第19話

 折霜涼は悩んでいた。遡ること4月、同じ班となった御影紫苑みかげしおんという少女に一目惚れしてしまったのだ。

 彼女の漆黒の髪、雪の様に透き通る肌、何処か陰のある雰囲気、静かに本を読む姿。その全てに俺の心は高鳴った。

 彼女に近づきたいが為だけに同じ図書委員にまでなった。普段ろくに本など読まないというのに。

 しかし二ヶ月が経過しても何の進展もない。


 6月1週目の土曜日、俺は第一訓練場に来ていた。日差しが強く、訓練場には鋭い影が落ちている。練習を終えたばかりの錐人が俺に声をかけてきた。

「涼、最近お前何か変だよ?」

 その言葉に俺は動揺する。彼の言う通り、最近の俺は御影のことが頭から離れず、集中力を欠いていた。錐人の視線が俺の心を見透かしているようで、冷や汗が背中を流れる。

「え?そんなことないよ。俺はいつも通りさ」

 錐人は俺の言葉に納得しない様子で首をかしげた。

「相変わらず嘘が下手だね。何があったんだ?」

 誤魔化せそうに無いな。観念して俺は全てを話す事にした。

「実は…」


「成る程。何も出来ないのは辛いよね。微力ながら力を貸すよ」

 語り終えると黙って聞いていた錐人がそう言った。

「本当か、ありがとう錐人」

「僕も散々協力してもらってるからお互い様だよ。そうだな、やっぱり好きな本の話とかで親しくなるのが定石じゃないか?」

 そういえば錐人も読書家だったな。休み時間はいつも一人で本を読んでいた記憶がある。

「でも俺、普段から本とか読まないし」

「せっかく図書委員になったんだし書を取れよ。図書室に行こうぜ、お前も読めそうな本を見繕ってやるから」

 そうして俺達は図書室へ向かう。


 図書室に入って受付にいた人物を見た途端、俺の体が硬直する。

「涼、いきなり止まってどうした?」

「彼女が例の…」

「ふーん、丁度いいじゃん」

 錐人は言って俺の背中をぐいぐいと押す。

 すると御影が俺達の存在に気付く。

「こんにちは折霜君。どうしたの?今日は当番じゃないよね」

 俺が答えあぐねていると後ろの錐人が答える。

「本を借りに来たんだ。参考にしたいからお勧めの本を教えてくれない?って涼が言っているよ」

 突然そんな事を言い出した錐人に御影が怪訝な顔をする。

「あなたは誰?」

「僕は風見錐人。こいつの友人だよ」

「そう、私は御影紫苑です。えっとお勧めの本でしたっけ?」

 ついついと錐人が背中を押してくるので、俺は勇気を出して答える。

「あぁ、御影さんはどんな本が好きなの?」

「ええと、綾羽京介著の狂言シリーズかな?狂言使いの主人公が怪異絡みの事件を口八丁で解決するの」

「そうなんだ、早速探してみるよ。ありがとう。行くぞ錐人」

 そう早口で言って俺は歩き去った。

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