第11話

 実戦演習を終えた翌週、勿朽の反応が冷たい。目も合わせてくれないし、露骨に避けられている。

 嫌われてしまったかもしれない。そんな錐人の懊悩を連れて日々は過ぎていく。

 週末を控えた午後の実習後、今日こそはと僕は勿朽に話しかけようとする。

 しかし彼女の携帯の着信音が僕の行動を遮った。勿朽は携帯を手に少し離れた場所に移動する。

「…はい。分かっています」

 悪い事だとは思いつつ、聞き耳を立ててしまう。

「明日の九時に玄山亭で。分かりました。はい、失礼します」

「…はぁ」

 通話後に溢れた溜息は悲嘆の念に包まれているように感じられた。


 翌日の朝、僕は玄山亭に来ていた。後ろの席には勿朽が座っている。位置的に僕の姿は見えないだろう。

 何やってるんだろ僕。これじゃストーカーじゃないか。自己嫌悪に浸りながら珈琲を啜る。そうしていると勿朽のもとに一人の男が現れた。

 黒い髪、小柄な体格ながら威圧感のある姿に僕は見覚えがあった。入学式の時、壇上で話していた生徒会長だ。玄冬氷盾げんとうひょうじゅん、錬次いわく

 何故彼が勿朽と?

「遅くなってしまったね。待たせて申し訳ないよ」

 玄冬先輩に勿朽が答える。

「別に、分家の私が先に来るのが筋ですので」

「そんな卑下しないでくれよ。許嫁なんだ、出来る限り対等でありたい」

 許嫁、勿朽の?玄冬先輩の言葉に僕は衝撃を受ける。

「まだ正式に決まってはいません。私が卒業するまで分かりませんよ」

「まだ納得していないようだね。強い雄探しは継続しているのかい?玄冬家に比肩するような家柄は中々無いと思うけどね」

 期待外れ。前に勿朽が言っていた意味が分かったような気がした。

「それなら風見家ならばどうですか?」

 僕は席を立ち、玄冬先輩に言う。

「風見君⁉︎」

「誰だい?君は」

 驚く勿朽に泰然とする玄冬先輩。

「風見錐人、勿朽さんのクラスメイトです。風見家ならば玄冬家にも比較しませんか?」

 僕は玄冬先輩を見つめる。家のことはあまり持ち出したい情報では無いが、そんなことに構ってはいられない。

「風見、風の五大家の一つか。悪くはないね。ただ相応の強さが無いと誰も納得しないだろう」

「僕があなたに勝てば?」

「君が僕に?ただの一年坊が僕に勝てるとでも?」

「やってみなければ分かりませんよ」

「…いいだろう。決闘を受けるよ。でもわざと負ける程僕もお人好しじゃない。手加減は期待しないでね。ただ三年生は無許可での私闘を禁止されているんだ。そうだな大型連休明けの放課後に第一訓練場でどうだろう?」

「分かりました。よろしくお願いします」

 玄冬先輩は笑みを溢したと思うと、その場から去っていった。

 僕と勿朽の二人が残される。

「一体何のつもり?」

 勿朽が僕を睨む。

「僕も何がなんだか」

「同情でもしてるの?君には関係ないじゃない」

「同情じゃあないよ。ただ勿朽さんが他の人と結婚してしまうのが嫌だったんだ」

 もう告白しているようなものじゃないか。顔が紅潮するのを抑えきれない。

「…馬鹿じゃないの、自分の力も制御できない人が敵う相手じゃないよ」

 勿朽も席を立ち店を出て行ってしまった。勿朽の顔が赤くなっていたのは僕の見間違いだろうか?

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