Ⅲ
「ドン! ドン!」
さらにドアを叩く音は強くなりました。
驚いて何も出来ないでいるわたし達でしたが。一人、勇気を出してケンちゃんが代表して大きな声で言いました。
「誰だ! こんな夜遅くに、ドアを叩くやつは!」
全員がその答えに注目しました。
「先生よ。帰って来たんだから、早くこのドアを開けてちょうだい!」
男とも女とも思えるその声は美里先生だと言うのですか? いいえ違います、その理由はわたしたち全員が知っていました。
「バカな事を言うな! 美里先生は鍵を持って行ったんだ。それに先生は、そんな声はしていない!」
ケンちゃんが大きな声で言い切りました。ドアの外はしばらく静まり返っていましたが、次の瞬間。
「ガン! ガン! ガン!」
凄まじい音でドアが揺さぶられたんです。
すぐにでも突き破られそうなドアにケンちゃんは飛び付いて開かないように押し返しましたが、所詮、子ども一人の力ではどうにもならず、押し開けられるのも時間の問題かと思った時。
ケンちゃんが後ろに向かって叫んだんです。
「ゴロー、助けろ! お前のバカ力が必要だ! 頼む!」
呼ばれたゴロちゃんは戸惑いながらも、こじ開けられそうになっていたドアに飛び付きました。
「ウォー!」
その猛烈なタックルでドアが押し戻されたんです。
「す、凄い……」
わたしは、いつもおっとりして優しいゴロちゃんのこんな姿を始めて見て驚きました。
「あいつは、やるときはやるんだぜ!」
そう言って隣で震えていた、ホクトも棒のような物を持って立ち上がっていました。
「あいつは、狼だ……」
そんな時、後ろにいたジローがぼつりとつぶやいてわたしの袖を引っ張ったんです。
「狼?」
「だから、隠れてもダメだよ! 早く逃げて狩人を呼ばないと……」
わたしはいつも無口なジローの真剣な言葉とさっきまで読んでいたお話とがごちゃ混ぜになる錯覚に襲われました。
「キャー!」
隣にいたハルカとヒトミが急に悲鳴を上げ抱き合ったので、視線の先を恐る恐る見ると、ケンちゃんとゴロちゃんが押さえているドアの上の方から亀裂が伸び始めたのです。
「ドアが壊れる!」
とっさにわたしは叫びましたが、もうどうにもならず、ドアの裂け目から飛び出して来た斧が無残にもゴロちゃんの肩を切り裂いたんです!
「ギャーッ!」
叫びながら転がったゴロちゃんと一緒にケンちゃんも弾き飛ばされます。
そして、ゆっくりとドアが開けられたんです。
「狼だよ! 七匹の子ヤギちゃんたち。早く逃げないと食べちゃうぞ!」
ドアを押し開けて、黒いフードが大きな斧を引きずりながら入って来ました。
そいつは肩から血を流し転がったゴロちゃんに斧を叩きつけ、その返り血を浴びながら声を出して笑ったんです。
「一匹目はテーブルの下」
そう言ってぐったりと動かなくなったゴロちゃんを黒フードは蹴飛ばしテーブルの下に転がしてから。
「くそっ!」
ケンちゃんが武器を探して暖炉へ駆け寄ろうとしたところを、それを察知し横殴りに斧を振るいました。
「グッ!」
黒フードの斧をお腹にもろに食らったケンちゃんは、その勢いのまま暖炉に飛び込んで動かなくなりました。
「二匹目は暖炉の中」
もうそこからは、何をどうしたか全く記憶にありません。ただひたすら残った五人は逃げ場所を探して散りじりに逃げたんです。
わたしは近くにあった柱時計を見て思いました。
「ここならお話では見つけられなかった場所、きっと大丈夫……」
ただ、さっきジローが言った言葉が引っかかって、わたしは結局、別の場所に隠れたんです。
「あいつは狼なんだ……、早く狩人を……」
その時、さっきのジローの言葉が蘇ったんです……。
「止めて! 助けてー! ……」
寝室から響いたのはヒトミの声でした。
「三匹目は寝床の中」
「お母さん! お母さん、助けて!」
ハルカの泣き叫ぶ声は奥のキッチンからでしょうか?
「四匹目は台所」
いくら耳を塞いでも友達の声が響いてきます。
「助けて! 誰か! 誰か!」
ホクトの甲高い声は部屋全体に響きました。
「五匹目は戸棚」
「ユミちゃん! 狩人だ! 逃げて狩人を早く……」
最後の一人、ジローの声もやがて聞こえなくなりました。
「六匹目は洗い桶の下」
リビングに戻ってきた黒フードはそう言ってから、柱時計の前に立って笑ったんです。
「最後の子ヤギちゃん! どこに隠れているかは分かっているよ! さあ、早く出ておいで」
そう言って、最後の仕上げを楽しむかのように黒フードは柱時計をゆっくりと開けました。
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