第3話 ④
私は掴んだ千鶴さんの手を引き、千鶴さんの態勢を崩す。
そのまま、千鶴さんの鉢巻を取るためだ。
千鶴さんは私の行動の意図に気がついたのか、自分の背中を私の懐に入りながら、回避行動をとる。
そして、そのまま私の鉢巻を取ろうと反撃に転じる。
私は千鶴さんから鉢巻を取られないように、千鶴さんの手を離し、もう一方の手で千鶴さんの背中を押して距離を取った。
月白さんから狙いを私に変えたのか、千鶴さんは私の鉢巻を取ろうと、近づき、手を出してくる。
私は千鶴さんがすばやく出してくる手を1つ1つ見ながら、すべて避けていく。
さらに、千鶴さんの動きが早くなる。
私も千鶴さんに負けじと、千鶴さんの動きに対応していく。
しかし、一瞬、千鶴さんの動きが変わる。
千鶴さんは私の足に向かって、蹴りを入れたからだ。
私はそれも避ける。
「はあ、はあ、はあ」
私は、一旦、千鶴さんから距離を取り、呼吸を整える。
大丈夫だ、千鶴さんの動きに対応できてる。
私はそう思いながら、千鶴さんの動きに注意を払う。
しかし、千鶴さんは私に近づかずに、その場で立ち尽くしていた。
どうしたのだろう? まさか、千鶴さん、また何か策を思いついたのだろうか。
私は千鶴さんへの警戒を高める。
千鶴さんは月白さんの魔力探知をかいくぐるために、地面の中に入って出てきた人だ。
千鶴さんが誰もが予想しないことをする以上、警戒を緩めるわけにはいかない。
私は千鶴さんに警戒心を高めている。
しかし、千鶴さんのとった行動は、私の予想とは違うものだった。
「すごい!!」
突然、千鶴さんが感嘆の声をあげる。
「すごい!! なんで? なんで、なんで、そんなことができるの、照子ちゃん?」
千鶴さんは、目をまんまるとしながら私に問いかけてきた。
「えっ!?」
突然の千鶴さんの行動に、私は拍子抜けをしていた。
「教えてよ、照子ちゃん。なんで、なんで?」
「私はただ無我夢中というか、反射的というか。ごめんなさい、千鶴さん、どう言っていいのか分からないです」
私は千鶴さんの質問攻めに圧倒される。
「反射的にねぇ。それじゃあ、これはどうかな」
千鶴さんがそう言った瞬間、千鶴さんの姿が一瞬にして消えたのだ。
「朝日さん、後ろ!!」
月白さんの叫び声が聞こえる。
月白さんは千鶴さんと戦っていた場所から少し離れた場所にいた。
私が千鶴さんの相手をしているうちに、月白さんは移動したのだろう。
そう私が考えていると、月白さんの言う通り、私の背後から殺気のようなものを感じ取る。
私はすぐに振り返ると、千鶴さんが私の背後から私の鉢巻を取ろうと手を伸ばしていた。
完全に背後を取った確信している表情の千鶴さんがそこにあった。
私は振り向かずに、背中を千鶴さんの体にぶつけながら、私の鉢巻を取ろうとした千鶴さんの腕をつかんで、そのまま1本背負いのように千鶴さんを投げる。
だが、千鶴さんは投げ飛ばされる力を利用して、空中で体を1回転させて、倒れることなくそのまま立っていた。
「うひゃ——、マジか!! 完全に取ったと思ったのに」
そう言って、千鶴さんが私の方に振り返ると、千鶴さんは悔しそうな表情をしていた。
「本当、すごいね、朝日ちゃん。君、動体視力と反射力、かなり高いよ。おそらく私よりも反応速度は速い。それに、さっき私を瞬時に1本背負いしたみたいにその場の状況に対応できる発想力もある」
千鶴さんはさっきやった私の動きに対して、感心を向けながら、私に話しかけてくる。
「あ、ありがとうございます」
私は戸惑いながら、そう答える。
だけど、私の心は私の言葉とは違うものだった。
悔しい。
確かに、千鶴さんに褒めてくれたこと自体は私も嬉しい。
それでも、今は勝負の最中だ。
