第14話 ここは、異世界ニビルです。

 ――天原衛


 カゲトラがロープを持ってきたので、それを由香が作ったペグに括りつけて俺達は洞窟探検を開始する。

 先頭を行くのはもちろんカゲトラだ。

 小柄で、飛行が可能、おまけに洞窟内でも視界が効くので、先頭を任せるならこれ以上の人材は存在しないだろう。

 カゲトラの先導の元、人間組3人はロープ伝い下り坂を降りていく。

 坂を下りきったところで俺達を待っていたのは圧倒的な光景だった。


「なんだこれ、オントネーの地下にこんな空間が広がってるのかッ!?」


 俺が目撃したのは鍾乳洞だった。

 石灰石の地層が地下水に浸食されることによって作られるタイプの洞窟で、洞窟内は地下水の無差別な浸食によってまるでアクションゲームのステージみたいに穴ぼこだらけの起伏に富んた形状になっていて、天井からはつららの様な形の鍾乳石が至る所から垂れ下がっている。


「コクエン、どうやってこんなところ突破したんだ?」

「普通に濡れてないところを歩いて突破したわよ。あと足場の極端に悪いところはジッタイカで手掛りになりそうな石に捕まりながら歩けば、そうそう転んだりしないわ」

「あっ、そうかお前、遠くにあるモノに触れる芸があったな」

「芸じゃなくてゴースト魔法≪ジッタイカ≫。いいわ、私の魔法見せてあげる。……そうねえ、あの岩がいいかな」


ゴースト魔法≪ジッタイカ≫


 ジッタイカは実体のない霊体を飛ばして、遠くにあるものを動かしたり引き寄せたりする魔法だ。

 遠くにあるモノを動かすことが出来るなら、逆に遠くにあるモノをつかんで支えにして自分の身体を動かすことも可能だ。

 魔法を使うとコクエンの身体がフワフワと浮き上がり、5メートルほど先にある足場に着地する。


「ざっとこんなものよ。同じ要領で衛さんも運べるから難所は私が介助するわ」

「行けそうですね。この洞窟を抜けたところがどこなのか確かめましょう」


 ニビルと地球を繋ぐゲートが生きていることを知って、マジン三人は楽しそうにはしゃいでいる。

 正直、一般人である俺はマジン達に付き合いたくないのだが、ここまでくると一人で帰る方がむしろ危険だ。



 パーティーの先頭を行くのは先ほどと同じくカゲトラだ。

 狭い場所でもスイスイ入り込める小柄な体格、飛行能力、暗視能力、おまけに魔法も使える。

 フィジカルに差があり過ぎて嫉妬心も湧かない万能ぶりで、洞窟探索はカゲトラ一人でよかったんじゃないかと思えるレベルだ。

 俺はコクエンの助けを借りながら、カゲトラの姿を見失わないように必死で付いていくしかない。

 もしここに居るのが俺一人ならあっという間に迷子になってしまうだろう。


「しかし、カゲトラの奴、迷いなくグイグイ進んでいくけど、あいつ道わかっているのか?」


 一般的に鍾乳洞と呼ばれる洞窟は複雑な構造をしてることが多い。

 なにしろ地下水が地下の岩盤を無秩序に侵食して作った空間だ。

 俺達が通ってきた道も、いくつもの別れ道があったが、外に通じる道がどこかわかっているとでも言いたげにスイスイ前に進んでいく。


「カゲトラは、風の魔法の使い手だから、外から入ってきた空気の匂いが判るんですよ」

「めっちゃ便利な能力だな」


 便利過ぎて、カゲトラなしでは洞窟探検は無理なレベルだ。


「私達だけで探索するなら、発信器と位置確認用のカメラを持ってきて、内部の測量をしないと危なくて先に進めないですね」

「時間かかりそうだな」

「このゲートを継続的に使用するなら洞窟全体のマッピングは必須ですが、今日のところはニビルに行けるかどうかだけ確認します」

「みんな、風の音がする。出口は近いのだ」


 30分ほど歩き続けたころ、不意にカゲトラがそう言った。

 俺には何も聞こえなかったが、コクエンと由香は周囲を見回して何かが居ないか警戒するそぶりを見せる。


「洞穴をねぐらにしているマモノは多いからやっぱり緊張するわね」

「出会い頭に戦闘になるなんて勘弁して欲しいですからね」


 そこからさらに歩き続けること数分あまり。

 俺達は洞窟の出口に到着した。

 外に出る前からわかる、むせ返るような木と草と土の匂いがする。


「なじゃこれりゃあッ!?」


 外の光景に俺は驚きを隠せなかった。

 想像して欲しい、俺が住んでいるのは寒冷でエゾ松しかロクに生えない北海道。

 しかし、洞窟を抜けた先にあるのは明らかに植生の違う植物だらけの原生林だった。

 洞窟を30分くらい歩いただけで、ここまで気候の違う場所にたどり着くなんて普通に考えたらあり得ない。


