第10話 雑魚の度胸に免じて許してやるのだ
――天原衛
「あんた正気なの!? 仲間も魔法に巻き込むところだったのよ」
「敵にマジンがいると聞いていたからな、人質の命なんて気にしてられないのだ」
驚くべきことだが、コクエンが話しかけたのはフクロウだった。
フクロウカフェでよく見るメンフクロウではない、全身が褐色と黒の縞模様の羽で覆われ、両目の上に角のように見える飾り羽が生えた大型のフクロウ、ワシミミズクだ。
「あれが、異世界生物対策課の二枚看板の一人。マジン、カゲトラだ」
「話をするフクロウ……そういえば……」
コクエンはニビルにはクサリクと呼ばれるホモサピエンスと同種の存在以外に六種類の知的生命体が住んでいると言っていたな。
性別はわからないが奴は、ニビルに住む知的生命体の一種、姿はワシミミズクだが紛れもなく人なのだ。
「由香達はぬるいのだ。マジンが相手でも、叩きのめしていう事聞かせればいいのだ」
カゲトラはそう言いながら小柄な体格を生かしてコクエンに向かって突進する。
風属性≪キリサキ≫
カゲトラが翼を一振りすると、畳にまるで日本刀で切り裂いたような切り込みが入る。
見た目のとおりカゲトラは風を使った魔法が得意らしい。
「好き勝手ぶっ壊して、後で弁償しなさいよ」
コクエンは俺達を戦いに巻き込まないよう庭に飛び出す。
「バカなやつめ、屋外は私の方が有利なのだ」
カゲトラの言う通り、屋外の戦いでコクエンは苦戦を強いられることになった。
カゲトラは空が飛べるという圧倒的なアドバンテージがある。
安全圏まで飛び上がって、好きなタイミングで最初に見せた急降下攻撃で強襲すればいい。
いつ来るかわからない攻撃を待ち続け、相手の攻撃に合わせてカウンターを狙うことを強いられるコクエンは圧倒的に不利だ。
風魔法≪コノハオトシ≫
火魔法≪アカノコブシ≫
風と火、二つの魔法が激突する。
砲弾同士がぶつかったような激しい衝撃波辺り一帯を駆け抜け、爆発によってコクエン立っていた場所にクレーターが出来上がる。
魔法の威力そのものはコクエンの方が勝っているように見えたが、炎に捲かれる前にカゲトラは飛行能力を生かして上空に避難する。
「コクエン、大丈夫か!? ムリに戦う必要はない降伏してもいいんだぞ」
「大丈夫、大丈夫、あいつ炎が苦手みたいだから次は燃やす」
風の魔法に切り刻まれ、頬や右腕から血を流しならコクエンはVサインを返す。
「なんで動けるんだ? 今の攻撃、砲弾が直撃したのと同じだよな」
「マジンの力は規格外なんだよ。あれは、人間じゃない戦ってるのは戦闘ヘリと戦車だ」
牙門はそうつぶやくと、部屋から飛び出してコクエンの前に躍り出た。
「カゲトラさん、戦闘はやめてください。彼らはテロリストでも、ニビルからの侵略者でもありません。ただの民間人です」
牙門がコクエンを守るように両手を広げて立ちはだかると、カゲトラは降下してするどいカギ爪の生えた後ろ足で牙門の頭を鷲掴みにする。
「どけ牙門、ヘマこいて敵の捕虜になったお前の意見は聞かないのだ」
「確かにミスで迷惑をかけたことは認めるし、責任も取ります。でも、あそこにいる天原衛は俺の戦友です。俺は軍人だから命をかけでも戦友は守ります」
「雑魚のいうこと聞く義理はないのだ。どかないと、殺すぞ」
「殺してみろッ! 俺をやればアンタはただの犯罪者だ」
二人は数秒にらみ合ったあと、カゲトラは諦めたように牙門を開放して地面に降りた。
「雑魚の度胸に免じて許してやるのだ」
「続けてたら私の勝ちだったけどね」
「面白い冗談を言うな、小娘」
二人がなんとか矛を収めた直後、山道を突っ切って爆走する一台の車が天原家の敷地内に飛び込んできた。
「あっ、課長のジムニーだ。速かったな」
世界最軽量のオフロード車はマリオカートみたいなノリで一メートル近くある段差を乗り越えコクエンとカゲトラの間に壁になるように停車する。
そして、運転席からさっきテレビ電話で顔を見た女、中島由香が下りてくる。
「何やってるんですかカゲトラッ!! 先走らないでください」
「敵にマジンがいると判ってるんだぞ、奇襲を仕掛けるのが常識なのだ」
「その奇襲に失敗してるんだから、これはあなたのカゲトラのヘマってことでいいですね。報酬にマイナス査定させてもらいます」
「ちょ!? 報酬減額とかパワハラなのだ」
報酬減額と聞いて、カゲトラは羽をパタパタさせて抗議する。
