第9話 私は中島由香、牙門さん達の上司で環境省異世界生物対策課の課長を務めています

――天原衛


「捕虜なんてとってどうするんだよ? 牙門が政府の人間なら俺達は犯罪者になるんだぞ」

「偽名でデンコの死体をかすめ取ろうとした相手を逃がすなんてあり得ないでしょ」


 牙門は居心地悪そうにちゃぶ台の前に座ってお茶をすすっている。

 顔見知りとはいえ、家族以外の人間が家の居間にいるという状況にものすごい違和感がある。

 ちなみに拘束はしていない、さすがに拳銃は取り上げさせてもらったが事故防止のためにマガジンから弾を全て抜いてちゃぶ台の上に置いている。


「しかし、配布されてる拳銃サクラなんだな。お前ならシグの方が使い慣れてるだろ」


 牙門が持っていた拳銃は、自衛隊が採用しているオートマチック拳銃ではなく、警察に配備されてるリボルバータイプのものだった。


「上が話し合った結果だな。警視庁が街中で持ち歩く拳銃に軍用のものは絶対に認めないとゴネたんだよ」

「狩猟用には使えないな、こんなのニワトリにも当たらない」

「街中で携帯するには悪くないぞ、軽くて肩こらないし、戦場じゃないところで13発も弾数は要らない」


 ちなみにコクエンが気絶させた前川さんは、隣の部屋で寝かせている魔力ダメージで意識を奪ったので少なくとも10時間は目を覚ますことはないらしい。


「戦術的にはお嬢さんの方が正しい。スパイをみすみす逃がすなんて自衛官失格だ」

「俺はもう除隊したから自衛官じゃねえ。ただの民間人だ。それはそれとして、お前等は一体何者なんだ? 少なくとも北海道大学の研究員っていうのはウソなんだろ」

「尋問か、なんか捕虜っぽいな」


 牙門はニヤリと攻撃的な笑みを浮かべる。

 俺がいるんで危害は加えられないと踏んでいるのだろう。悔しいが、奴の考えていることは正しい。


「茶化すなよ。俺は戦争も犯罪にも関わる気はない」

「ねえ、この牙門さんが何も話さなかったらどうするの? やっぱり拷問するの?」

「拷問したら犯罪者として俺達が捕まるだろうが。偽名を使った不審者として警察に引き取ってもらうだけだ」

「ええッ! この人、政府の工作員でしょ警察に引き渡したら開放するのと同じじゃない」

「こいつらはデンコの死体を欲しがってるから、その後に正式な取引の話が来るだろ」

「正式な取引か……確かに、今回偽名を使ったのはお前たちがマモノやニビルについて何も知らないという想定で動いた結果だからな。次は、デンコの死体を引き取りたいって正式なオファーをすることになるだろうな」


 俺の隣にニビルから来たマジン、コクエンが座っている。

 これは彼らが方針を変更するには十分すぎる理由になるだろう。

 牙門はしばらく考え込んだ後、スマートフォンでどこかに電話をかけ始めた。


「テレビ電話で通話する。お前らへの説明は俺の上司からしてもらうことにするよ」


 そういって牙門がスマートフォンをちゃぶ台の上に置くと、液晶画面に女子大生くらいの若い女性の顔が映し出された。


「この方は、環境省異世界生物対策課の課長、中島由香さんだ」

『ちょっと、ちょっと牙門さん、定時連絡を無視した上に、いきなり私の個人情報の暴露とか勘弁して欲しいんですけど』


 中島由香と紹介された女性は表面上笑顔を取りつくろっているが、明らかに怒っていることが画面越しにも伝わってくる。


「申しわけありません。作戦は失敗しました。当官と前原は天原家に捕虜と拘束されています。ただの民間人だと思っていたのですが、天原家にマジンが居ました。あと世帯主の天原衛は元自衛官で、私の顔と名前を憶えていたので偽名で北海道大学の研究員を装っていたことを看破されました」

『えっ、ええええ!? 天原家にマジンが居たのですか、がっ、牙門さんと前川さん怪我とか大丈夫ですか?』

「私の方は無傷です。前川の方はマジンの攻撃を受けて現在昏睡状態にあります」

「安心なさい、クロノコブシをぶち込んで気絶させただけだから。10時間くらいは起きないと思うけど」

『あなたゴースト魔法の使い手なのね。部下を傷つけなかった気遣いに感謝しておきます。あと自己紹介を私は中島由香、牙門さん達の上司で環境省異世界生物対策課の課長を務めています』


