第3話 ⑤

「私の巫女の力はもともと月白さんのお姉さんのもの!? ということは千鶴さんと月白さんが仲間だった巫女って言うのは、そのあかねさんなんですか?」


「うん、あかねのことだよ」


 千鶴さんの言葉を聞いて、月白さんが私に言ったもう仲間が死ぬのは見たいという言葉を思い出す。


 その仲間は月白さんのお姉さんだった。


 つまり、月白さんはお姉さんを亡くしている。

 もしかして、月白さんが私に戦ってほしくないと言ったのは、私とひなたの状況が月白さん自身の過去に重なって見えたからだろう。


 だとしたら、私はなんてことを月白さんに言ってしまったんだ。


 ひなたの姉である私がイザミに命がけの戦いをすると言ったときの月白さんの気持ちを考えると、すごく胸が苦しくなる。


 月白さんは私と話し合いと言っていたけど、早く会って話したい。

 月白さんの気持ちを聞かないと、私は気持ちの整理ができない。


「だから、月白さんは私を守ろうとしていたってことですか?」


「そうかもしれないね」


「私、月白さんにちゃんと話がしたいです。月白さんの連絡先を教えてくれないですか?」


「いいよ。あっ、でも、照子ちゃん、携帯かスマホ持ってないんだよね」


「そうでした、どうしましょう」


「じゃあ、葵の家の場所、教えるよ。夕方ぐらいには帰ってくるんじゃない」


「いきなり家ですか!? 月白さんに何も伝えずに家に行くのは、ちょっと気が引けるというか」


「そんなに驚く。連絡手段がないなら、直接相手の家に行く方が手っ取り早いと思うけど」


「そうなんですかね」


「それに葵、一度ムキになったら、恥ずかしくて意地でも顔を見せようとしないから。ありゃ夕方ぐらいまで顔を見せないね」


「はあ——、そうですか」

 千鶴さんにしか知らない月白さんの一面を千鶴さんは口にする。

 長い付き合いなのだろう、お互いのことは何でも知っているようだった。


「それに面白そうだし」


「面白い? 何がです?」


「うんうん、こっちの話。まあ、もし葵を今日1日神宮で見かけなかったら、照子ちゃんの仕事が終わった後でいいから、葵の家に行ってみてよ。葵もそのぐらいには帰ってるでしょ」


「はい、分かりました」


 私は神宮の朝の仕事にするために、千鶴さんの車に乗せてもらい、一緒に戻った。


 鹿栖家と月白家はこの東関東を治めている家で、月白さんはその月白家の人間だ。


 月白さんは、鹿栖神宮とは利根川と霞ヶ浦を挟んだ月白神宮が実家で、今は、鹿栖神宮の近くにあるマンションで一人暮らしをしているそうだ。


 神宮に戻った後、私は神宮の仕事の合間を縫って月白さんはいないか探したが、月白さんを見つけることができなかった。


 仕事が一段落した夕方ごろに、私は月白さんが住んでいる部屋に向かった。


 私は月白さんの部屋の前に立ってから、インターホンを押す。


 しかし、反応がない。まだ帰っていないのだろう。


「朝日です。月白さん、いますか?」

 私はインターホンのマイクに声をかける。


「えっ、朝日さん!?」

 すると、月白さんの声が聞こえてきた。


「なんでここに?」


「千鶴さんから聞いたの。月白さんと2人で話がしたくて」


「あぁ、そうだった。ごめんなさい。自分から話をしようと言ったのに。」


「うんうん、謝らないで、月白さん。少し時間を置きたかったんだよね」


「ありがとう、朝日さん。心配してくれて。気分は落ち着いたわ」


「それなら良かった」


「朝日さん、外は暑いし、中に入って。あっ、でも、ちょっと待って。部屋が少し散らかってて、すぐに片付けるから」


「お構い無く、急がなくていいよ、月白さん」


「大丈夫、すぐに終わらせるから。あっ!! うあぁぁぁ!! 」


月白さんの部屋から何かが倒れるような音がした。


「大丈夫、月白さん!?」


 私の問いかけに月白さんの返答が聞こえない。


 私はすごく心配になり、とっさに部屋の玄関のドアに手をかけていた。

 すると、ドアには鍵がかかっていなかった。


「月白さん、入るよ」


 いきなり玄関を開けてしまうのは月白さんに心苦しいけど、月白さんにもしものことがあったら心配だ。


 玄関の扉を開けた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、大量のコンビニのお弁当の容器と飲み終わったペットボトルの山だった。