「これ以上マイナス査定を食らいたくないなら、政府の方針に従ってください。政府の方針は、可能な限り話し合いで解決することです。あと、天原衛さん」
由香は、衛の方に向き直って深々とあたまを下げる。
「家を壊してしまったこと、心よりお詫び申し上げます。当然、修繕は全額こちらの負担でやらせていただきます」
「すいません課長、私もミスをしました」
牙門が、由香に頭を下げる。
牙門は身長180センチを超える大男なので、そんな大男が小柄な少女に頭を下げる姿はひどく奇妙に見えた。
「そこにいる天原衛さんは、牙門さんと自衛隊で2年間バディを組んでたと聞きました。偽名なんて名乗ったら怪しまれて当然です。運が悪かったと思うしかないですね」
「むしろ、マジンと戦って生き延びたんだから幸運なのだ」
茶々をいれるカゲトラを由香はジト目でにらむ。
「改めて自己紹介しますね。まず、コクエンさんと先ほど戦ったこのカゲトラですが、彼女は地球に生息するフクロウではなくニビルでフクロウから知的生命体に進化した異世界生物です」
「付け加えると、私はレンゲオウというマモノと肉体を融合したマジンなのだ」
レンゲオウ、知らない名前が出てきたな。まあ、ニビルと地球では同じ動物でも呼び名が異なるのでほぼすべてが知らない動物ということになる。
「№39592。目の前にいるダルチュの能力について教えて、パーソナルネームはカゲトラ」
俺にレンゲオウについて説明するためだろう。
コクエンはオモイイシを取り出してカゲトラの情報を読み取らせる。
『カゲトラの情報についてお答えします。生体属性:マジン。学名:ダルチュとレンゲオウの融合体。属性:竜・風。推定体長0.4メートル、推定体重5キロ。推定レベル55』
「レベル55って、この前のデンコより強いのかよ!?」
「ほぼ同じくらいね。それに、属性が竜と風なら、火を使う私の方が強い」
「属性の相性が悪いのは認めるが。当たらなければ、どうということはないのだ」
「つまり、一発直撃させればいいんでしょ。やっぱり私の方が有利じゃない」
「はいはい、喧嘩しない。使える魔法の属性で有利不利があるのは仕方ないことだしそれをカバーするためにチームで戦うんでしょ」
バチバチと目から火花を散らすコクエンとカゲトラを由香がなだめる。
やっぱり奇妙だ。
カゲトラは、見た目のインパクトはともかく存在に不自然さはない。
ニビルには、ワシミミズクから進化した知的生命体が存在して、その中の一人がコクエンと同じようにマモノと自身の身体を融合させてマジンになった。
だから強い。強くて、話が出来て、金で懐柔できるので、大金を積んで仲間にする。
何も不自然なことはない。
「そして、私は中島由香。牙門さんや、カゲトラが所属する環境省異世界生物対策課の課長です。今回、衛さんとコクエンさんをトラブルに巻き込んでしまったのは一重に課長である私の判断ミスです。本当に申し訳ありません」
中島由香は何者だ?
コクエンより大人びているが、まだ未成年と言われても違和感のない若い女の子が政府の高官なんて普通に考えたらあり得ない。
「まだ言い忘れてることがあるぞ」
カゲトラは翼でちょんちょんと、由香の足を叩いて指摘する。
「えっ、やっぱり言わなくちゃダメですか?」
「衛はお前みたいな小娘が課長だと名乗っても信用しないのだ。普通に考えたらあり得ない人事なのだ」
どうやら、中島由香にはまだ隠された秘密があるらしい。
「確かに隠しているのもフェアではありませんね。実は私もニビルから来た異世界生命体でマジンなんですよ。クサリク出身なので身体の作りは地球人と同じですけどね」
「貴方はなんのマモノと融合してるのよ」
「私が融合してるマジンは『フネクイ』です。魔法の属性は水と金ですね」
「げっ、よりによって水属性か」
火を使うコクエンは、水を使った魔法が苦手なので、由香が水属性と知って露骨に顔をしかめる。
「私ならコクエンさんに勝てると思いますが、使える魔法の属性による有利不利はあまり気にしない方がいいですよ。重要なのはチームで目的を達成することですから」
「つまり、由香さんが特殊部隊の頭はってるのは日本政府にヘッドハンティングされたからか」
民間企業ならよくある話だが、政府が異世界人を幹部待遇でヘッドハンティングするなんて、よほどの事があったんだろう。
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