第13話 明かりが無いと森も歩けないないなんてクサリクは不便なのだ

――天原衛


 俺達は、由香さんの車に同乗して白藤の滝へ向かう。


「後部座席が狭くて申し訳ないですが、コクエンさんは後ろに乗ってください」

「これ狭いんだ? 私、車って衛さんの軽トラしか知らないから椅子があるだけマシだと思うんだけど」

「しかし、いい車乗ってるな。この車、最近モデルチェンジした新型のジムニーだろ」


 由香さんの車、ジムニーは新車を手に入れようをしたら納車1年後とかいわれる人気のある車だ。任務上オフロードをタフに走れる車が必要なのは理解できるがよく手に入れたものだと思う。 


「これ官給品なんです。うちの課は、新設なので装備は新品のものが多いんですよ」

「この辺り、対向車が来ることはほぼないんでフルスピードでも大丈夫です」

「了解しました」


 林道を抜け、舗装された国道に出ると由香さんはアクセルを思い切り踏み込んで速度を上げる。

 車は町のシンボルであるオントネーの湖畔を北上して、白藤の滝へと向かう。

 時速100キロ以上の速度で走り続けたが、北海道の夕暮れは早く。

 滝の近くに来る頃には、空は夜の帳に覆われてしまった。


「そろそろ、スピード落としてください。この先に立て看板があってそこから滝へ向かう林道に入れます」


 マイナーな観光地だけに、滝へのルートを表示する立て看板はあまり目立つ代物ではなく、道を知ってる俺が居なければ多分たどり着けなかっただろう。


「木の立て看板を地面に刺してるだけなのだ。こんなの地元民じゃないとわからないのだ」

「デカイ看板を作る金が無いんだよ。林道をしばらく進んだら車と停められる空き地があるんで、そこからは歩きです」


 空き地に車を止めて、俺達は滝へ向かって歩きはじめる。

 ただし、時間は夜。

 街灯はなく周囲は1メール先にある木すら見渡せない真っ暗闇なので、ヘッドライトは必須だ。


「明かりが無いと森も歩けないないなんてクサリクは不便なのだ」


 カゲトラは明かりなど要らぬとばかりに飛び始め10メートルほど先にある木の枝にぴょんと飛び乗った。


「人間とフクロウは、目の作りが根本的に違うんだよ」

「まっ、夜目が効くのは私も同じなんだけどね」

「すいません。実は私も……」


 昼夜を問わず群れで歩き回るオオカミの目を持つコクエン。

 暗い海の中を泳ぎ回る海洋生物の目を持つ由香。

 二人もカゲトラと同じく夜目が効くようで、明かりを持たずにスタスタと林道を進んでいく。

 とはいえ、滝へ実際に行ったことがあるのは俺だけだ。

 先頭に立って二人を滝へ案内する。

 急行配の上り坂を歩き続けること5分余り。

 最初にザアザア……という激しい水の音が聞こえ、坂を上り切ったところで俺達は白藤の滝に到着した。


「つ、ついたあッ!!」


 ヘッドライトに照らされた落差20メートルの大瀑布をみて俺は思わず歓声を上げる。

 山歩きは慣れているつもりだったが、真っ暗闇の中、慣れない道を歩くのはけっこうしんどかった。


「コクエンさん、この滝に見覚えありますか?」

「えーっと……ある…かも」


 コクエンは当時のことを思い出しながらポツリポツリと語り始める。

 当時、彼女は森の中でデンコを追走していた。

 デンコがコクエンの追跡を振り切るために、岩山の麓にあった洞穴に入っていくのをみて彼女もそれに続いて洞穴に入った。

 洞窟は無数の横穴がある入り組んだ構造だったが、コクエンは鼻を頼りにデンコの追跡を続け、水のカーテンがかかった出口から飛び出したところで白藤の滝にたどり着いた。


「――以上が、私が北海道に来ることになった経緯かな。洞窟に入る前まで確実にニビルに居たと思う」