 しかし、この中島由香って女、牙門の上司を名乗るにしてはずいぶん若いな。


「一応自己紹介しとくわ、私はコクエン、ゴーストと火の魔法を操ることができるマジンよ」

『ゴーストか、それはまた随分とレアなマジンなのだ』


 由香の背後から明らかに彼女とは違う甲高い声が聞こえてくる。


『カゲトラ、黙って、今は私が話してるんです』

「俺は天原衛。この家の世帯主だ。俺はスミロドンと思われる動物の死体を見つけたって北海道大学に連絡しただけなのに、なんで政府の特殊部隊みたいなのが出てくるんだ」

「スミロドンは地球上から絶滅しています。もし、スミロドンが出てきたとしたらニビルから迷い込んできた異世界生物の可能性が非常に高いので私達が回収することになりました」


 スミロドンは地球上から絶滅しているか。

 ニビルの存在を知っているなら、絶滅動物か異世界生物か見分けるのは難しいことではないだろう。

 おそらく全国の研究機関に異世界生物を発見したという通報があったら、由香のところに情報が集まるシステムが出来上がっているのだろう。


『こういう事をいえた義理じゃないのは承知していますが、とにかく部下の身の安全は保障してください、今から私がそちらに向かうので私の口から一通りの事情を説明します』

「別に牙門達に危害を加えるつもりはねえよ。俺はまっとうな取引が出来るならそれでいい」



 環境省異世界生物対策課。

 なんでも日本政府は、数年前にニビルのマモノと接触し、それを切っ掛けとして環境省に特別な部署が作られたらしい。

 なんで警察や自衛隊ではなく環境省がって気がするが、メインの仕事はニビルからやってきた異世界生物の発見と捕獲なので有害鳥獣駆除を担当する環境省に御鉢がまわってきたらしい。


「特に北海道で異世界生物の発見例が多いってことで、対策課の本部は札幌にある」


 札幌か、法定速度を無視して車をぶっ飛ばしても二時間はかかるだろう。

 北海道は広いのだ。


「しかし、なんで自衛官のお前が環境省で働いてるんだよ?」

「必要人員確保のための出向だよ。マモノ相手の戦闘には重火器が必要だからな。実働部隊は自衛隊や警察から出向者を集めてマモノ駆除班を編成してる」


 牙門は自衛隊出身だが、前川さんは警察の機動隊から出向して来たらしい。


「マモノ駆除班ねえ、俺は一度マモノとコクエンが戦ってるのを見たことあるがあれは人間が勝てる相手じゃないぞ」


 相手がマモノではなくマジンでも同じだ。

 コクエンと戦う場合、俺は槍を使って攻撃することになるが彼女は肉体の強度や脳の思考速度を魔法で強化出来るので俺の攻撃は当たらないし当たっても傷一つ付かない。

 もしマジンと対等に戦おうとするなら、人間の側は戦車を持ち出す必要があるだろう。


「マモノとメインで戦うのは政府にヘッドハンティングされたマジン様で俺達はあくまでバックアップだ。悔しいが、駆除班10人が総がかりでもマジンにかすり傷一つ負わせられん」

「へえ、政府が雇ったマジンって強いのね、どんな人なの?」

「さっき、課長の会話に茶々いれてきたカゲトラって奴だ。たぶん、課長と一緒にここに来るだろう」


 北海道の夜は早い、由香がこちらに向かうと宣言して二時間も経たないうちに夕闇が辺りを包み始める。

俺は不意に鳩尾にビリビリする感覚が気になって立ち上がった。

 縁側に出て周囲の様子を伺ってみる。

一見、見た目には何の変化もない、ただ一つだけ明確な違和感があるとすれば。


「風が無くなっている」

「衛さん伏せて魔法攻撃が来る」


 コクエンは家の屋根に跳び上がって、右腕に今まで見た中で最大規模の炎をまとわせる。


風魔法≪コノハオトシ≫

火魔法≪アカノコブシ≫


 強大な風と炎の激突によって発生した衝撃波は築50年の木族建築の屋根を軽々と吹き飛ばし、恵子ともう一人のちゃぶ台を粉々に破壊しながら居間に飛び込んできた。

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