千鶴さんが勝負の最中に対戦相手を褒められるということは、相手を脅威に感じていないからこそできること。
千鶴さんは確実に私を格下だと見ていて間違いない。
私は千鶴さんにそう思われていることに、私はすごく悔しいのだ。
千鶴さんに私だってやれることを認めさせたい。
私がそう思っていると、千鶴さんが口を開く。
「体が温まってきたことだし。ここからは本気出していきますか——」
千鶴さんがそう言うと、千鶴さんの周囲の空気感が変わる。
さっきの飄々とした雰囲気から獲物を追い詰めようとする獣のような眼差しを向けてきたのだ。
さっき背後から感じた殺気以上のものがそこにはあった。
私は、より一層千鶴さんへの警戒を強める。
千鶴さんは体を丸めながら、助走をつけて、私の方に飛び込んでくる。
月白さんの懐に入った時よりも早い。
千鶴さんはそのまま私の懐に入り込んで、鉢巻を取ろうと手を伸ばす。
私はギリギリのところで避けて、なんとか鉢巻を守る。
しかし、避けたのも束の間、次は左手からも取ろうとしてくる。
次から次へとくる千鶴さんの手をなんとか避けていく。
だが、避けるので精一杯で、このままでは、直に鉢巻を取られてしまう。
すると、突然、私と千鶴さんの間に割って入る形で水の腕が飛んできた。
千鶴さんの動きが止まる。
次の瞬間、また違う方向から水の腕が出てきて、千鶴さんの鉢巻を狙って、千鶴さんに攻撃を仕掛けていた。
周りを見ても月白さんの姿が見えないが、月白さんが援護してくれているのだろう。
千鶴さんは水の腕からの攻撃を避けていく。
私はその隙を見て、千鶴さんに急接近して、千鶴さんの鉢巻を取ろうと、水の腕の攻撃に加わる。
しかし、それでも、千鶴さんは私と水の腕の攻撃を避けて、千鶴さんの鉢巻を取れない。
あと一手、あと一手で、千鶴さんを追い詰められるのに。
なんとかする方法を考えないと。
私がそう思った瞬間、私の目には千鶴さんの背後から現れた月白さんの姿が映っていた。
さっきまで月白さんの姿は見えていなかった。
だが、一瞬にして月白さんは千鶴さんの背後から現れたのだ。
月白さんが現れた位置をよく見ると、水でできたカーテンのようなものが、少しだが朝日に照らされて、光り輝いている。
おそらく、さっきまで月白さんは水のカーテンを使って、光を屈折させることで、私と千鶴さんに位置をバレないように隠れていたのだろう。
月白さんは、そのまま、千鶴さんに近づき、鉢巻を取ろうとする。
千鶴さんにとって完全な死角だ。
千鶴さんは背後から来る月白さんの奇襲に気づいていない。
私も千鶴さんの鉢巻を取るために、手を伸ばす。
私と月白さんで、千鶴さんを挟み撃ちする形になる。
よし、このままいけば、この勝負、勝てる。
私が勝利を確信した瞬間、千鶴さんはすごい勢いで体を横にずらし、月白さんの奇襲を避けたのだ。
「えっ!?」
私と月白さんは同時に驚きの声をあげる。
月白さんは勢いよく千鶴さんの背後に接近したことによって、そのまま千鶴さんのいない方向に進んでしまう。
千鶴さんのいない方向にはもちろん、月白さんと同じように千鶴さんを追い込もうとしていた私しかいない。
月白さんはこのまま私にぶつかってしまうと一瞬慌てたような表情を見せる。
でも、大丈夫。
私は千鶴さんに近づこうとする月白さんの動きも見ていた。
月白さんにぶつからないように、私は横に飛び出そうとする。
しかし、その一瞬の隙を千鶴さんは見逃さない。
千鶴さんは、私が横に移動することを予測していたのか、動き出そうとする私の足と、同時に千鶴さん自身の足を出して、私を転ばせたのだ。
そうなってしまってはどうしようもない。
月白さんが転んだ私の方に進んでしまい、私と月白さんがぶつかってしまう。
「うわぁ!!」
