第19話 こんな拳銃じゃかすり傷も負わないんですよ。

――天原衛

 

 異世界生物対策課の事務室に大きなモニターが置かれ、事務方の職員が関係各所へ電話かけている。

 現在の時間は午後9時半。

 呼び出すのがサラリーマンならとっくに帰っている時間だと思うのだが、由香の部下はお構いなしに会議の準備に勧めていく。

 俺と恵子、牙門達マモノ駆除班のメンバーはモニターに自分達が写らないように部屋の隅で会議のようすを見学していた。


「呼び出すのは、環境大臣、北海道知事又は副知事、北海道警察の本部長だっけ? こんなの集めるのムリだろ」

「ムリなら代理が来ると思います。何があっても、私達は日をまたぐ前に出撃する予定を変えるつもりはありませんよ」

「ノウウジの凶悪さを考えたら事後承諾でもいいくらいなのだ」

『いやいや、迫撃砲まで持ち出して事後承諾は困るよ。中島君』


 テレビ電話越しに初老の男性が口を挟む。

 警察から出向して来たという池田さんというマモノ駆除班の隊員が、北海道警察の本部長だと教えてくれた。


「警察官なんて月の半分は職場で泊ってるから、本部長捕まえるのは割とイージーなんです」

「でも本部長って道警で一番偉い人だろ、それなのに帰れないんですか?」

「警察って、そういうところだから」


 そういえば、刑事ドラマではどんな時間でも関係なく重大事件の対策本部立ち上げてたな。

 そう考えると警察官のブラックな労働環境がかわいそうになってくる。


「資料に記載しているとおり、オントネー地区に1号装備で出撃します。装備の詳細ですが……」

『40ミリのグレネードを連射できるMGL-140が20丁。ハイラックスの荷台に車載したブローニングM2が1門。同じくハイラックスの荷台に車載したL16迫撃砲が1門。索敵用ドローンが10機に、ドローンに搭載可能な小型爆弾が50発だろ。君たちは中東のゲリラか何かか? 北海道の山奥に戦争でもしに行くのかね?』


 北海道警察の本部長は対策課の持ち出す重装備の一覧を見て額に皺を寄せる。

 異世界生物対策課の法的な立ち位置は、警察でも自衛隊でもなく有害鳥獣駆除を目的とする普通の国家公務員に過ぎない。

 そんな連中が、自衛隊の普通課を遥かに超える火力の重装備で出撃することに、警察官なら文句の一つも言いたくなるだろう。

 と、いうかマモノ駆除班の対マモノ用装備は俺ですらドン引きするほど強力な代物だった。


『このMGL―140って、40ミリのグレネードを6連射できるって話だよね。火力が過剰過ぎないかな? 箱罠とは言わないけどせめて散弾銃とかライフルとか、その辺りでなんとかならないのかね?』


 少し遅れて到着した北海道知事が警察の援護にまわる。

 知事も暴力とは縁遠い人だから、中東のゲリラ顔負けの重装備をした車両が道内を走り回りまわるのは怖いのだろう。


「装備に関するお話は組織を立ち上げる時にしたと思うのですが、まず知事のおっしゃる散弾銃やライフルはマモノ……というか、私に効きません。マモノやマジンは肉体を魔法で強化しています。強化の度合いは個体によって異なりますが、私の場合――」


 不意に由香は支給されている拳銃を取り出して銃口を口で咥える。

 まさかあいつ!?

 

 ズドン!!


 銃声が室内に鳴り響く。

 普通なら上級公務員がテレビ会議の真っ最中に拳銃自殺したという前代未聞の大事件になるところだが、由香は何事もなかったかのように口の中から潰れた拳銃弾を吐き出した。


「こんな拳銃じゃかすり傷も負わないんですよ。ちなみにもっと大きなデザートイーグルとか使っても結果は変わりませんよ」


 由香の派手なパフォーマンスを見て、北海道知事と北海道警察本部長はテレビ画面越しでもわかるわかるくらい顔が真っ青になった。


『中島さん、その銃弾も国民の税金で買ったものだから変なパフォーマンスで無駄遣いするのはやめてくださいよ』


 最後にテレビ会議に参加したのは、由香の直属の上司に当たる環境大臣だった。

 変わった言動と端正な容姿でおばさまのアイドルになっていることしか知らないが、由香の拳銃自殺ごっこを見ても動揺していない辺りそれなりに肝は据わっているらしい。


『中島さん、今回地球にやってきたマモノってそんなに危険なんですか?』

「危険性は最高クラスですね。ニビルの人間ならキリサキザメより危険な生物だと声を揃えて言うと思います」

『あのキリサキザメ以上ですか……』


 海保の巡視船を沈めた大怪獣より危険なマモノが入り込んだと聞いて呼び集められた3人は言葉を失う。


「今回確認されたのはニビルでノウウジと呼ばれている草属性のマモノです。

 原種は冬虫夏草で、本来は昆虫に寄生して宿主の内臓を養分にして成長するキノコですが、魔力器官を得たことで寄生能力が大幅に強化されています。

 原種は昆虫に寄生しますが、ノウウジは寄生対象が昆虫から大型の脊椎動物に変化。

 寄生の方法は耳や口などから脊椎動物の頭の中に侵入し大脳を捕食して宿主を殺害。

 その後、宿主の小脳や神経にノウウジ自身が指令を送るようになります。

 結論からいうと、ノウウジは宿主の死体を自分に都合の良い操り人形に変えてまうんです」

『話だけ聞くと大きな破壊力を持っているようには聞こえないが、そんなに危険なのかね』

「危険ですよ。だって、ノウウジは人間、ホモサピエンスにも問題無く寄生できるんですから。おまけに、ノウウジは宿主の身体を通して草属性の魔法を自由に操ることが出来ます」

