第30話 マモちゃんの、大馬鹿野郎ッ!!!

――天原衛


 例え動きを止めることが出来なくても、マモノの注意をこちらに引きつければ攻撃する隙を作ることが出来る。

 俺は山刀を抜いて、マモノに自分の存在をアピールする。

 マモノは新たに現れた敵の存在を認識すると、俺に向かって突撃して来る。


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


(あっ、やばい……)


 カゲトラは持ち前の身軽さを生かしてヒョイヒョイかわしていたが、数メートルの助走で時速100キロを超えるトップスピードに達するマモノの身体能力は異常だ。

 気づいたときにはもう遅い、マモノは眼前に迫りもはや突撃をかわす余裕は……。


「マモちゃんの、大馬鹿野郎ッ!!!」


 死を覚悟した俺の前に現れた救いの主は恵子だった。

 彼女は目にもとまらぬ速さで俺の前に飛び出すと左手に黒いオーラをまとわせて、マモノの鼻面を殴りつけた。


 ゴースト魔法≪クロノコブシ≫


 ゴスッ!!


 肉と肉がぶつかり合う鈍い音を響かせてヒグマはその動きを止めた。

ヒグマと恵子の体重差は少なく見積もっても300キロ以上。

 普通に考えたら抗える体格差ではないにもかかわらず、ヒグマの突進は恵子のパンチによって停止した。

 物理法則で考えた起こりえないことを現実に変える力、それが魔法ということなのだろう。


「あなたが草魔法を使うなら、火には弱いんじゃないの」


 恵子はその場でコクエンへと変身する。

 三本足では機動性が著しく削がれるのでコクエンにはならないと言っていたが、ここまで接近してしまえば機動性の低下は問題にならない。


 火魔法≪カエングルマ≫


 コクエンの姿になった恵子は全身に炎をまとい、明らかにキノコとの融合度合いが高いマモノの右腕を黒い炎で焼き焦がした。


「グアァァァッ!!!!」


 右腕を焼かれる苦痛にマモノが悲鳴をあげた。

 黒い炎が右腕に融合したキノコの菌糸を焼き焦がしていく。

 大半の菌糸が焼け落ちたあと、右前足は骨が見えるような状態になっていた。


「ギャオォォォォ!!」


 右腕を焼き焦がされたマモノにカゲトラが追い打ちをかける。


 竜魔法≪リュウノツメ≫


 グサッ! グサ! グサ! グサ! グサ!

 カゲトラは後ろ足に備わった最強の武器シックルクロウでマモノ背中と脇腹をめった刺しにする。

 マモノの背中と脇腹から噴水のように鮮血が吹き上がる。

 右腕を焼かれたマモノは菌糸で傷口を塞ぐことも出来なくなっていた。

 とうとうマモノは戦意を失い俺達に背を向けて森の中に逃走しようとする……が、それは叶わなかった。

 大量出血によって力を失ったマモノは、歩数にして10歩進んだところで足が動かなくなり地に倒れ伏した。

 マモノが動かなくなったのを確認して、ケイコとカゲトラはマモノ形態の変身を解く。


「かっ、勝ったのか……」

「うむ、私達の完全勝利なのだッ!!」

「完全勝利じゃなくて薄氷の上で勝ちを拾ったようにしか思えないけどね。マモちゃん、私が間に合わなかったら間違いなく死んでたし」


 両翼を大きく広げて喜びをアピールするカゲトラと対照的に、恵子は深々とため息を吐いた。

 確かに最後に飛び出したのは悪手だったかもしれない。

 俺が飛び出して注意をひかなくても、恵子は独力でマモノの動きを止められただろう。


「今は大量出血で気絶してるけど、ほっとけばまたキノコの部分から再生していくから今のうちにトドメをさすのだ」

「かわいそうだけど、ノウウジを放置するわけにはいかないもんね」

「ちょっと待ってくれ。こいつ本当にノウウジなのか?」


 恵子とカゲトラはなんの疑問も抱いていないようだったが、105ミリ砲を迎撃するところ含め、このマモノの行動の一部始終を見ていた俺はこいつの脳がノウウジに喰われているとは思えなかった。


「確かに獣魔法を使ってたし、ノウウジにしては少し変なところがあったわね」

「気になるなら、ノウウジかどうか、これで確かめればいいのだ」


 カゲトラは首からぶら下げていたオモイイシをヒグマにかざした。


「№294982。目の前のゴウムの生態について教えてくれ」

『前方の生物の情報についてお答えします。生体属性:マジン。学名:ゴウム。属性:獣・草。推定体長3.6メートル、推定体重400キロ。推定レベル60』


 オモイイシが語った情報は俺達の予想の斜め上を行く衝撃的なものだった。

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