私と月白さんが立てないでいる状態を尻目に千鶴さんはすぐに近づいて、私と月白さんの鉢巻を取ってしまう。
「はい、これで私の勝ちってことでいいのかな?」
そこには歯に噛みながら、笑顔を見せている千鶴さんの姿があった。
「クソ」
突然、声がしたので、振り返る。そこにはすごく悔しそうな表情をした月白さんの姿が。
それもそのはずだ。月白さんはこの勝負に相当な意気込みだったからだ。
この前の任務でも感情的になることがあった。
月白さんをこんなふうにもさせるものは、一体なんなのだろうか。
「月白さん、大丈夫?」
私は月白さんに問いかける。
「私は大丈夫。それより朝日さんは平気? ごめんなさい、私がちゃんと、千鶴さんの方向転換に対応できていれば、朝日さんが私を避けずに済んだのに」
「謝らないで、月白さん。むしろ私にお礼を言わせて。ありがとう、もし月白さんが助けてくれてなかったら、私、遅かれ早かれ千鶴さんに私の鉢巻を取られただろうし。でも、本当にびっくりしちゃった。急に月白さんが出てくるんだもん。水の力であんなことができること言ってくれても良かったのに」
私は月白さんに感謝しながら、言う。
「あれは、事前に朝日さんに伝えていないほうが千鶴さんの注意を引き付けられると思って。でも、結果的には千鶴さんに避けられてしまった。やっぱり朝日さんにもっと伝えておいたほうが良かったと思う」
月白さんは申し訳なさそうに口を開く。
「そうだよ、2人とも。戦いでは一瞬の油断や連携ミスが命取りになるんだから。伝えておくべきことは、全部伝えないと。2人はこれからお互いの背中を預けていくパートナーなんだから」
すると、千鶴さんが近づいてきて、私と月白さんに話しかけてきた。
「元はと言えば、千鶴さんが朝日さんの足を引っかけるから」
ムスッとした表情をしながら、月白さんは千鶴さんに反論した。
「それ、本当の戦いで言えるかな?」
「それはそうですけど」
千鶴さんの言葉に、月白さんは図星を付かれたような表情を見せる。
「まあ——、でも、2人とも息ぴったりだったじゃん。もう訓練とかしなくても、実戦に入っても大丈夫だよ」
「まさか、私たちがどこまでやれるのかを試したかったんですか?」
千鶴さんの言葉に月白さんは問いかける。
「さあ——、どうかな。そうかもしれないし、そうでもないかもしれない」
千鶴さんは月白さんの質問に少しはぐらかすように答える。
「は——、すみません。千鶴さんが素直に答えてくれると思った私がバカでした」
「ちょっと、葵、ひどくない!! それでも惜しかったよ、2人とも。まさに紙一重だった。私、直前まで葵が私の鉢巻を取りにきたタイミングは分からなかったんだから」
「じゃあ、千鶴さんはどうやって月白さんが鉢巻を取りにくるタイミングがわかったんですか?」
私は千鶴さんに問いかける。
「それはね、葵の姿が照子ちゃんの瞳に映るのが一瞬見えたからだよ」
「それだけ分かったんですか!?」
私は千鶴さんの言葉に驚愕する。
「私は反応速度が速い照子ちゃんと違って、すっごく視力や聴力がいいんだよね。だから、ものすごく小さいものや音を見たり聴いたりすることができる」
「じゃあ、どのくらい視力や聴力なんですか?」
私は千鶴さんに問いかける。
「そうだね。たとえば、1キロ離れたところからでも視力検査できるし。1キロ離れたところの音も聴くことができる」
「私達の作戦の内容も筒抜けだったってことですか?」
私は千鶴さんにたまらずに話しかけた。
「聴こえてはいたけど、葵、照子ちゃんと話すときに、私に聴かれてもいいような内容にしていたと思いよ。ねえ、葵。そうでしょ」
千鶴さんが月白さんを話しかける。
