第29話 私のもう一つの姿を見せてやるのだッ!!
――天原衛
何よりも恐ろしいことは、あのマモノが右腕であれば短時間で再生できるという自分の肉体と魔法の特性を完璧に理解しているということだ。
強力な肉体を持ち、強大な魔法を使えても、それを使いこなせなければ意味がない。
だが奴は、瞬時に状況を理解し、適切なリスクを取り続ける高い判断力を持っている。
それが、何よりも恐ろしい。
『対象は健在、第三射の攻撃求む……』
タブレットにそう打ち込もうとした矢先――。
「牙門、よくやったのだッ!!」
風魔法≪コノハオトシ≫
ヒグマが右腕を再生した直後。
105ミリ砲弾を遥かに超える衝撃が、マモノの胸倉を直撃した。
そうだ、2回の砲撃はあくまで支援。
カゲトラが安全に突撃するための目くらましに過ぎない。
そして、その目的は達した。
マモノはカゲトラの魔法の直撃を食らい、木をバリバリとなぎ倒し、地面をガリガリと削りなが数十メートルにわたって吹き飛ばされる。
「おいおい、なんて破壊力だ。まるでミサイルじゃないか」
爆薬も、ロケットモーターも、赤外線センサーも無しで無限に撃てる体重5キロのミサイル。
そう考えるとカゲトラの恐ろしい戦闘力がよくわかる。
「ぐおおおおおおおッ!」
瓦礫を押しのけて起き上がったマモノが大きな咆哮をあげる。
カゲトラの渾身の一撃を食らってピンピンしてる生物が居ることが俺はにわかに信じられなかったが、当のカゲトラは全く動揺した様子はない。
「この程度で倒せる相手だとは思っていなかったのだ。衛、どうせこの辺に居るんだろう。私のもう一つの姿を見せてやるのだッ!!」
カゲトラの姿が変わっていく。
恵子が巨大なオオカミに変身できるように、カゲトラもまたマジンとしてもう一つの姿を持っている。
全身が巨大化していく。
クチバシから牙が生えてくる。
翼から鋭い爪が何本も迫り出し、巨大化した両足の親指が肥大化し鎌のように湾曲を描くシックルクロウを形成していく。
俺はこの姿の生物を知っている。
デイノニクス。
体長3.5メートル、体重100キロに達する中型恐竜。
飛行能力を失った代わりに、前足に3本、後ろ足に4本の鋭い爪で武装し、口に生えた鋭い牙を含めると、その姿は全身凶器といっても過言でない。
「ぐおおおおおおおッ!!」
「ギャァァァァァッ!!」
2頭のマモノは互いを敵と見定め咆哮をあげる。
獣魔法≪ケモノノハドウ≫
マモノは目に怒りの炎を灯してカゲトラに対して突撃を敢行する。
400キロを超える体重と、それを強化する肉体強化の魔法があればただの体当たりでも、大型トラックで突っ込むの変わらない。
しかし、カゲトラは身軽さを生かしてマモノの突進をヒラリとかわす。
マモノの突進スピードは軽く100キロを超えていたが、カゲトラには銃弾が止まって見えるほどの強力な肉体強化があるのでただ突っ込むだけでは永遠に当たらないだろう。
攻撃をかわすと同時に、カゲトラはマモノの背後に回りこんだ。
おそらく攻撃をかわすと同時に飛び上がって木の枝を利用して三角跳びを決めたのだと思うが、肉体強化で動体視力を強化している俺でも目に映すことすらできない速さだった。
竜魔法≪リュウノツメ≫
カゲトラは、マモノの背中に後ろ足のシックルクロウを突き立てる。
二つの斬撃に背中を切り裂かれ鮮血が飛び散る。
しかし、マモノは怪我など意にも解さぬと言わんばかりに振り返り、前足を振り回してカゲトラに反撃する。
「ギャア! ギャア!」
カゲトラはマモノの攻撃をバックステップでかわしながら、煽るようなトーンの鳴き声を発する。
おそらく本家のデイノニクスと同じく、シックルクロウで獲物に傷を負わせ失血死させるのがカゲトラの戦い方なのだろう。
