第8話 天原…お前こそ、なんで除隊した。
――天原衛
翌日、俺の家に一台のピックアップトラックがやってきた。
ハイラックスと呼ばれる世界で一番売れてるピックアップトラックだが、日本では販売していない車両だ。
体重200キロを超えるスミロドンの死体を運ぶにはベストな車両だが、標本運搬のためにわざわざ逆輸入車を購入する辺り北海道大学がけっこうお金持ちらしい。
車から男が二人降りてくる。
ここで俺は大きな違和感を覚えた。
普通、研究者といえば部屋に閉じこもって実験ばかりしている青白い顔をした痩せた男を思い浮かべるが、車から降りてきた二人は野外でたっぷり日に焼けた健康的な顔色をしており、おまけに鍛え抜かれた男特有のガッシリとした体格をしていた。
「初めまして、昨日メールさせていただいた山﨑といいます。貴重な標本を発見したという連絡ありがとうございます」
山﨑と名乗る男はペコリと頭を下げ名刺を差し出してくる。
山﨑と名乗る男が頭を上げたところで、俺が感じていた違和感は明確な疑念に変わった。
「山﨑ねえ……どこに婿入りしたんだ牙門三曹」
「あっ、天原ッ!? なんでこんなところに?」
「ここ俺の家、この山は俺の私有地だ。俺が居るのは当たり前の話だろ」
コクエンと牙門の同僚は状況を把握しきれてないらしく、キョトンとした顔で俺達を見ている。
「コクエン。こいつは山﨑なんて名前じゃねえ。本名は牙門十字、俺が自衛隊に居たときにバディを組んでた男だ」
「この人達、嘘ついてるってこと?」
「いや、が……山﨑さんは、自衛隊を除隊して大学に再就職したんですよ」
牙門の同僚が苦しい言い訳をしてくるが、牙門が自衛隊を除隊するなんて考えられない。
俺は問答無用で牙門の頸動脈を狙って手刀を放つ。
牙門は反射的に俺の手刀を空手の回し受けの要領で防ぎ、カウンターで俺の脇腹めがけて右フックを放つ。
このカウンターは読めていたので、俺は肘を落として防御。
目、コメカミ、鼻、頸動脈、鳩尾、金的……自衛隊格闘技はスポーツではなく殺しの技術だ。
だから、急所を。
相手を一撃で無力化できる弱点を徹底して狙う。
そして、危険な急所打ちが来ることを常に想定し、その攻撃を紙一重防御する。
一秒が十秒に、十秒が一分に感じる極限の緊張感中打ち合い続けた俺達は、息を合わせて後ろに跳び安全圏まで離脱した。
「はぁはぁ……戦闘訓練続けてるじゃねえか、除隊したなんてうそっぱちだろ」
牙門は入隊二年目で狙撃徽章を取ったナチュラルボーンアーミーだ。
除隊して大学の研究員に転職なんて、天地がひっくり返っても起こるはずがない。
「天原…お前こそ、なんで除隊した。新兵で体力徽章取ったバケモンとして、周りのみんなお前の将来に期待してたんだぜ」
俺の黒歴史の一幕に、陸上自衛隊への入隊していた時期がある。
配属されたのは北海道を守る北部方面隊の普通課。
雪山の中に潜み、山を越えようとする敵兵を殺すことを任務とする部隊だった。
不本意だが適性はあったと思う、子供のころに爺ちゃんに山歩きと狩猟について徹底的に仕込まれた経験が大いに役に立った。
そのころ、俺のバディとして一緒に雪山を這いずりまわったのが目の前にいる牙門だ。
山中での隠密行動と敵の発見が得意な俺と、射程の短いアサルトライフルで100メートルの先の敵を狙撃できる牙門の相性は良く訓練で好成績を上げていた。
しかし、2年の契約期間満了に伴い、俺は自衛隊を除隊することを選んだ。
上司や同僚はしきりに曹候補生試験を受けて隊に残ることを勧められたが、生きる屍だった俺にとって、国を守ることや、国民に奉仕するという自衛隊のお題目に何の感傷も湧かなかったし、訓練で好成績を上げても勝利の美酒に酔うことも出来なかった。
一方牙門は、曹候補生ではなく士官候補生の試験に合格しエリート自衛官としてキャリアを積み上げることを選んだ。
こうしてバディは解消し、以後会うことも無くなる筈だった。
「北海道大学の職員を装い、偽名を使う、ずいぶん面白い仕事を任されたようだな」
「……いえ、我々は本当に北海道大学の」
「そんな言い訳通じるか、逃げるぞッ!?」
牙門は同僚の腕を引き強引に助手席に押し込んだ。
無理に制圧は狙わないのか、無難な対応をしてくれて助か……。
「逃がすかッ!!」
コクエンは人間離れしたジャンプ力で車のボンネットに飛び乗ると、グッと右の拳を振り上げる。
火魔法≪アカノコブシ≫
彼女の右の拳が真っ赤な炎に包まれる。
それを振り下ろすと、防弾仕様に改造された車のフロントガラスが飴細工のように粉々になった。
「この子、マジンかッ!?」
「マジンを知っているということは、貴方達ニビルを知っているのね」
ゴースト魔法≪クロノコブシ≫
コクエンの左手を黒い光が包む、まず運転席にいる牙門に狙って突きが放たれるが、牙門は車のドアロックを解除し運転席から転げ落ちることでコクエンの攻撃を間一髪で回避する。
「前川逃げろ!?」
「こっちは逃がさない」
コクエンは黒い光をまとった左腕を前川と呼ばれた男の胸に叩きつける。
物理的な攻撃ではなかったらしく、胸から血が噴き出すことはなかったが前川はその場でクタリと動かなくなった。
「動くなッ!」
立ち上がった牙門は、懐に隠し持っていた拳銃をコクエンに突きつける。
「知ってる、それ拳銃っていう鉄の弾で人を殺す武器でしょ」
ズドーン!!
牙門は自分の足元に向けて一発威嚇射撃をして実弾が込められていることをアピールするが、コクエンに動揺した様子は見られない。
「俺達は、自衛のために発砲を許可されている。万が一、お嬢さんが死亡しても事故として処理される」
「いいわよ、貴方が私を殺しに来るなら、私は最後まで付き合ったげる」
コクエンは口元を大きく緩め攻撃的な笑顔を浮かべる。
ヤバイ!? コクエンは本気だ。
「牙門、降伏しろ。マジンのことを知ってるならわかるだろ。そんな拳銃じゃあ、傷一つ負わないぞ」
マモノも、マジンも、拳銃はおろかライフルですら無傷でしのぐ強力な防御力を持っている。
マモノハンターであるコクエンは、自分に殺意を向けてきた相手に容赦しないので、ここで牙門が発砲するのは自殺行為でしかない。
全員が沈黙し、緊迫した空気が満ち溢れる。
「クソッ!! 降伏する、悔しいがマジンには勝てない」
牙門は拳銃を放り投げ悔しそうに、両手をあげた。
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