「そうですね。私と千鶴さん、何年の付き合いだと思ってるんですか。あと、私が千鶴さんの背後にいたとき、もう分かっていたんじゃないですか?」
「いや、葵が出てくる直前まで気づいていなかったよ。葵が水の力で空気の流れも遮断してあったし、音は全く感じなかったから。でも、私が照子ちゃんと戦っているときに、葵の姿が見えなかったし、葵がどこかのタイミングで私の死角から私の鉢巻を狙うのかなとは思って、照子ちゃんの瞳に映っている私の背後は注意深く見てた」
「すごい。私と戦っているときに、そんなことまで見ていたなんて」
私は千鶴さんの言葉を聞いて、ただただ感心していた。
「じゃあ、2人とも、この勝負の総評をしてもいい?」
「はい、いいですよ」
「お願いします」
私と月白さん、2人同時に答える。
「照子ちゃんは私の攻撃を避けられる反射神経はすごくいい。だけど、目だけに頼っちゃって、避ける一辺倒になってる。もっと攻撃に転じていきたいね」
「ありがとうございます、千鶴さん」
私は千鶴さんの総評に対して、そう答える。
「葵は、私を誘い出すための作戦は良かったよ。ちょっと生意気だったけど、私の性格を理解できてていいね。さすがは私と何年の付き合いだけはあるね。あと、勝負の中でも言ったけど、魔力感知ばかりに頼っちゃてる。魔力探知以外にも、五感で感じる些細な変化にもっと気を配らないとね。敵はいつどこか襲いかかってくるか、わからないから」
「ご指摘ありがとうございます。できるだけ善処します」
月白さんも千鶴さんの総評に答えた。
「あと、葵、勝負が始まったとき、葵自身を囮にしてたけど、囮役を使うなら、照子ちゃんに頼めば良かったんじゃないの。照子ちゃん、私の動き、見えていたみたいだし。そのほうがもっと勝負を有利に運べたと思うんだけど」
「それはそうですけど」
月白さんは口籠って、千鶴さんの言葉に少し納得できていない表情になる。
「照子ちゃんが心配なのは分かるけど、そこまでして照子ちゃんを前に出させてなくないの? 信頼してあげなよ、照子ちゃんのこと。それに今のパートナーは照子ちゃんなんだよ。いいかげん過去のことに整理をつけないと」
すると、千鶴さんが話している途中に、月白さんは急に立ち上がる。
「うん、どうしたの、葵?」
「戻ります。もうここにいる理由もないので。早く神宮に戻って、ひなたちゃんの見回りもしないと」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
「今は1人で帰りたいんです」
それでも、月白さんは千鶴さんの言葉
「月白さん!!」
私もたまらず月白さんを呼び止める。
「朝日さん、ごめん。今は1人になりたいの。神宮に戻った後、話しそびれちゃったこともあるし、2人だけで話をしましょう」
そう言って、月白さんは飛び出して行ってしまった。
「もう葵、行っちゃったよ」
千鶴さんは呆れた表情を浮かべていた。
「あのすみません、千鶴さん」
「何、照子ちゃん?」
「月白さんに一体何があったんですか? この前の任務や今日の勝負、すごく月白さん真剣だったから。それにものすごく感情的だったというか。それに千鶴さんが来る前に、月白さん、月白さんのお姉さんのことで、私に何かを伝えようとしていたんです。私、すごく気になって、どんなことでもいいんです。千鶴さん、何か知っていますか?」
「もう、だまっているのもできないか。しょうがない、葵には悪いけど、話しちゃうか」
千鶴さんは私の方を見て、口を開く。
「葵があそこまで必死になってた理由。それは、照子ちゃんの巫女の力はもともと亡くなった葵の姉:月白あかねのものだったからだよ」
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