第11話 これが私達と日本政府のファーストコンタクトですね

――天原衛

 

 5年前、世間を大きく騒がせた『佐渡ヶ島沖巡視船沈没事故』。

 海上保安庁所属の巡視船さどが、佐渡ヶ島沖80キロの地点て沈没したという事件が日本中を駆け巡った。

 幸い乗員は近くを航行していた漁船に救助され、沖合の沈没事故にも関わらず犠牲者は7名と少なかったが、当時さどが航行していた海域は水深300メートル達する沖合のど真ん中で座礁事故の可能性は皆無。

 政府はしきりに事故であることを強調していたが、北朝鮮の潜水艦から雷撃を受け撃沈された可能性があるという陰謀論が日本中に広がり、ワイドショーもしきりに政府は何かを隠しているという論調で政府批判が毎日のように報道されたのを覚えている。


「沈没した海域が深すぎてサルベージできないって政府発表もあって、俺もいよいよ戦争が始まるのかとヒヤヒヤしたの覚えてるよ」

「ちょっと船の状態がマスコミにお見せできるものじゃなかったんですよ。ただ、巡視船を沈めたのは北朝鮮や中国の潜水艦じゃありませんよ」

「マモノに襲われて排水量1000トンの船が沈んだっていうのか!?」


 あまりにぶっ飛んだ話に俺は口を半開きにしたまま呆然となってしまう。


「言い訳をさせてもらうと、あの時、私とカゲトラが追っていたのはレベル60のキリサキザメです」

「あっ、それは仕方ないわ」


 コクエンが納得したようにポンと手を叩く。


「№39592。キリサキザメの生態について教えて」


 コクエンがオモイイシにキリサキザメの情報について質問すると、3Dグラフィックで口がチェーンソーのように迫り出したノコギリザメに似た魚のすがたが投影される。

 全身のフォルムはノコギリザメだが、普通のサメならザラザラしたサメ肌になっている全身の皮膚がゴツゴツシた岩のような質感になっているのが特徴的だ。


『キリサキザメの生態についてお教えします。生体属性:マモノ。学名:キリサキザメ。原種:ダイノコギリエイ。属性:水・氷。推定体長20メートル、推定体重2,000キロ。先端に原種であるダイノコギリエイと同じ形状のノコギリ歯を有しており、凍らせた海水を歯にまとわせて攻撃力を強化することが可能』


 オモイイシが語るキリサキザメの生態は、マモノが人知を超えた力を持つ生命体であることを俺に思い知らせてくれた。


「あいつの場合は、歯だけじゃなくて全身の鱗にも氷をまとわせて防御力を強化していたからメチャクチャ硬かったのだ。おまけに氷の粒を飛び道具として使ってくるから、現代兵器に例えると攻撃型潜水艦と戦うようなものなのだ」

「海保の巡視船が勝てる相手じゃないな」


 現代兵器で有効打を与えようとするなら、対艦ミサイルが必要になりそうだが俊敏で熱をほとんど発しないマモノにミサイルを当てるのは現代の技術では不可能だろう。


「私とカゲトラもニビルではコクエンさんと同じくマモノハンターをやっていたんです。5年前、近海を荒らしまわるキリサキザメを討伐する依頼を受けて、ターゲットを追いかけているときに異世界転移のゲートに飛び込んでしまったんですよ」

「あの時は焦ったのだ。目の前に突然見たこともないような巨大な船が現れて、私や由香にまで威嚇射撃してくるから、最悪の事態になったのだ」


 巡視船の威嚇射撃がキリサキザメを刺激して攻撃のターゲットにされてしまったらしい。


「キリサキザメの体当たりを食らって船体は真っ二つ。おまけに至近距離から氷の散弾を撃ち込まれてそこら中穴だらけになったのだ。もっとも、キリサキザメが巡視船を攻撃に集中してくれたから、その隙をついてサクッと倒すことが出来たのだ」

「船体をマスコミに見せられないって、破壊され方がヒドイからか」


 破壊された船体はまさしく魚雷と機関砲を食らったような状態になっていただろう。

そんなものを一般公開したら巡視船を攻撃したのは北朝鮮だ、中国だと騒ぎになって戦争がはじまりそうだという陰謀論をさらに加速させることになる。


「これが私達と日本政府のファーストコンタクトですね」


 その後、日本中が、戦争が始まるかもしれないという陰謀論で右往左往することになるのだが。

 政府内でも人知を超えた怪物がまたニビルからやって来るかもしれないという事実を突きつけられて大混乱に陥っていたらしい。

 由香とカゲトラは地球人に対して好意的だが、彼らは本気で戦えば二人で自衛隊を圧倒できる人知を超えた怪物だ。

 そんな怪物が日本のどこかにまた現れるかもしれないと考えたら、頭を抱えたくなる。

 日本政府としてはニビルの存在は外国には秘密にしておきたい。

 かといって、自衛隊や警察に異世界生物に対抗するための新たな部隊を設置すると隣国を刺激する可能性かが高い。

 そんなジレンマに陥っていたときに、変人で知られる当時の環境大臣が由香とカゲトラをヘッドハンティングして二人を中心に有害鳥獣駆除を名目にした異世界生物対策課を作るプランをぶち上げたそうだ。


「これが環境省環境調査部異世界生物対策課の設立経緯です。私が課長になっているのは、他に適任者がいなかったからですね。マモノ退治の指揮を取れる地球人は地球上のどこにも存在しないので」


 幸い外見が人間と同じだった由香は、日本国籍を取ってもらい国家公務員として採用。

 カゲトラは、ホモ・サピエンス以外の知的生命体が存在することを世間に公表できないので表向きは存在しないものとして扱い、政府の機密費から報酬を支払っているらしい。


「そのバックアップとして、自衛隊、警察、海保から人をかき集めたわけか。牙門、よくこんな人事異動受けたな」

「日本に居ながら実戦経験が出来ると聞いていたからな。まさか、相手が正体不明の怪物だとは夢にも思わなかったが」


 実戦経験といってもマモノ同士の戦いをこの目で見た俺の感想としては、山中を捜索してターゲットを見つけたら逃げてカゲトラを呼ぶしかないと思う。

 そんな人員に必要性があるかと言われたら。


「すごく役に立つな、捜索班」

「捜索班じゃない、マモノ駆除班だッ!」


 牙門に強く言い返される。

 この反応を見るに、おそらく牙門達がマモノに直接攻撃する機会はほとんどないのだろう。

 しかし……この状況。


「えっと、もしかして俺……ものすごい厄介事に巻き込まれてる?」

「そうでねえ、問題が重大過ぎて新聞には載せられないくらいの厄介事に巻き込まれていますよ」


 由香からそう伝えらえて、俺はガックリと項垂れるのであった。

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