 率直に言うと、月白さんの部屋はすごく汚い。

 これはひどい。


 そんなことより月白さんを探そう。

 部屋の奥の方に目線を向けると、そこに段ボールに上に倒れていた月白さんの姿が私の目に入ってきた。

 そして、月白さんの目線と私の目線が合う。


「えっ!?」

 すると、月白さんは目を真ん丸しながら、驚いた表情をしていた。


「月白さん、良かった、元気そうで ごめんなさい。勝手に入っちゃって。でも、月白さんに何かあったらと思って」


「そうなの」

 月白さんは呆然と答える。


「それと月白さん、立てる? 見たところ、すごく散らかっているみたいだから。気をつけて」


「朝日さんに見られてしまった」

 月白さんは何やら独り言をつぶやく。


「えっ、月白さん?」


「朝日さん、見ないで————!!」

 月白さんは今まで私に見せたことがなかった恥ずかしそうな表情になりながら、そう叫ぶ。


 私は突然叫ぶ月白さんの姿を見て驚いてしまう。


「ごっ、ごめんなさい、月白さん。勝手に月白さんの部屋に入っちゃって。そうだよね、自分の部屋を勝手に見られるのは嫌だよね。わっ、私でも嫌だもん」


「いいの、気にしないで、朝日さん。そもそも私が玄関の鍵をかけ忘れたのが悪いんだし」


「それならいいんだけど」


 月白さんがそう言ってくれたのは良いのだが、それでも私の心は少しだけだが、申し訳ない気持ちになっていた。

 何か月白さんにお詫びをしてあげられるのなら、してあげたい。

 私が今、月白さんにしてあげられることは何かないだろうか。

 私は月白さんの部屋の周囲を見る。


「あっ、そうだ。私、片付け手伝うよ」


「えっ!? そんなの悪いよ」


「いいの、いいの。私が勝手に月白さんの部屋に入ったんだし。月白さんにお詫びをしたいの。私、こういう家事や掃除は得意だから」


「朝日さんがそう言うなら良いんだけど」


「じゃあ、決まりだね」

 私と月白さんは部屋にあるゴミを片付けていく。


 まずは、ペットボトルとお弁当の容器を別々の袋に入れて、ゴミを分別する。

 月白さんが足を引っ掛けていた大きな段ボールは、移動の時に邪魔にならないように部屋の隅に移動。

 後は、月白さんの部屋にあった掃除機をかけた。


「ふ~、終わった」

 部屋を見渡すと、最初に見た時よりすごくきれいだ。

 きれいになった部屋を見るのは気持ちがいい。


「朝日さん、本当にありがとう」

 月白さんは私に申し訳なさそうに話す。


「いいんだよ、月白さん。私が勝手にやったことだし」


「それもそうなんだけど、そうだ。私の部屋で休んでいって。朝早くから勝負した後で、神宮の仕事も、それに私の部屋の片付けもしてくれたんだし、疲れたでしょ。向こうにテーブルと椅子もあるから。くつろいでいって」

 月白さんが指を指した方法を見ると、そこにはテーブルと椅子がそれぞれ1つずつあった。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 私は月白さんの言う通りにテーブルと椅子があるところに移動して、椅子に座る。


