第24話 索敵方法は……レーダー使っているとしか思えないんだよな

――天原衛


 自衛隊に居た頃、俺と牙門はスナイパーコンビと呼ばれていた。

 本来のポジションは分隊狙撃手で、アサルトライフルを撃ちながら突撃する味方を後方からセミオートライフルで援護するのが役目なのだが。

 俺達は本隊から離れて、本格的なスナイパーとして行動をすることを分隊長から認められていた。

俺達がよく使った作戦として、『ライチョウ撃ち』と呼んでいたものがある。

 あえて頂上や稜線を下から狙い撃てる場所で身を隠し、山を越えて下山して来る敵を下から狙撃するという作戦だ。

 本来狙撃は高所を取り上から下にいる敵を狙い撃つのがセオリーだ。

 上から下方向に射線を通すの容易だが、下から上を狙う場合、木や岩といった障害物が邪魔をして射線を通せる場所がごく一部に限られてしまう。

 しかし、これを才能と言っていいのかわからないが、俺はそういう下から上に射線を通せるごく一部のポイントを探し出すのが得意で、牙門は800メートル以内の目標を確実に撃ち抜く優れた射撃技術を持っていたことが、下から上に居る敵を狙撃するという離れ技を可能にした。

 この作戦の肝は、狙撃から逃れるために敵は山を登らなくてはいけないということだ。

 上から狙われた場合、転倒覚悟で全力疾走すれば速く走れるので弾に当たる確率は低くなる。

 しかし、下から狙われた場合、敵は重力に逆らって山を登って逃げるので動きは遅く狙い撃つことが容易になる。

 人間はどんなに訓練を受けていても攻撃を受けたら弾が来る方向の反対に逃げようとするので、この『ライチョウ撃ち』は山岳戦では極めて有効な戦術だった。

 俺が自衛隊に居た頃、自衛隊最強のエリート部隊、特殊作戦群が遠征に来て俺の所属する部隊と山岳戦の実戦演習をしたことがあるが、その時も『ライチョウ撃ち』がハマり、陣地攻撃を試みたエリート部隊を全滅判定に追い込んだ。

 特殊作戦群の皆様も、入隊して2年目の新兵相手に全滅させられるとは夢にも思わなかっただろう。


「えっと……だだの自慢話じゃないわよね。これ?」


 俺が自衛隊に居た頃のエピソードを聞かされて、恵子は目を白黒させている。

 まあ、確かに突拍子もなくこんな話したら自慢話だと思われても仕方ない。


「何も考えずに山を登って逃げようとしたら、下から狙い撃たれて全滅してたってことだろ。山を登りながらノロノロ逃げてる俺達は絶滅危惧種のライチョウ並みにノロマな獲物だっだだろうな」


 齋藤さんは俺の話の意図を察してくれた。SAT出身だけあってやっぱり頭の回転が速い。


「対処法は割と簡単で、狙撃手に接近する危険を覚悟したうえで全力疾走で下山することです。移動するスピードが速ければ狙撃される確率は格段に低くなります」

「そんなの判っていても難しいですね。死の恐怖を感じたら大半の人は、反射的に弾が来る方向の反対側に逃げようとするもの」


 牙門が語るライチョウ撃ちへの対処法に、由香はそんなのムリムリと言わんばかりに手を振りながらため息を吐いた。

 第2班の撤退完了から2時間後、牙門達第1班の隊員も交じって俺達はデブリーフィングを行っていた。

 捜索初日にして駆除対象となるマモノと接触できたのは大きな前進だが、マモノに待ち伏せ攻撃を食らいケガ人を出してしまったのは大問題といえた。


「恵子、大手柄なのだ。恵子の頑張りが無ければ間違いなく第2班は全滅していたのだ」

「私からも礼をいわせてくれ。あと、右腕の件、本当にすまない」


 齋藤さんが立ち上がって恵子に向かって深々と頭を下げる。

 今回の待ち伏せで一番ダメージを受けたのは、ホウコウハを逸らすために右腕を吹き飛ばされてしまった恵子だ。

 右腕は二の腕の半ばから完全に吹き飛ばされ、炎の衣の右袖が力なく垂れ下がっている。


「まあ、死人が出なくてよかったってことにしときましょ。齋藤さんも気にしなくていいですよ。私、マジンだから右腕もそのうち生えてくるわ」


 個人的に衝撃だったのは、恵子の吹き飛ばされた右腕の傷口から血が一切流れなかったことだ。

 断面から見えるのは筋肉でも骨でもなく、黒いオーラしか見えなかった。

 彼女が言っていた通り、恵子の身体が実体のない幽霊になっているという事実を思い知らされる。


「しかし、マモノがその『ライチョウ撃ち』で近づいてくる敵を迎撃して来るなんてヤバすぎない?」

「正確には敵は『ライチョウ撃ち』よりももっと高度な戦術を使っているですよ。当時、衛は双眼鏡で索敵と着弾観測やって、俺は64式小銃で狙撃していましたが、マモノが打ってくるのは戦車砲並みの威力があるホウコウハだし、索敵方法は……レーダー使っているとしか思えないんだよな」


 地図の情報が正確なら第2班はあのまま500メートルほど獣道を歩き続ければ沢にたどり着く場所で攻撃を受けている。

 仮にマモノが、第2班が目指していた獣道の終端から攻撃してきたと仮定した場合、マモノは500メートル離れた場所にいる第2班をなんらかの方法で探し出してホウコウハを撃ったことになる。


「だいたい、攻撃を受けた場所は沢から視界も射線も通っていないんだよ。大威力で地面を削って強引に射線を通すなんて戦車砲でも不可能な芸当だぞ」

「ホウコウハはすごいぞ、ゴースト魔法で防御しなければ多少の障害物なんて紙屑同然なのだ」


 カゲトラはカラカラと笑いながら、ホウコウハに威力について語ってくれたが俺は全く笑う気にはなれなかった。

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