第29話

 鹿島水晶は退屈していた。一学期も終わりに差し掛かろうとする時期である。勉強も忍術もそこそこ優秀である手前にとっては戸隠学園はぬるま湯だった。最初こそ普通の高校とは異なる授業に多少戸惑ったが、4カ月もたった今となっては刺激に欠けている。


「ふわぁ」

「眠そうだね、もう少しで夏休みなんだからしっかりしなよ〜」

 終業式で先生の挨拶に欠伸を噛み殺した手前に、緑の髪で左目を隠した少女が言う。彼女の名は築茂柘榴つくもざくろ。手前の幼馴染で何の因果かクラスメイトでもある。

「もう夏休みか、憂鬱だね」

「普通、学生にとって夏休みは楽しみなんじゃないの?相変わらず水君は変わっているね〜」

「することが無い」

「ふーん、うちは部活の合宿に、店の手伝い、それにコミケに行ったり色々あるけどな〜」

「楽しそうで何よりだよ」

「水君も暇ならコミケ行かない?」

「人が多いところはちょっとね」

「じゃあ店を手伝ってよ〜」

「まぁ別にいいけど」

「よし、労働力確保♪」

 こうして手前は柘榴の店を手伝うことになった。


 夏休み初日の朝、手前は柘榴の実家「築茂薬博」に来ていた。

「あっ水君おはよう〜」

「おはよう柘榴、何をすればいい?」

「えっと〜、まだお客さんも来なそうだし在庫の整理を手伝ってくれる?」

「了解」


「この薬は授業で使ったことがあるね」

「うちの店、戸隠学園にも卸しているから。あ、もう無くなりそうだね。補充しないと〜。あっ⁉︎」

 柘榴が手を滑らせて薬瓶を落としてしまった。

「怪我は無い?」

「大丈夫。あ〜割れちゃった。また怒られちゃうよ」

「心配無い。これくらいなら手前が」

 そう言って手前は瓶の欠片に手を伸ばす。するとみるみるうちに硝子片が集まり形状を変えていく。

「こんな形だったかな?」

 手前の手には壊れた瓶が元通りの姿となって鎮座していた。

「お〜凄い。かなり速く正確に操れるようになったね〜」

「毎日何かしら作っているからね」

「瓶は戻ったけど中身は駄目そうだね。仕方ない、庭から草を取ってこなきゃ〜」

「床は手前が掃除しておくよ」


 溢れた薬粉を掃除していると、棚の裏に紙屑が落ちているのを見つけた。

 手前はそれを拾い拡げる。描かれていたのは建物の内面図だった。古ぼけた紙に記されたその内容に既視感を覚えて目を細める。

「取ってきたよ〜。うん?水君その紙どうしたの〜?」

「そこの後ろにあったね」

「これ戸隠学園の校舎だね〜」

 そうか、見覚えがあったのは通っている学校だからか。だが解答は次の疑問を連れてくる。

「なんで此処にこんなのがあるんだろうね〜?あっ、地図のこの場所、印が付けられているよ〜。玄の間?」

 印が付けられていたのは手前らの教室がある校舎の地下の部屋を指していた。好奇心をくすぐられて手前は言う。

「何があるか確かめてみるか?丁度明日は店も休みだしね」

「面白そう、乗ったんだよ〜」

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