「あっ、それはヤバいわ」


 由香の説明を聞いて、俺もようやくノウウジの本当の危険性を理解した。

 仮にノウウジがその辺の人間に寄生して市街地に出ていけば、魔法を使った大量殺人が可能になる。

 それなのに、俺達はノウウジが誰に寄生しているのか実際に魔法を使うところを見るまで判別がつかないのだ。


「ちょっと待て!? ノウウジはもう人間に寄生してるのか」


 人間に化けたマモノが大量殺人を行う可能性をいち早く察した北海道警察本部長が、声を荒げて由香を問い詰める。


「残念ながら、ノウウジが今なんの動物に取りついているのかわかっていません」


 それから、由香はノウウジが地球に来た経緯。

 天原恵子というマジンが、ノウウジと共にニビルから地球に転移してきたこと。

 彼女が、ノウウジが寄生していたデンコというマモノに重傷を負わせたがあと一歩のところで逃げられてしまったこと。

 その後、デンコの死体を発見したが、解剖した結果ノウウジに寄生されていた痕跡が見つかったことを説明した。


「現状、ノウウジがなんの動物に寄生しているのかは判明していません。北海道に住む大型動物だと、シカ、イノブタ、クマ辺りが有力ですが、山に入った人間に寄生した可能性も0ではないと思います」

「話を聞く限り、ノウウジが今どんな姿をしているか判らないと言ってるように聞こえるんだが、どうやって探すつもりなんだ?」

「威力偵察しかないと思います。デンコの死体の見つかった周辺の山狩りを行って大型の動物を見つけたら威嚇射撃を行い、魔法を使って反撃してきたらそれがノウウジです」

「それはあまりに危険すぎる。君は隊員の命をなんだろ思ってるのかねッ!」


 俺が思ったことを北海道知事が代弁してくれる。

 多分、牙門を始めとするマモノ駆除班のメンバーもそう思ったし、危ない作戦なのは由香やカゲトラは百も承知だろう。


「他に有効な手段がないんですよ。ドローンでの捜索を優先させますが、森の中に潜むノウウジを探し出すためにはドローンでの偵察はあまり有効ではありません。結局、人の足で探すしかないんですよ。だから、捜索する隊員にはノウウジと戦闘になっても最低限の反撃が出来る装備が必要なんです」

「あれだけの火力を持って最低限なのか」

「正直言って不足なのだ。1号装備で武装した隊員たちと、私が戦ったら私が圧勝するのだ」


 カゲトラが、恵子が戦ったときの動きを考えると、その言葉は嘘ではないだろう。

 小さな体に人間では動きを目で追う事すら難しい素早さ、加えて7ミリ以下のライフル弾は全て弾き返す強力な魔法による肉体強化。

 対人戦という観点で考えると、カゲトラは恵子より遥かに恐ろしいバケモノだと思う。


「カゲトラは、ニビルでも上位に入る猛者なので敵の戦闘力がカゲトラと互角だった場合、出会ったら逃げるしかないですね。マモノ駆除班はターゲットを見つけたら反撃しつつ撤退。ノウウジとの本格的な戦闘はあくまで、カゲトラと恵子さんだけで行います」


 ノウウジが人間に寄生して人里に降りたら大量殺人を起こす危険性が高く、捜索と駆除は可能な限り早く行わなければならい。

 隊員の生命に危険があるが、捜索するための現実的な手段が他にない。

 と、いうことで由香の提案した『ノウウジ駆除作戦』は関係者の許可を取ることが出来た。


『しかし、恵子さんは民間協力者だろ? ノウウジとの戦闘に参加してもらってもいいのかな』

「確かに私にはノウウジと戦う理由はないけど、私が参戦した方が駆除の成功率は上がりますよ。マモノと互角に戦えるのはマジンである私とカゲトラだけですから」


 由香もマジンなのだが、マモノ形態が水棲生物なので海では無類の強さを発揮するが陸地での戦闘は不得手らしい。


『なら、天原衛君と恵子さんを異世界生物対策課の職員として採用するのは、どうかな? 二人は日本国籍もあるしカゲトラと違って正式な職員として採用できるよ』


 会議が終わりかかったところで、環境大臣がとんでもないことを言い出した。

 きっと、由香とカゲトラもこんな感じでヘッドハンティングされたんだろう。


「そういわれても、国家公務員になるには本来試験が必要な筈でしょ? かといって安月給の非常勤なんてやりたくないんですが」

『本当に必要な人材なら杓子定規な試験なんて必要ないよ、中島さんと同じく正式な国家公務員としての待遇を約束する。危険手当も出すし、給料は弾むよ』

「いいですね、天原さん達が仲間になってくれたら私も心強いです」


 大臣の提案に由香が嬉しそうにポンと手を叩く。


「どうする恵子? 政府の役人になれば、自由に動けなくなるけど、金と情報は入手しやすくなる。俺は、由香の仲間になってもいいと思ってるけど」

「私は右も左もわからない異邦人同然だから、マモちゃんの言う通りにします。ニビルに関する情報が入手しやすくなるのは個人的にも都合がいいし」

『素直に同意してくれてありがとう。後で採用通知と関係書類を送るから、ハンコだけ用意しておいてくれ』


 それだけ言うと、環境大臣はテレビ会議から退室する。

 どうやら俺はこれからイヤでもニビルに関わらなくてはならないようだ。

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