第20話 なに言ってるんですか? 衛さんは指揮車で待機ですよ

 ――天原衛


 札幌市の郊外にある大型車庫から1台の大型トレーラーと、2台の軽トラが出動する。

 大型トレーラーは、実働部隊の指揮管制、捜索用ドローンの操縦を一元的に行うために開発された14式指揮通信車。

 ベースは民間でも使われている10トントラックだが連結されたコンテナの前半分には最新鋭の通信設備がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれ、オペレーターが目を皿のようにして通信衛星から送られてくるオントネーの上空の動画をにらみつけていた。


「アメリカの通信衛星から情報もらってるんですが、やっぱり衛星からの撮影した動画でターゲットを見つけるのは無理そうですね」


 通信衛星から送られてくる動画とにらめっこをしていた男性は、諦めたようにため息をつく。


「やっぱり、ドローンと捜索隊の足による捜索しかないですね。最初はデンコの死体が見つかった場所を中心に半径5キロの範囲を捜索することにしましょう」


 後ろ半分は、山狩りをするマモノ駆除班の待機スペースと偵察用ドローンの保管庫になっている。

 マモノ駆除班の人数は10人。

 陸上自衛隊普通科の1個分隊に相当する人数をなんとかかき集めた感じだ。


「なあ牙門、お前って一応環境省に出向扱いになってるんだよな?」

「そうだぜ、残念だが今の俺は自衛官じゃない」

「話は聞いていたが、本当に環境省の役人が使っていい装備なのかそれ?」


 マモノ駆除班のメンバーは全員陸自から融通してもらったと思われる最新式のボディアーマーと暗視スコープ付きのヘルメットに身を包んでいた。

 おまけに持ってる武器は陸自採用の89式小銃ではなく、40ミリのグレネードを連射可能な回転式弾倉を備えたゴツイ銃……MGL‐140を持っている。

 ボディアーマーと、グレネードランチャーを全員が装備した歩兵部隊。

 自衛隊の仲間に見られたら『いったい何と戦っているんだ?』と真顔で聞かれそうな重装備だ。


「カゲトラや恵子さんの力はさんざん見てきただろ、マモノはライフル弾を急所に当てても傷一つ付けられ無い」

「そのグレネードも恵子相手なら無意味なのだ。彼女の火属性のマモノだからな」


 グレネードというのは銃に弾の代わりに爆弾を装填して撃てるようにした武器で、着弾したら爆破と高熱、破片効果で攻撃をする。

 攻撃に熱を利用する関係上、火属性とすこぶる相性が悪いことは否定できない。


「まっ、メインで戦うのはカゲトラと恵子さんで俺達の任務は捜索と援護だから気楽にやるさ」


 牙門は自嘲気味につぶやく。

 彼らに与えられた任務は、目標の捜索と威嚇射撃、相手が魔法を使って来たら即撤退するよう厳命されている。

 口には出さないが、雪山を超えようとする敵を狙撃してキル判定を取りまくった牙門からすれば屈辱的な命令に違いない。


「チーム分けはどうするんだ?」


 危機回避を最優先にするなら全員が固まって行動する方が安全だが、デンコの死体が見つかった場所から半径5キロなんて広大な範囲を捜索することを考えるとひとかたまりで捜索するなんて効率の悪いチーム分けは論外だ。


「そうですねえ、チームは二つに分けましょう。捜索班の護衛にマジンを付けたいので、カゲトラと恵子さんは彼らに同行してバックアップしてもらいます。本当なら私も捜索に加わって、部隊を三つに分けたいところなのですが……」

