第3話 ⑥

 私が月白さんの言葉にあっけに取られていると、月白さんはさらに言葉を付け加える。


「だから、そのままの意味よ。私は朝日さんを姉さんと同じように見ていたってこと」


「私って、そんなに月白さんのお姉さんに似てるの?」

 私はたまらず月白さんに問いかける。


「似てるわ。特に朝日さんが巫女の姿になった時が。巫女になった時、朝日さんの髪がピンク色になるでしょ?」


「うん、そうだね」


「姉さんも髪の色がピンク色だったの。おそらく、巫女の力の前任者だった姉さんの影響を少しあるんでしょうね」


「そうだったんだ」


「正直に言うと、確かに私は朝日さんが戦うことになるのが嫌だった。姉さんのような大切な人をもう失いたくない。そう思う、あまり、朝日さんのことをちゃんと考えていなかった。ごめんなさい」


「だから、私の守ろうとしてくれてたんだ。話してくれてありがとう。月白さん」


「引いた?」


「正直に言うと、まったく引いてないってと言う嘘になるかな」


「やっぱり引いてるじゃん」

 月白さんは恥ずかしそう叫びにしながら、私の顔の近くに急接近する。


 月白さんの顔がすごく近い。

 私は、突然のことでびっくりしてしまう。


「大丈夫、月白さん。私、全然気にしてないよ」


「本当に?」

 月白さんは疑るように私を見ながら、そう言った。


「うん、本当だよ」

 私は月白さんに微笑みながら答える。


「なら、いいんだけど」

 私の言葉を聞いて、月白さんは少しだが納得してくれたのか、表情が柔らかくなっていた。


 こうして、月白さんと話してみると、私よりもすごく冷静で知性的なところが多いと思っていた月白さんも私と同じ年相応な女の子なんだなと改めて思う。

 これが素の月白さんなのだろう。始めて見る月白さんの姿にすごく新鮮に感じられた。


「でも、月白さんと話せて良かったよ。月白さんが私を気にかけてくれた理由も分かったし。それに、完璧なイメージの月白さんにも苦手なことがあって、私、なんだか親近感、湧いちゃったよ」


「はあ——、それはショック。朝日さんが私に思ってくれていた完璧なイメージを崩したくなかったな」

 月白さんはため息をつく。


「そうかな? 私はぜんぜん気にしないよ」


「私が気にするの!!」


「そんなことないよ。月白さんも私と同じ人間なんだなって。安心もしたよ。それに、私、月白さんに巫女のことや戦いのことを教えてもらってばっかりだったから。私でも月白さんのために何かしてあげられることが分かって、すごく嬉しかった」


「朝日さんがそう言ってくれるなら良かった。あ~あ、私、気負いすぎちゃったのかな。朝日さんのことが気になりすぎて、冷静になれてなかったな。朝日さんを心配させちゃったし。もういいかげん前に進まないとな」