「滝の裏側の洞窟か……あっ!! ある、洞窟あるぞ」


 身軽さを生かして一足先に滝の裏側に回ったカゲトラは、興奮気味に洞窟があることを宣言する。


「急いで正解だったみたいね。滝の裏の洞窟って昔からここにあるの?」


 俺はプルプルとクビを横に振る。

 白藤の滝の裏側に洞窟があるなんて聞いたことがない。


「存在しない筈の洞窟がいきなり出現したなら、ここがゲートになってる可能性が高いですね」


 飛べない俺はどうやって滝の裏側に行こうか悩んでいる目の前で、由香はなんのためらいもなく滝つぼに飛び込んでいく。


「おい、水着なしで泳ぐなんて自殺行為だぞッ!」


 突然の危険行為に肝を冷やす俺の目の前で、由香はは水の上に立って口元でニヤリと薄笑いを浮かべていた。


 水魔法≪ミズワタリ≫


「由香は、水属性の魔法が使えるんだから溺れるとかありえないわよ」

「いやあ、人並みに心配されるっているのもちょっと新鮮ですね。お二人にもミズワタリを付与するので私の手を握ってください」


 俺は恐る恐る差し出された手を握って、由香と同じように滝つぼに飛び降りた。

 普通なら靴から水の中に身体が沈んでいくはずだが、水かフワフワしたクッションのような感触で俺の両足を受け止めてくれた。


「すごいなこれッ!! 滝つぼの水がまるでクッションみたいになってる」

「ミズワタリの魔法。水属性の魔法の初歩の初歩ですよ」

「フナクイと融合したマジンってのは、嘘じゃなさそうね。私は、衛さんを安全に滝まで運ぶ魔法が使えないから助かったわ」


 俺達は由香さんの力を借りて洞窟の前で待機しているカゲトラのもとへ異動する。


「この洞窟がゲートなのか?」


 洞窟は急こう配の下り坂になっていて、ヘッドライトで照らしてみても奥の方を見渡すことが出来ない。


「入り口付近に魔力を感じないのでこの横穴は石か水の魔法で岩を溶かして作ったただの穴ですね。ゲートの正確な位置は、中に入ってみないと判らないかも」

「この中に入るのか!?」

「もちろんです、入ってニビルまで道が通じているか確かめないと」

「危険すぎる!! 夜に、いや昼でも同じだ。ろくな装備もなしでこんな得体の知れない洞窟に飛び込むなんて正気の沙汰じゃない」


 急こう配の下り坂を降りるんだ。

 せめて入り口に杭打って命綱を用意しないと降りたら最後、登れなくなってしまう。


「確かに坂を昇り降りするためのロープくらいは欲しいですね。カゲトラ車からロープ持ってきてください20メートルくらいのロープを積んでいるはずです」

「ロープがあっても、ペグが無いと……」


 ペグとはロッククライミングのときに岸壁のクラックに打ち込んでロープを通す金具の事だ。

 ロープだけ持ってきてもその辺の枝に引っかけるだけなら命綱として機能しない。


「ペグはあります。言いましたよね、私は金属性の魔法も使えるんですよ」


 由香は胸ポケットに刺していた金属製のボールペンを洞窟の入り口に思い切り突き立てた。


 金魔法≪タンテツ≫


 金属製のボールペンが由香の手の中でアレヨアレヨという間に形を変えてロープを固定するためのペグになる。


「べっ、便利な魔法だな」

「私はこういう小技が得意なんですよ。戦力としてはカゲトラやコクエンさんに劣るけどサポートの方は任せてください」

「小技が得意ねえ……そういうことを言う人に限ってなにか隠し技とか持ってるのよ」


 コクエンは由香の能力に懐疑的な視線を向けるが、彼女はそれを受け流すようにニコニコと微笑んでいた。

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