第28話 齋藤さん、第1射行きますッ!

――天原衛


 チャットツールで、105ミリ砲の配置が終わったと情報が入って来る。

 あとは獲物が水を飲みに来るのをジッと待つだけだ。

 川の両岸にクマの足跡がいくつも残っているのは確認している。

 ここは間違いなくターゲットが日常的に巡回してる獣道の一画だ。

 俺は草むらに伏せ、上からギリースーツを被って周囲の藪と一体化する。

 外見と匂い、両面でのカモフラージュはたとえマモノといえどそう簡単に見破ることは出来ないはずだ。

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 どのくらいの時間が経っただろう。

 俺は藪の中でジッと動かず獲物を待ち続けた。

 やがて、日が落ち、黄昏時を経て、闇の帳が下りてくる。

 気温が下がってきた。

 日の光を避けて木陰や、土の中に隠れていた虫たちが這い出してきてピーピーと夜の音が聞こえ始めた頃。

 

『!?』


 奴は来た。

 それは、いままで見たことが無いほどの巨大なエゾヒグマだった。

 体高3.5メートル超、推定される体重は400キロを超える推定10歳のヒグマ。

 そして、一見しただけで判る。

 奴はマモノだ。

 俺の知っているヒグマと違い右前足が異形に変形していた。

 一番特徴的なのは、右肩にわさわさと生える無数のキノコだ。

 昆虫から菌糸が飛び出した冬虫夏草と同じように、ヒグマの胴体と左前脚の付け根付近から黒い傘を被った菌糸が毛皮と皮膚を突き破って何十本も顔を出している。

 菌糸は右前足に集中して寄生しているらしく特に掌はビッシリと菌糸に覆われていて、まるでキノコの傘とクマの掌が融合したような状態になっている。


(なんだあれ、古代生物でもあんな異形見たことないぞ)


 どんな経緯があってあんな姿に進化したのか想像もつかないが、マモノは右前足がキノコと融合したせいで4足歩行するときのバランスが悪いらしく、ガックンガックンと身体を揺らしながら水場に近づいていく。


(なるほど恵子が腕を落とされるわけだ。あいつはやばい……)


 頭の中で身の危険を知らせる警報音がけたたましく鳴り響いている。

 オモイイシがないので強さの数値化は出来ないが、そんなものが無くても目の前のエゾヒグマが恵子やカゲトラに匹敵する強さを持ったバケモノだというのを肌で感じることが出来る。

 正直あんなバケモノと恵子が戦うのはすごく心配だが、山の中で怖いものなしになった眼前のバケモノは遅かれ早かれ市街地へ向かうだろう。

 サイズこそ体高3.5メートルのエゾヒグマだが実態はウルトラマンに出ても通用するスペックの大怪獣だ。

 一秒でも早く、奴の息の根を止めなければならない。

 俺はタブレットに目標発見の報告と、砲撃ポイントの情報を打ち込んでデータ送信を実行した。



 ――天原恵子


 「来たッ!」

 

