第25話 奴を倒すなら航空支援か砲撃支援が必要です
――天原衛
「だいたい、相手は本当にノウウジなの? 草属性のノウウジが獣魔法のホウコウハを使うなんて、私聞いたことないんだけど」
「残念ながら、私も聞いたことはありません。もしかしたら、私達の知らない新種のマモノなのかもしれませんね」
「おいおい、勘弁してくれよ。新種だからどんな能力持ってるか判らないじゃ作戦の立てようがないだろうが」
現状謎のマモノの能力についてわかっていることをまとめると以下の通りになる。
①獣魔法≪ホウコウハ≫の使い手で、500メートル離れた敵に攻撃することが可能。
②直接目で見なくても、500メートル離れた場所にいる敵の位置を正確に特定することが可能。
③謎のマモノの足跡は、北海道に住むエゾヒグマと全く同一で、謎のマモノはクマ科の動物がマモノ化した可能性が高い。
「推測も多いがこんなところか」
「悔しいですが、このマモノ我々の手に余るバケモノとしか思えないですな。これ、現代兵器に例えたら軍事衛星とデータリンクした戦車と戦うようなものですよ」
齋藤さんが、悔しさを噛み潰すようにつぶやく。
駆除しなければならないマモノが自分達では絶対に勝てない相手だとわかって悔しくてたまらないのだろう。
「厄介なのは、ホウコウハじゃない、敵の精度の高い索敵能力なんだよ。あいつ、どうやって第2班の接近に気づいたんだ?」
齋藤さんは敵の攻撃力を戦車に例えたが、戦車単体ならそんなに怖くない。
対策課に配備された装備でも、きちんと準備すれば最新型の戦車でも撃破は可能だ。
実際の戦場でも、戦車が最も苦手とするのは対戦車装備を持った歩兵だと言われている。
本当に厄介なのは齋藤さんが、軍事衛星に例えた索敵能力の方だ。
500メートル離れた場所にいる敵の位置を正確につかむためには、地球の兵器なら索敵用レーダーを装備した最新型の戦闘ヘリを持ち出すか、軍事衛星とデータリンクして衛星から索敵情報をもらわなければならない。
つまり今回駆除対象となっているマモノは、地球人が航空機や軍事衛星無しでは実現不可能な高度な索敵を航空機無しで実現していることになる。
「マモノと言っても、身体は地球上の動物がベースになっているんだよな……なあ、恵子、カゲトラ、お前たちはハンターに追われていると仮定してどうやって追いかけてくる敵を探すんだ?」
「私は、匂いで敵を探すことが多いわね。マモノ形態がオオカミだから人よりずっと鼻が利くわ」
「私は目が良いから上空から見て敵を探すのだ」
地上を走るオオカミは鼻で、空を飛ぶ鳥は目で敵を探す。
もし今回駆除対象になっているマモノがクマだったとしたら……。
「恵子と同じだ。奴は、匂いで第2班の接近に気が付いたんだ」
「匂いかあ……そういえば、クマはオオカミよりも鼻が利くって聞いたことがある」
「あと、第2班って獣道を通って沢に向かっていただろ? 山では頂上から麓に向かって風が吹くから、第2班は沢に対して風上の立っていたんだ」
沢にいたマモノは風に乗って漂ってきた匂いで人間の接近を知り、匂いの強さから大まかな位置を特定してホウコウハで攻撃した。
そう考えると、第2班が不可解な奇襲を受けたことに説明がつく。
「風向き次第とはいえ、嗅覚で500メール離れた場所にいる存在を察知できるなんて厄介極まりないな」
「探知距離500メートルのレーダー持っているのと実質同じですからね」
メカニズムに見当がついたとしても、奴が500メートル離れた場所にいる敵に察知が可能で、おまけに射程1キロを超えるホウコウハで攻撃可能だという事実は何も変わらない。
「正直、奴を倒すなら航空支援か砲撃支援が必要です」
牙門が軍人らしい意見を口にする。
俺も自衛隊に居たことがあるので、彼の言いたいことはなんとなくわかる。
「一番理想なのは戦闘機が高度500メートル以上の高さからレーザー誘導爆弾落とすことです。戦闘機のスピードなら仮にホウコウハで対空攻撃されても当たる可能性はほとんどありません」
「いきなり無茶振り来ましたね。」
当たり前だが、対策課に戦闘機は配備されていない。
唯一の航空戦力はカゲトラだが、彼女は射程の短い魔法を得意とするインファイターなので射程の長い魔法を使って爆撃機の真似事をすることは出来ない。
「かといって私が爆弾持って落としたとしても多分当たらないぞ」