 私は、椅子に座ると、月白さんの部屋の周りを見渡した。

 部屋の間取りは1Kのシンプルなものだった。

 エアコンが効いているのか、すごく涼しい。


「朝日さん、喉が乾いたでしょ。」

 すると、月白さんの声が聞こえてくる。

 声の方向を見ると、そこには、お茶の入ったコップ2つをお盆に乗せている月白さんの姿がそこにあった。

 わざわざ用意してくれたのだろう。


「ありがとう、月白さん」


「これくらいしか朝日さんに返せてあげられないから」


 月白さんはそう言いながら、私の近くに近づくと、お茶の入ったコップをテーブルの上に乗せた。


 コップをテーブルの上に乗せた後、月白さんは少し離れると、何やらつぶやきながら、手を動かす。


「八咫鏡」


 月白さんの言葉が出たと同時に、水が出てくる。

 そして、その水が椅子の形になった。


「すごい。椅子ができるなんて」


「これなら私も座れるでしょ」


 私と月白さん、迎え合わせの状態になって、すこし沈黙の時間が流れる。

 月白さんの顔を正面に見ていると、なんだか少し緊張するな。


 手持ち無沙汰で私はお茶の入ったコップを手に取り、お茶を少し飲む。


 それを見た月白さんも私と同じようにお茶を飲んだ。


「おいしいね。これどこのお茶?」


「実はこれコンビニで売ってた市販のお茶なの」


「へぇー、そうなんだ。でも、月白さんが用意してくれたものだから、すごくおいしいよ」


「ふふふ、そう言ってくれて、ありがとう」


「ねぇ、そろそろ本題に入らせてもらっていい。朝日さんが私に話したいことって何?」


「そうだね。私の巫女の力の前の人は亡くなった月白さんのお姉さんだったんだよね?」


 私の言葉を聞いて月白さんは私が何をいうのか分かっていたかのような表情をする。


「千鶴さん、話したんだ。いつか話さないといけないことよね。朝日さんの言う通り、朝日さんの巫女の力の前任者は私の姉さん:月白あかねよ」


月白さんははっきりとそう言った。


「ごめんなさい。私、月白さんのお姉さんがイザミに殺されていることを知らずに、命をかけて戦うなんて言ってしまって」


 私は月白さんに頭を下げた。


「頭を上げて、朝日さん」


「でも、月白さんは嫌じゃなかったの?」


「嫌じゃないと言えば嘘になる。確かに、イザミとの戦いで、姉さんは死んだ。でも、私や姉さんは巫女として生まれてきた以上、覚悟はできてた。心配してくれてありがとう、朝日さん。私は大丈夫だから気にしないで」


「月白さんがそれでいいならいいんだけど」


「どのみちイザミから、ひなたちゃんを守らないといけないことには変わりない。それに今日の勝負の時も、私は朝日さんに対して少し過保護になりすぎてたと思う。朝日さんが千鶴さんの動きにあそこまで対応できたのだから、もう十分戦えるよ。自信を持って、朝日さん」


「ありがとう、月白さん」


「なんだか変な空気になっちゃったね。はい、この話はおしまい」


 月白さんは、両手を合わせて、話を切り上げようとする。


 だけど、私の目に写った月白さんからは、対称的に、この話を終わらせたくない気持ちを感じた。


 私は、意を決して、手を制止するような形で手を出しながら、月白さんに言葉をかける。


「ちょっと、待って、月白さん。やっぱり、ダメだよ。私、なんだかすごくモヤモヤしてる。このまま話を終わらせるのは良くないよ」


「朝日さん?」


「月白さん、私を見て。月白さんは、本当はまだ何か伝えたいんじゃないかな? 私、月白さんの本当の気持ちが聞きたい」

 私は月白さんの目をまっすぐに見て、そう言った。


 月白さんは私の言葉を聞いて、少し考えるような仕草をしてから、私に話しかける。


「ちゃんと言ってくれないと納得できないか。それもそうね、ちゃんと言葉にしないと伝わらないよね。わかった、全部話すわ。すごく照れるんだけど」


「ありがとう、月白さん」


 月白さんは一旦、深呼吸をする。

 そして、目を見開いて、口を開いた。


「私は朝日さんのことを姉さんの面影を感じてるの」


「えっ!?」


 月白さんの思いかげない言葉に私はあっけに取られてしまう。

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