「課長は指揮官なんだから、絶対にここを動かないでください」


 自分も捜索に回ろうとする由香に、牙門がピシャリと言い放つ。

 彼の言う通り、由香が捜索に回ってしまったら現場でアクシデントが発生したときに対処行動の意思決定が遅れる。

 これは軍隊的視点で見ると非常にマズい。

 指揮官の命令一つで部隊が生き残るか全滅するか決まるので、指揮官は常に全体を把握できる位置で指揮に専念するのがベストだ。

 軍隊の偉い人が、後方でふんぞり返って命令ばかりしているのは合理的な理由があるのだ。


 トラック内で行われた作戦会議で捜索隊の編成が決定する。

 捜索班は、マモノ駆除班の10名を半分に分けた5名にカゲトラと恵子が護衛に着く6名編成。

 なお、5名のうち1名は先行偵察をするドローンのオペレーターをやるので、グレネードを背負って山中を歩き回るのは4人ということになる。


「捜索班は2班に分けます。第1班の班長は牙門さん。第2班の班長は齋藤さんにお願いします」

『了解しました』


 牙門と齋藤さんはほぼ同時に由香に向かって敬礼で命令の受諾を宣言する。

 懐かしいノリだ。

 俺も自衛隊に居た頃は、毎日あんな感じで上司に敬礼していた。


「恵子さんは、齋藤さんの班の護衛をお願いします。牙門さんみたいにお兄さんの顔見知りじゃないけど、齋藤さんは優秀な隊員ですよ。なにしろ、元SATの隊員ですからね、今はマモノ駆除班の副班長をやってもらっています」

「元SAT!? よく警視庁が出してくれましたね」


 狙撃徽章を持ってるとはいえ、牙門がいた北部方面隊は特殊部隊ではない通常配置の普通課だ。

 それに対して、SATは警視庁が対テロを想定して警視庁が組織した特殊部隊。

 悔しいが部隊の格という面では北部方面隊よりSATの方が遥かに上だ。

 そんな貴重な人材を環境省のヘンテコな課に出してくれたなんて、にわかに信じられない話だ。


「自分から志願したんですよ。巡視船の沈没事故は、私にとってものすごい衝撃でした。政府発表は事故でしたが、国家を揺るがす危機が迫っていると思ったんです。実体は、予想の遥か斜め上だったけどね」


 齋藤さんは由香の顔をちらりと見て苦笑いを浮かべる。

 STAに行くほどのエリート警察官が、いざ異動してみたら未成年にしか見えない女の子の指揮下でマモノ退治をやれと言われたら困惑するのもムリはない。


「ただ、異世界生物の侵入は国家を揺るがす大きな脅威だと思っていますよ。情けない話ですが、私達はカゲトラとの模擬戦でまだ1回も勝てていません」

「カゲトラは仕方ないのでは? フィジカル的にも魔法属性的にも対人戦の適性が高すぎるし」

「仕方ないでは済まないんですよ。もし、カゲトラと同じ能力を持ったマモノが地球にやってきたら地球人はなすすべなく殺されることになります」


 カゲトラと同じ能力を持ったマモノの侵入か。

 俺はそんな事態、想像もしていなかったがそういうことを考える辺り治安維持のプロって感じだ。


「そういえば、由香――いや、部下になったから中島課長って言わなきゃいけないのか。俺はどっちの班に入るんですか?」


 牙門と恵子、どっちの班に配属されても気心の知れた同僚が居るので問題は無さそうに思える。


「なに言ってるんですか? 衛さんは指揮車で待機ですよ」

「えっ、ちょっと待ってください周辺の地形に一番詳しいのは俺ですよ。俺を捜索班から外すなんて無しでしょ」

「アリですよ。衛さんは一応マジンですが、魔法の使い方わかりますか?」

「魔法ってカガミドロの使う魔法ってことですか?」

「そうです」

「いや、その……」


 わからない。

 俺はカガミドロというマモノと自分の肉体を融合させたマジンだが、カガミドロの使う変身魔法の使い方は全くわからない。

 いま、人間の姿に擬態しているのも、恵子が俺の身体に高校時代の天原衛のイメージを流し込んでくれたおかげだ。


「要するに、魔法を使う訓練も、武器を使う訓練も受けていない新兵が出る幕じゃないんだよ」

「新兵じゃなくて、予備役なんだけどな」

「大して変わらねえよ、一通りの訓練が終わったらお前のポジション決めるから、今日のところは大人しく見学してろ」


 牙門も由香と同じ考えらしく、俺の役目は捜索隊の活躍を座って見学することになってしまった。

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