第18話 これはデンコの頭部のレントゲン写真です

――天原衛


「その姿は私がマモちゃんのイメージを送り込んで変身させたからだと思う。私の知ってるまもちゃんは、15歳の天原衛だから」


 15歳の天原衛か。

 確かに恵子を千歳空港で見送ったときの俺は、こんな顔をしていたのかもしれない。


「15年ぶりの再会だからしかたないか……って、なんで恵子は15年前と同じ姿をしてるんだ!?」


 よく考えたら俺以上に不思議なのは恵子の方だ。

 彼女の容姿は世界体操に出場した15歳のころから全く変わっていない。


「私のマジンとして属性は、火とゴースト。マモちゃんが知らないのは仕方ないけど、ゴースト属性のマジンって実態がない存在なの。幽霊っていった方が判りやすいかな? 私の身体は飛行機事故で壊れちゃってお記憶と人格を幽体という形代で強引に縫い留めている状態なのよ」

「でも、お前触れるじゃん普通に飯食ってるし。こうやって手だって握れる」


 俺は恵子の両手を固く握りしめる。

 実態がある温もりもある。

 しかし、恵子は寂しそうに眼を伏せた。


「まもちゃんが触れているのはゴースト魔法≪ジッタイカ≫で使った仮初の実体。本物の身体じゃくて私が魔法で再現した実体のコピーなの」


 不意に俺の両手は恵子の手をすり抜ける。

 顔に触れようとすると俺の手は頬の皮膚をすり抜けて口の中に潜り込んでしまった。


「こんな感じ。悲しいけど、私の本来の姿は本当に幽霊なの」

「じゃあお前はやっぱり15年前の飛行機事故で……」

「うん、本当の私はもう死んでる。でも、まもちゃんと再会してお話ししてるから結果オーライだと思っています」


 恵子は死んだという事実をカラカラと笑い飛ばす。

 15年は長い、これだけの長い年数幽霊をやっていたら割り切れてしまうものなのだろう。


「まっ、とりあえずは一件落着だな。この一週間激動過ぎて目の前がクラクラするぜ」


 この一週間で起こった事実をまとめていくと以下のようになる。

 ①恵子がデンコと戦いこれを討伐した。

 ②俺がデンコの死体を北海道大学に売り飛ばそうとしたら、政府の異世界生物対策課が出しゃばってきて一戦交えることになった。

 ③恵子が地球に来るのに使ったニビルと地球を繋ぐゲートが生きていることを確認した。

 ④ゲート付近で俺はカガミドロというマモノの攻撃を受けて致命傷を負った。

 ⑤俺を助けるため生け捕りにしたカガミドロのコアを俺の身体に埋め込んでマジンにした。


 こうやって事実として起こったことを並べてみると、俺はものすごくヒドイ目に会っている気がする。


「生きていればいいことあるのだ。それとも、あのまま洞窟の中で朽ち果てていた方がよかったか?」


 俺はプルプルとクビを振る。

 生き残ったおかげで俺は、自分の命より大切な女の子と再会することが出来た。

 これは素直に喜ばしいことだ。

 ゲートがまだ開通したままなので、異世界生物がまた入り込んでくる可能性があるが見張りを立てて侵入者に備えれば大きな事件にはならないだろう。


「そういいたいところなんですが……」


 一件落着だと思っていた俺に、由香が申し訳なさそうに声をかける。


「私達がニビルに行っている間、牙門さん達はデンコの死体をここに運んでいろいろ調べていたんです。で、出来ればその結果をお二人に見て欲しいんですが」


 由香が畏まった言い方で訪ねてくる。

 彼女の反応を見て、なにか良くないことが起こったのだと俺は察した。


「俺は動物の解体はするが獣医の資格はないから、不審なところがあってもわからないぞ」


 厄介事を押し付けられたらたまらないので、消極的にお断りを入れてみるが。

 由香は有無を言わさず、パソコンのモニターに一枚のレントゲン写真を表示した。


「これはデンコの頭部のレントゲン写真です」


 頭部を撮影したと思われる写真はデンコの頭蓋骨や、特徴的な牙がハッキリと映し出されている。

 ただ、頭蓋骨の中、脳が入っている部分の上半分が真っ黒になっていた。

