二人の会話
よもぎ望
二人の会話
ガチャ。玄関の扉が開く音で目が覚める。
「ただいまぁ〜」
疲れきった声と一緒にバタバタと物が落ちる音がする。帰ってきた友里がまた玄関で力尽きたんだろう。
ソファから身体を起こし、寝ぼけ眼で出迎えに行く。廊下には投げ捨てられた鞄で崩れた大量のダンボールと、ゾンビのようにうつ伏せのまま唸り声を上げる友里が居た。
「おかえり。今日もお疲れだね」
「もう疲れた〜……な〜んにもしたくない……」
はいはい、と返事をしつつ脱ぎ捨てられた靴を揃える。友里はそんな僕を気にも留めず、ズルズルと這いずってリビングへ向かっていった。翌日シワだらけになったスーツと、それを出勤前に大慌てでアイロンがけする姿を想像してしまい思わずため息が出た。
「せめて上着は脱いでねー?」
聞こえているのかいないのか、曖昧な返事が遠くから聞こえる。……いや、これは聞こえていない時の返事だな。
廊下の片付けを一通り済ませてリビングに戻ると、さっきまで自分が寝ていたソファにはスマホを片手に寝転んだ彼女がいた。もちろん上着は着たままで。こうなったらテコでも動かないだろう。スーツとメイクは一旦諦め、ソファの横に腰を下ろして話を聞く体勢に入る。
「あのクソ上司、仕事押し付けるわセクハラするわほんっっと最低!」
「大変だったねぇ」
「こんなとこ辞めてやる!ってスパッと言えたらいいんだけど……ただでさえ人が少ないのに私まで辞めちゃったらみんなに申し訳ないしさあ」
「けどそんなところ早く辞めるべきだよ。ずっと我慢してたら君の身体がもたない」
「そうなんだけど……」
クッションに顔を埋めて叫びながら足をバタつかせている。イヤイヤ期の子供みたいだなと少し呆れつつ、そんな姿も可愛らしいと思う自分もいる。なだめるように頭を優しく撫でると涙目の友里と目が合った。
「……ん?」
「ふふ、ただ撫でたかっただけだよ」
「いや、ううん。ありがとう」
友里は少し怪訝な顔をするも、すぐに笑顔に変わった。
「なんか……アンタに話を聞いてもらえるからまだやって行けるって感じしちゃうんだよね」
「そ、っか。そう言われると嬉しいな」
大好きな人の役に立てている。その事実だけでどうしようもなく嬉しい。けれど早く友里にはいい環境へ変わって欲しいのも事実。だから少しでも友里が幸せになるよう、これからも僕にできることするつもりだ。
「……もしかして眠い?」
ふと友里が問いかけた。確かに、言われてみればまぶたが重い。ついさっきまで寝ていたし寝足りないのかもしれない。
「私も眠いし、シャワーだけサッと浴びて寝ちゃお」
「それがいいよ。僕は先にベッドで待ってるから」
友里はスマホをテーブルの上に置くと、ソファから起き上がってぐいと背伸びをした。この調子ならもう一度ソファに倒れてそのまま寝てしまうなんて心配は無さそうだ。安堵のため息をつきつつ、おやすみと軽く声をかけて隣の寝室へ向かった。
リビングのドアを閉めたあと、後ろから彼女の悲鳴にも似た小さな声が聞こえた気がした。
「え?ちょ、ちょっと待って、まだ切らないで!……今、リビングのドアが勝手に……ほら、前に言ったでしょ?家にいると物が勝手に動いてたり、時々何かに触られたような感じがするって。この家私しか住んでないのに!!」
二人の会話 よもぎ望 @M0chi_o
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