「前に進まないと?」


「ううん、なんでもない」

 月白さんはそう言うと、私の方を見る。


「朝日さんが良かったらで、いいんだけど、私からのお願いを聞いてもらってもいい?」


「お願い? 私で良ければ、いいよ」


「朝日さんの名前。これから、下の名前で呼んでいい?」


「いいよ、呼んで、呼んで。じゃあ、私も月白さんのこと、これから葵ちゃんって呼ぶね」


「わかった、照子」


「えへへ、なんだか照れますね、葵ちゃん」


「もう、照子がそんなこと言ったら、私も恥ずかしいじゃない」


 葵ちゃんはそう口では言うが、なんだかうれしいそうな表情をしていた。


 私もこの気恥ずかしさを葵ちゃんと共有できる状況は心地よかった。


「あっ、もう、こんな時間」


 葵ちゃんが向いた方向に私も目線を向ける。

 私の目線の先には、ちょうど5時半と秒針が示す時計がそこにはあった。


「そろそろ夕飯のお弁当、買いに行かないと」


「じゃあ、私も、そろそろ帰るよ」


「もう帰るの?」


「うん、長居しちゃうのも悪いし」


「そんな気にしなくてもいいのに。そうだ、一緒に夕食食べに行くか買いにいかない? 照子もまだ夕飯食べてないでしょ」


「うん、まだ食べてない。じゃあさ、私、ごはん作るよ」


「別にいいけど、いいの? それに今日、掃除を手伝ってくれたのに、なんだか悪いなというか」


「いいよ、遠慮しないで、葵ちゃん。それに私、料理も得意だからさ」


「それならいいんだけど」


「それに、葵ちゃん、コンビニ弁当ばっかり食べて、普段から栄養のいいもの食べていないみたいだから」


「それはどうでしょう」

 葵ちゃんは言葉を濁す。


「葵ちゃん、嘘は良くないよ」

 私は少し意地悪に葵ちゃんを問い詰める。


「はいはい、誤魔化した。謝ります。じゃあ、ごはんの件は、照子に任せる。今から買い物に行きましょっ」


 ということで、私と葵ちゃんはごはんを作るために、買い物に出かけた。


 買い物をする場所は、葵ちゃんの部屋から近いスーパーで、私が住んでいた村の近くにもあったものということもあり、なんだかすごく親近感を感じる。


 スーパーで、玉ねぎと人参、鶏肉、パックごはんを買った。


 その後、葵ちゃんの部屋に戻って、オムライスを作り始める。


 電子レンジでパックご飯を温め、オムライスに使う玉ねぎ、人参、鶏肉などを切っていく。

 温まったパックご飯を炒めた具材と一緒に混ぜ、ケチャップライスを作る。


 ケチャップライスができたら、ケチャップライスを包む卵を焼いていく。

 卵が焼けたら、盛り付けておいたケチャップライスに卵を包み込む。


 まずは葵ちゃんの分が完成。

 私の分も作っていく。


 そして、葵ちゃんと私のオムライス2つが完成した。


 できたオムライスに月白さんは目を輝かせていた。

 葵ちゃんはオムライスを一口食べる。


「おいしい」


「ふふ、ありがとう。そう言ってくれて作ったかいがあったよ」


「本当においしいよ」

 そう言いながら、葵ちゃんはオムライスを食べ進めていく。


 葵ちゃんが私の作ったオムライスをおいしそうに食べてくれるのが、私にとって本当にうれしい。


「ねぇ、葵ちゃんが良かったら、私、時間があるときに葵ちゃん家でごはん作ってもいい?」


「本当に? いいの!!」

 勢いよく葵ちゃんは私の方に近づく。


「うっ!? うん」

 私は葵ちゃんのあまりの勢いに若干圧倒されそうになる。


「ありがとう、照子。私、部屋の片付けも苦手だったでしょ」


「そうだね」


「料理なんて自分で作るなんて、とてもとても。本当に照子が作ってくれるのはすごくうれしい。食材のお金も払うから」


「わ、わかった、葵ちゃんがそこまで言ってくれるのならいいよ。じゃあ、何かリクエストある?」


「カレーが食べたい」


「オッケー。じゃあ、決まりだね」


 すると、突然、葵ちゃんのスマホの電子音が鳴り始めた。


「ちょっと、ごめん、照子」


「うん、大丈夫」


 葵ちゃんはスマホの画面を見る。


「千鶴さんからの電話だ。はい、もしもし葵です」

 葵ちゃんが千鶴さんとスマホで通話をし始める。


「は、はい、朝日さん、いや照子ならいます。私の部屋です。わかりました。照子とすぐに行きます」


「どうかしたの?」


「千鶴さんが言うには、沖から数キロ先にタタリ神の反応があったみたい。動きはゆっくりだけど、こっちを目指しているって」


「タタリ神!? ひなたを狙っているよね」


「おそらく」


「わかった、行こう、葵ちゃん」


 私と葵ちゃんはすぐに神宮に戻る。


 神宮に着くと、楼門の前で千鶴さんが立っていた。


「千鶴さん」

 私は千鶴さんに声をかける。


「照子ちゃん、葵と話はできたかな?」


「はい、できました」


「それは良かった」


 すると、葵ちゃんが千鶴さんの前に出てくる。


「千鶴さん、今朝はすみませんでした」

 葵ちゃんは千鶴さんに頭を下げた。


「大丈夫、葵、気にしてないよ。頭は冷えた」


「はい、おかげで、すっきりです」


「ごめん、こっちも大人気がなかったよ」


「本当ですよ。それに照子に私の部屋を教えたのは千鶴さんですよね。照子が来ること、私に連絡しておいてくれたら良かったのに」


「ごめん、ごめん。だけど、照子ちゃんとはちゃんと自分の思いを伝えられたみたいだし、結果オーライということで。それに葵、照子ちゃんの名前、下の名前で呼んでるけど、何かあったの?」


