

「ダメに決まってるじゃないですか、今の牙門さんは自衛官じゃなくて環境省の職員なんですから」

 

 TPOガン無視の服装で俺達を大臣に引き合わせることになり、由香は大きなため息をつく。

 大臣は分刻みのスケジュールで行動していてとても忙しいらしく、いまから俺と牙門が着るスーツを用意する暇はないということだった。

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