「そこは期待してないよ。専用のFCSが無いのにレーザー誘導爆弾運用するとか無理だから」
「カゲトラは強みを生かして敵に突撃して接近戦に持ち込んでもらうのが一番強いです。恵子さんが大怪我をしてしまった以上、敵を仕留められる戦闘能力を持っているのはカゲトラだけです」
「まあ、敵を見つけたら私がコノハオトシぶち込んで仕留めてやるのだ」
カゲトラは自分に任せろと言わんばかりに羽をパタパタさせる。
「いや、何の考えもなく突っ込んだらお前、多分死ぬぞ。突撃したところで、ホウコウハで狙い撃ちが十分あり得るからな」
謎のマモノは自分を中心に半径500メートルの敵を見つけ出す高度な索敵能力があり、ホウコウハは対空砲としても十分通用する射程と破壊力がある。
カゲトラ単独で謎のマモノと戦う場合、現代兵器に置き換えると相性は対空兵器と戦闘ヘリに近いかもしれない。
一昔前、戦闘ヘリは対地攻撃において圧倒的な優位性を持っていたが、今は対空兵器やレーダーの発達でその優位は崩されつつある。
「カゲトラに突撃してもらって接近戦で倒すというのは作戦の根幹になりますが、突撃を援護するための爆撃なり砲撃なりが不可欠だと思われます」
別に直撃させる必要は無い。
支援攻撃でホウコウハを無駄撃ちさせたり、回避行動を強いることが出来れば突撃の成功率は大きく上昇する。
「航空機は無理ですが、対策課に迫撃砲が2門あるからそれで砲撃支援すればいいんじゃないですか」
由香さんの言う現実的な対応策に牙門は渋い顔をする。
「私も最初はそれを考えたのですが、迫撃砲の射程だと砲手は沢沿いの斜面まで進出して砲撃を行う必要が出てきます。これだと……」
「沢沿いの斜面って、第2班がホウコウハで攻撃を受けたところですよね。あっ……」
「砲手は、砲撃をした後、ホウコウハで反撃を受ける可能性が極めて高いです。砲撃をするなら沢のある斜面の反対側から山を盾にして砲撃しないと確実に死人が出ます」
当たり前の話だが、砲撃したら砲手はその位置が敵にバレる。
沢側の斜面はホウコウハで反撃できる位置なので、砲手は確実に命を落とすだろう。
それを防ぐには迫撃砲よりも射程の長い砲を用意して反対側の斜面から山を盾にして砲撃するしかない。
「もっと射程のある砲となると榴弾砲ですか。自衛隊が貸してくれるかなあ」
「防衛装備品ですからホイホイ貸してはくれないでしょうね。ですが、どうにかして砲兵部隊をここに呼びたいです。マモノが市街地に入り込めば民間人に大量の犠牲者が出ると言って説得できませんか?」
「自衛隊側は、マモノが市街地に行く可能性が低ければ、無理に攻撃せずに監視を継続するよう言ってくるでしょうね」
由香が大きなため息を吐く、誰だって厄介事の当事者になりたくない気持ちは同じだ。
特に自衛隊は、軍隊でありながら戦闘することを憲法で禁止されている矛盾を孕んだ組織なので砲兵隊を実戦配備してくれなんて話をホイホイ飲むとは到底思えない。
「一つ気になったんだが、仮に榴弾砲を使えたとして山の反対側からどうやって照準付けるんだ? うちが持っているドローンじゃ山の反対側から位置情報を送るなんて無理だぞ」
齋藤さんが手を上げて素朴な疑問を口にする。
確かに、山の反対側から砲撃なんてターゲットの位置情報を入手する方法が無ければ絵に描いたモチみたいに思えるだろう。
「誰か……具体的には俺がターゲットの至近距離まで接近して位置情報を砲撃チームに送る」
「おいおい、1人でターゲットの至近距離まで行くなんて正気か?」
「この周辺の地形に一番詳しいのは俺だし、風下を意識しながら隠密行動をするのも俺にしかできない。むしろ誰かについて来られたら足手まといだ」
次は指揮車で待機しろなんて言わせない。
マモノ駆除班は、警察や自衛隊から銃を使った戦闘のプロを集めて作った部隊だが、山の中で隠密行動をする技術で俺より優れた隊員は居ない。
だから、獲物に接近して射撃地点の情報を送る役目は俺がやるのがベストだ。
「わかりました。大臣を通じて防衛省に榴弾砲を貸してもらえるようお願いしてみます。まあ、正直あまり期待しないでくださいね」
砲撃支援をするための榴弾砲を入手することを当面の方針として、デブリーフィングは解散となった。
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