しかし、ここで想定外のことが起こった。
(出血が止まってる……バカなこんな短時間で……)
カゲトラの付けた傷跡に菌糸が張り付きマモノの出血は短時間で止まっていた。
デイノニクスに変身したカゲトラの強さは圧倒的だ。
俺が目で追う事すらできない圧倒的なスピードでマモノの死角に回り込みリュウノツメで切りつけ傷を負わせる。
しかし、マモノはカゲトラから受けた傷を瞬時に菌糸で塞ぎ、致命的な出血を負うことを避けていた。
マモノの正体はおおよそ見当がついた、このマモノは右腕にキノコを寄生させたキノコとヒグマの融合体だ。
キノコ持つ草属性の魔法が、ヒグマの能力を底上げし強力な再生能力を与えている。
(植物と哺乳類のハイブリット。こんな生物見たことも聞いたこともないぞ)
それ以上に問題なのは、カゲトラの能力特性がこのマモノと戦いうのに相性が悪いという事だ。
圧倒的な運動能力と、竜魔法で強化した牙と爪で獲物をズタズタに引き裂くのがカゲトラの戦闘スタイルだが、このマモノはカゲトラから受けた傷を片っ端から草魔法で止血してしまう。
それに、運動能力で勝っているといってもヒグマがベースとなったマモノの運動能力も決して低くはない。
「グアァッ!」
死角から攻撃してくるカゲトラの動きに対応して、マモノの張手がカウンターで炸裂する。
草魔法≪キュウケツ≫
カゲトラに触れる瞬間、マモノの掌に草魔法の魔力が宿る。
カゲトラの攻撃が全てを切り裂く鋭い刀なら、マモノの張手は全てを打ち壊すハンマーだ。
張手を食らったカゲトラはすさまじい衝撃を受けて吹き飛ばされエゾ松の幹をなぎ倒しながら地面に叩きつけられる。
「グアアアアアッ!!」
カゲトラが威嚇の咆哮をあげる。
すぐに立ち上がったのでまだ戦闘不能になるようなダメージは受けていないらしい。
だが、マモノの方に恐るべき変化が起こった。
マモノはカゲトラに付けられた無数の切り傷を菌糸で覆うことで応急処置し致命的な出血を防いでいた。
その切り傷がシュウシュウと音を立てながら再生していく。
(本当に何なんだ、このバケモノッ!!)
再びカゲトラはマモノと戦い始める。
スピードで圧倒的に勝るカゲトラは、マモノの死角から竜魔法で強化した爪で肉を切り裂く。
だが、マモノも死角から攻撃が来ることを学習しカウンターで張手を繰り出してくる。
カゲトラはカウンターで繰り出される張手のリーチ外に素早く離脱するが、一撃離脱で戦う限り菌糸ですぐに止血できる浅い切り傷を付けることしか出来ない。
やはりカゲトラはこのマモノと相性が悪い。
彼女の強さを疑うわけではないが、絶対に勝てると楽観的に信頼できる状況ではなかった。
(もう一度、砲撃支援を依頼するか……ダメだ)
俺は一瞬で、砲撃支援を頭から切り捨てる。
マモノとカゲトラは常に時速100キロを超える速度で移動し続けている。
こんな状況で砲撃しても命中する可能性は皆無、無駄に現場を混乱させるだけだ。
(俺になにか出来ることはないのか?)
カゲトラがあのマモノに勝つには菌糸で止血できないほどの大きくな傷を与えるしかない。
今のような一撃離脱戦ではなく、大きな隙を作って連続攻撃でマモノの肉を切り裂き続けるのだ。
ベストなのは、俺があのマモノの動きをとめてカゲトラが攻撃する隙を作り出すこと。
だが、それは不可能だ。
俺が持ってる装備にも、身体能力的にもあのマモノの動きを止める方法はない。
だが、ベストじゃないやり方なら俺にもできることがある。
俺はギリースーツを脱いでその場で立ち上がった。
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