「な、なんか暑くないか?」

「北海道とは明らかに気候が違うわね」


 コクエンは、その辺にある気の葉っぱをちぎって見せてくれた。

 オントネー周辺に生えてる木は寒い気候に適応したエゾアカマツが多いが、コクエンが見せてくれた葉っぱは大きく広がった広葉樹の葉だ。


「明らかにオントネーに自生してる木じゃないな。って、ことは……」

「ここは、異世界ニビルです。もしかしたら、衛さんは初めてニビルにやってきた地球人かもしれませんね」

「全く実感沸かないけどな」


 しかし、このジャングルの中をデンコに匹敵するバケモノがゴロゴロ歩いていると思うと薄ら寒い恐怖が込み上げてくる。


「ゲートが生きてることが判ったので今日のところは帰りましょう」

「異世界の現地調査やると言えば日本政府はきっとどっさり予算をくれるのだ」

「仕事が多くなりそうなので私は憂鬱ですよ」

「そんなのは事務方にやらせればいいのだ」


 本格的な現地調査をやるとなれば、地球とニビル間の連絡手段の確保、洞窟内のマッピング、洞窟周辺のマッピングといった地味な作業が山ほどあると、由香は愚痴をこぼす。


「ウルクに行って街を見て回ったりしないんだ」

「現地人との交流は日本政府の方針にもよりますが、だいぶ先になると思いますよ。下手な接触の仕方をして戦争にでもなったら目も当てられません」

「ニビルの調査か、俺も行ってみたいな」

「衛は民間人だからダメなのだ」

「道案内の民間協力者ってことでいいじゃないか」

「地球人のあなたが異世界のジャングルをどうやって道案内するんですか」


 民間人に過ぎない俺とコクエンは家に帰ったところでお役御免のようだ。


「申し訳ないですが、マモノから身を守る術を持たない衛さんに出来ることはほとんどありません。彼らは本当に危険なんですよ、どこに潜んでいるか判らないし、どんな能力を持っているかもわからない。ニビルでは新種のマモノの発見なんて日常茶飯事なんです」


――そう、マモノはどこに潜んでいるか判らないし、どんな能力を持っているかもわからない。


「ぐはっ!」

 

 足元にある泥の塊を避けようとした俺に、避けようとした泥そのものが飛びかかり左脇腹に食らいついた。

 マモノに噛みつかれた俺は、腹を食い千切られた痛みより、流れ出る血の熱さを強く感じた。

そいつは想像を絶する咬合力で俺のわき腹を食い千切り、噴出する血をズルズルとすすっている。


「衛さん!?」

 

 俺に食らいついた泥は、人間の男性に姿を変える。

 目の前に立つのは筋肉質な体系の、壮年の男性。その姿は俺、天原衛に瓜二つだった。


「カガミドロ!? なんでこんなところに」

「決まってるのだ。この洞窟がカガミドロの住処だったのだッ!!」


 俺達は勘違いをしていた。

 洞窟を抜けた先にニビルがあるのではなく、この洞窟はすでにニビル一部だったのだ。

 俺そっくりの姿に変身したカガミドロは、俺達に背を向けて脱兎のごとく逃げ去ろうとする。


「二人とも、そいつのコアを生きたまま確保してください。衛さんを助けるにはカガミドロと衛さんを融合させるしかありません」


 由香の言葉の意味を理解したコクエンとカゲトラは魔力を発動し、逃げようとするカガミドロを追いかける。


 金魔法≪タンテツ≫


「傷口を焼いて止血します。つらいと思うけど意識を保ってください」

「そうはいっても、これもう死んだだろ」


 由香は掌にドロドロに溶けた銀色の液体をまとわせる。

 それは、それは数百度に熱せられ液状になった鉄だった。


「ぐああああッ!」


 傷口に溶けた鉄を押し付けられた痛みで俺は思わず悲鳴を上がる。


「乱暴な治療ですいません。ただ今は、出血を止めるの最優先なので」


 由香の言う通り、溶けた鉄で傷口を焼くことで出血だけは何とか止めることが出来た。


「でも、これって死ぬまでの時間が伸びただけですよね」


 俺の受けた負傷はどう考えても致命傷だ。

 腹を半分以上食い千切られ肉のこびりついた背骨が露出している。

 おまけに、腎臓と肺の下半分も破壊されている。


「このままなら、100パーセント死にます。だけど、コクエンとカゲトラが上手くやってくれれば0.1パーセントですが生き残る目が残ります」

「……0.1パーセント」

「衛さんを、マジンにするんです」

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