 もしこの写真がフェイクじゃないとすれば恵子が戦ったデンコは大脳が無くなり小脳だけで活動していたことになる。


「頭蓋骨切り開いた写真も見て見ますか? 大脳皮質ががキレイに食べられていました」

「ノウウジ」


 恵子は吐き捨てるようにそうつぶやいた。


「ノウウジってなんか怖い名前だな」


 恵子が戦ったデンコは明らかに変な動きをしていたが、どうやら何かヤバイマモノに取りつかれていたらしい。


「耳や口から頭の中に入り込んで脳を食らい、残った死体を操るという性質を持つマモノです。ニビルでも最高クラスに危険なマモノだと思われています」

「恵子が戦った奴は、そのノウウジに操られていたってことなのか?」


 俺の問いに由香は無言で肯いた。


「おそらく衛さん達が死体を見つけた森の中で乗り換えられそうな別の身体を見つけたんだと思います」

「なんか聞けば聞くほどヤバイことが起こっているように感じるんだが、ちなみにそのノウウジってマモノの原種はどんな生き物なんだ?」


 マモノという存在は原種となる普通の生物が突然変異的に魔力器官を宿して魔法を使うバケモノになるという話だ。

 なら、原種となる生物がなにか判れば対策が立てられるかもしれない。


「ノウウジの原種はニビルでは見つかっていないんですよ。だから、なぜあんなマモノが存在するのかつい一時間前まで判らなかったんです」

「じゃあ、ノウウジの原種は地球に生息する生き物だったんだ」

「はい、頭蓋骨に残った細胞片をDNA鑑定した結果。ノウウジの原種は冬虫夏草であることがわかりました」

「冬虫夏草ってただの漢方薬だよな!?」


 少なくとも俺は冬虫夏草という存在をただの漢方薬としか思っていない。


「冬虫夏草っていうのは、虫に寄生する菌類。ぶっちゃけるとキノコなんですよ、寒い冬の間は虫の体内で寒さから体を守り、春になったら宿主の内臓を栄養分にして成長して最終的には虫の外殻を突き破るほどに菌糸を増殖させる。恐ろしい寄生生物です」


 ただの漢方薬だと思っていたが、話を聞くだけで気持ち悪くなる生き物だった。

 虫に寄生して最終的に宿主を体内から食い殺すなんて、想像するだけでも恐ろしい。


「その冬虫夏草が魔力器官を得て本来持っていた寄生能力を超強化されたのがノウウジなのだ。ノウウジは虫だけじゃなく相手がクサリクでも、ダルチュでも、デンコでも油断すれば頭の中に入り込んで大脳を食って操り人形に変えてしまうのだ。おまけにノウウジに寄生されたら生物は元がマモノじゃない普通の動物でも、草属性の魔法を操るマモノになるのだ」

「なんじゃ、そりゃあッ!!?」


 いままでの話を総合すると、動物の脳みそ寄生して身体を乗っ取る恐ろしいマモノがオントネーを闊歩してることになる。

 もし、登山客や地元の猟師と遭遇しようものなら確実に死人が出るぞ。


「由香、狩りの時間なのだ。山狩りをしてどんなことをしても駆除するのだ」

「もちろんそのつもりです。ただ、道警や大臣はいい顔しないでしょうね」


 由香が地球に来て最初に感じたカルチャーショックは、隊員が実戦を想定した武器を持って国内を歩き回ることを極端に嫌がる日本政府の戦闘アレルギーだった。

 他種族や、マモノと殺し合いをするのが当たり前のニビルでは考えられない感性だったが、それだけ日本という国が平和だということなのだろう。


「日本政府って難しいのだ。マモノ退治なんて、手配書配れば済むことなのだ」

「地球にマモノが住んでるのは常識じゃないんだよ。そんな事したら、日本中がパニックになるわ」

「衛さんと恵子さんも一緒に会議出ませんか? 大臣と直に話しできるチャンスですよ」

「環境大臣なんて、大臣の中では一番下っ端なのだ」


 下っ端とか言ってるが大臣が出てくるって相当の事ではないだろうか、もう俺は事が大きすぎてテレビでは報道できない厄介事に腰まで浸かっているのかもしれない。

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