「ええ、私と照子はす——ごく仲良くなりましたから」

 そう言いながら、葵ちゃんが私の右腕に両手を回して、私の体に密着させる。


「あ、葵ちゃん!?」

 突然のことで、私は少し動揺してしまう。


「全く、熱いもの、見せてくれちゃって。なんだか妬けちゃうな」

 千鶴さんは右手を顔に当てて、少し赤面したような顔を隠していた。


 葵ちゃんは私の体に密着したままの状態で、葵ちゃんの体温と鼓動が伝わってくる。


「葵ちゃん?」

 私は葵ちゃんの耳元で小さな声で葵ちゃんに声をかける。


「いつまでこうするの?」


「照子、嫌だった?」


「私は別にいいんだけど、千鶴さんに何か悪いよ」


「いいよ、元は言えば、私に照子が来ること教えなかったんだし、ちょっとは見せつけてあげないよ。私と照子の仲を」


「葵ちゃんがそう言うならいいけど」


「じゃあ、本題に入ろうか。タタリ神は海岸沖から北東方向から接近してる。数からしておそらく100体。照子ちゃんの村で出たタタリ神よりも多い」

 千鶴さんが私と葵ちゃんに状況報告をする。


「海から接近しているなら、タタリ神は海洋生物型の可能性がありますね。毒を持っているかもしれませんよ」

 千鶴さんの状況報告に葵ちゃんが話しかける。


「そうなんだよね。相手が毒を持っている可能性がある以上、こちらから接近戦でタタリ神と戦うのは危険なんだよね。そこで、毒の耐性がある人に接近戦を任せたいと思う」


「毒に耐性ってことはまさか千鶴さん」

 葵ちゃんが千鶴さんの真意が分かったような素振りをする。


「そのまさかだよ。照子ちゃん」

 千鶴さんが私に声をかけた。


「はい」


「君にタタリ神との接近戦をしてもらいたいんだ」


「私ですか?」


「君の巫女の力は毒の耐性があるんだ」


「私のそんな力が」


「前任者のあかねもタタリ神の毒に耐性があってね。君なら、タタリ神の毒を耐えることはできる。照子ちゃん、このタタリ神との戦いは君の力が必要だ。葵もいいよね」


「なぜ私に聞くんですか?」


「葵が気にしないか、心配で」


「大丈夫ですよ、千鶴さん。私もそこまで子どもじゃありません。悔しいですが、私にはタタリ神の毒の耐性がありません。当然の人選だと思います」


「それなら良かった。照子ちゃん、君の力が頼りなんだ。君にお願いするしか私にできることがないんだ」

 千鶴さんが私に頭を下げる。


「私からもお願い、照子」

 葵ちゃんも私に頭を下げて、お願いをする。


「頭をあげてください。2人とも」

 頭を下げる2人を私は声をかける。


「私が前に出て戦えば、みんなが戦いやすくなるんですよね」


「そうだ」

「うん」

 千鶴さんと葵ちゃんがそれぞれ口にする。


「分かりました。私、やります。前でタタリ神と戦います」


「ありがとう、照子ちゃん。じゃあ、私はひなたちゃんを守るよ」


「ありがとうございます、千鶴さん」

 私は千鶴さんに答える。


「こんなことしか言えなくて、ごめん、照子。少し離れたところからでも照子を援護する。心配しないで、絶対、照子を守るから」


「謝らないで、葵ちゃん。葵ちゃんに背中を預けられるのなら、私も安心だよ」


「ありがとう、照子」


「じゃあ、決まりだね。2人とも」

 千鶴さんが話しかけてくる。


「前衛は照子ちゃん。後衛は葵。2人とも任せたいよ」


「「はい、千鶴さん」」

 私と葵ちゃんは同時に答えた。


「今度はこっちからアイツらに仕掛けるよ」


 千鶴さんの声が響いた。

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