 まだか、まだかと見つめ続けていたスマホのチャットツールに目標発見の一報が表示される。

 敵に突撃するために、カゲトラは沢の上空、私は山の裏手に回り沢から500メートル以上離れた推定安全地帯で待機していた。

 私は逸る心を抑えて大きく深呼吸する。

 いままでの私なら敵を見つけたら、オオカミに変身して最大速度で敵に突撃していただろう。

 だけど今日は、スタンドプレーは厳禁だ。

 お兄ちゃんと牙門さんが、安全に突撃できるように砲撃支援をする段取りを整えてくれた。

 突撃するのは最初の砲撃が着弾した直後。

 カゲトラも同じタイミングで突撃することになっている。

 信じろ、私達が力を合わせれば完全勝利も夢じゃない。



――カゲトラ


『カゲトラ、今衛さんからターゲットを発見したと報告がありました。相手は間違いなくマモノとのことです』

「あの小僧やり遂げたか。まったく大した奴なのだ」


 上空で突撃のタイミングを見計らっていたカゲトラは思わず感嘆の言葉を漏らす。


『あなたがクサリクを褒めるなんて珍しいですね』

「私は、個人の能力や実績を否定したりはしないのだ」


 カゲトラはマジンでない只人を基本見下している。

 特に空を飛ぶことすらできないクサリクは蔑みの対象だ。

 しかし、それは個人の能力や実績を認めないこととイコールではない。

 衛は政府が多額の予算をかけて組織した異世界生物対策課が総出で探しても見つけられなかった謎のマモノをたった一人で探し出し。

 攻撃を仕掛けるお膳立てを整えてくれた。

 戦闘能力こそないが、他の人間にないオンリーワンの能力で大金星をあげたのだ。


「なら、次は私の番だ。対策課エースの力を見せてやるのだ」



 ――牙門十字


 21時04分。

 衛から目標発見の報告と、砲撃ポイントの情報が送られてきた。

 作戦開始から10時間以上。

 藪の中で身動き一つせず、糞尿を垂れ流しながら待機した根性に頭が下がる思いがする。

 俺は本職の砲兵ではないが、この二日間105ミリ榴弾砲のマニュアルを穴が開くほど読み込んできた。

 俺は人差し指を舐めて周囲に吹く風の状態を確認する。


「風速は7メートルから8メートル山頂付近だともう少し風が強くなるな」


 巨大な105ミリ砲弾を使っているとはいえ、榴弾砲は風向きや湿度によって照準のぶれが発生する。

 榴弾砲の弾道は直線的なものではなく、砲弾を山なりに飛ばして敵に落とす曲射なので風の影響はむしろライフルよりも大きいかもしれない。

 とはいえ、風や湿度の影響を考慮して弾道を正確に計算できるのがスナイパーだ。

 俺は山頂付近の風速の影響を計算に入れて砲の仰角を調整する。


「齋藤さん、第1射行きますッ!」

「応ッ!」


 由香の作った砲弾をマモノ駆除班の仲間達が装填してくれる。


 ドガーンッ!!!!


 自衛隊を退役し、礼砲となっていた榴弾砲が20年ぶりに火を噴いた。



 ――天原衛


 真っ暗な空を切り裂くように、巨大な火の玉が山の頂上を超えて天に昇っていく。

 榴弾砲の弾道は曲射軌道を描く。

 最大高度まで上昇した砲弾は弧を描くように落下軌道に転じ、俺の指定した攻撃ポイント、すなわちマモノの頭上に落ちてくる。


 ズドーンッ!!


 発射と着弾の轟音が鳴り響き、目の前が真っ赤な炎に包まれる。

 さすが牙門だ、砲撃地点は山越し、おまけに目標は戦車の半分以下の大きさしかないクマという超高難易度の砲撃にも関わらず砲弾をピンポイントで落としてきた。

 完全な直撃コース、相手が普通のヒグマなら骨も残らず吹き飛んでいただろう。


 ――俺は見た。

 あのマモノ、着弾の直前に口からホウコウハを発射して砲弾を迎撃しやがった。

 爆発が起こったのはマモノの頭上数メートル手前。

 砲弾は火薬を詰めた榴弾だったので、爆炎と砲弾の破片を避けることは出来なかったが爆風が晴れた先には仁王立ちしたマモノが空をにらんでいた。


『目標の生存確認。砲弾はホウコウハで迎撃』


 俺はすぐにチャットツールに現状を打ち込み、マモノの生存を報告する。


『第2射を撃つ。即時離脱を』


 牙門はすぐ第2射を撃つつもりらしい。

 俺が巻き込まれるのを恐れて由香が撤退命令を送ってくるが、これは無視だ。

 俺の存在はまだマモノに気づかれていない。

 それなら、この場で着弾観測を継続すべきだ。

 マモノは今の攻撃で砲弾の発射地点を特定したらしく山に向けてホウコウハを発射する。

 青白い光の奔流が木々をなぎ倒し、土砂を盛大に削るがそこまでだ。

 さすがのホウコウハも流石に山を貫通するほどの威力はない。

 直後、先ほどと同じように巨大な火の玉が山頂を超え空に昇っていく。

 105ミリ砲弾の2発目だ。

 着弾地点は次もドンピシャ。

 榴弾砲は一回砲撃したら、砲にかかった衝撃や砲身の過熱によって照準が狂ってしまうものだが、牙門はそれも計算して照準を微調整したようだ。

 ホウコウハは直前に発射済み。

 今度こそ決まったかと思ったが、マモノ化したヒグマは異形と化した右前足……もはやキノコと腕融合体と呼べる異形の掌を砲弾に叩きつけた。


 ドガーンッ!!


 今度こそ、強大な運動エネルギーと爆炎がマモノに直撃した。


(やはり、この程度では殺せないか……)


 悔しいがマモノはまだ生きていた。


「グオォォォォッ!!!!!」


 強大な運動エネルギーと、強烈な爆炎を浴びてなお後ろ足だけで立ち上がり目に見えぬ敵に対して怒りの咆哮をあげる。

 しかし、ダメージは小さくない。

 砲弾に叩きつけた右前足の掌は、肘から先がキレイに吹き飛んでいた。

 マモノは右前足を盾にすることで、全身へ受けるダメージを最小限に防いだのだろう。

 だが、悪くない。

 ヒグマは強力な攻撃力の多くを掌に生えた鋭い爪に依存している。

 片腕を吹き飛ばしたなら攻撃力は半減だ――そう思った矢先。


 草魔法≪ジコサイセイ≫


 それはホウコウハで砲弾を迎撃したこと以上に衝撃的な光景だった。

 吹き飛んだ右前足の第一関節から菌糸が伸び、絡みつく菌糸が二の腕と掌を形成していく。

 一分か、二分、そのくらいの短時間で右腕の再生は完了した。

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