第3話 ③

 千鶴さんとの勝負が決まってから2日後の朝、私と月白さんは神宮から数キロ離れた森の中にある神社の近くに来ていた。


 ここは鹿栖家が管理している場所で、普段あまり人が来ない場所だと言う。


 なぜ、人があまり来ないかというと、この場所は地元の人でも迷ってしまうほど、知っている人も少ないからだそうだ。

 巫女の姿になって勝負をする以上、あまり人に見られるわけにはいかない。

 普段あまり人が来ないこの場所は、千鶴さんとの勝負をするのにこれ以上適した場所はない。


 では、なぜ地元の人でも迷ってしまうこの場所に、私が来ることができたかというと。

 千鶴さんが運転する車に乗せてもらう形で、ここまで来た。


 朝早くということもあり、まだ薄暗い。


 私は月白さんと一緒に森の中を歩きながら、勝負を行う神社に向かっていた。


 ちなみに、今この場でいるのは、私と月白さん2人だけで、千鶴さんはいない。

 千鶴さんは、これから勝負をするのに、対戦相手の私と月白さんが歩いてくる方向に、一緒に来たら、ムードが台無しだと言って、どこかに行ってしまったからだ。


千鶴さんがどこかに行ってしまった後、私は、昨日、話した千鶴さんとの勝負で実行する作戦の確認のために、月白さんの話を聞いている。


「朝日さん、千鶴さんはとにかく身体能力が高い。だから、まともな追いかけっこなんてしたら、まず勝てない。だから」


「月白さんが囮になって、私が千鶴さんの鉢巻を取るんだよね」


「そう、まずは私が前に出て、千鶴さんの標的になる。私が前に出ている間、朝日さんは私の姿が見える場所に隠れてもらう。その後、私が千鶴さんの相手をして、千鶴さんに私への意識を強く向けると同時に、朝日さんが千鶴さんの鉢巻を取りやすい場所に千鶴さんを誘導させる。その隙に、朝日さんは千鶴さんの鉢巻を取りにいく」


 月白さんの作戦の説明を聞いて、私は少しの疑問を感じていた。


「でも、月白さんが1人だけの状態で前に出すぎていたら、逆に千鶴さんに怪しまれないの?」


「大丈夫。負けん気の強い千鶴さんのことだから、たとえ分かりやすい罠だとしても、私の挑発だと分かって、真っ先に私を狙ってくるから」


 千鶴さんとの付き合いが長い月白さんだからこそ、言えるのだろう。


「月白さんがいうには、もし千鶴さんが月白さんじゃなくて、私を狙ったらどうするの?」


「そのときは私が朝日さんを守るよ。もし千鶴さんが朝日さんを狙うのなら、八咫鏡で作った水の腕で、朝日さんをその場から逃がして、千鶴さんの鉢巻も取りに行く。そうすれば、朝日さんを守れるし、千鶴さんは水の腕から逃げざるを得ない」


「分かった。それなら、私は月白さんに迷惑をかけないためにも、絶対、千鶴さんに鉢巻を取られないようにするね」


「そう言ってくれて嬉しいわ」


「じゃあ、もし月白さんの言う通り、千鶴さんが月白さんを狙って、月白さんが危なくなったらどうするの? そのときは私が助けに入ってもいい?」


「ありがとう、朝日さん。そのときは大丈夫。勝負が始まったら、私は八咫鏡のもう1つの能力の高い魔力探知のある目に見えない水の網を私の半径10メートル周辺に張る。もし千鶴さんがその水の網を触るようなことがあれば、千鶴さんがどこから私を狙うのかは分かる。網の中に千鶴さんが入った後も、千鶴さんが少しでも水に触れていれば、どこにいるのかは分かる。あとは、水の網の中から無制限に水の腕を出して千鶴さんを追い込んで鉢巻を取れば、私の勝ち。朝日さんの助けがなくても大丈夫だと思う」


「そうなんだ。でも、やっぱりこの勝負で月白さんを1人にしてしまうのは、心苦しいというか」


「もともと、私と千鶴さんの勝負だから。できるかぎりのことは私だけの力で対処したの。でも、千鶴さんに勝つために、最後は朝日さんの力に頼っちゃうんだけど、千鶴さんが私にハンデとして朝日さんと一緒に戦うことを選んだなら、千鶴さんも文句は言えないでしょ」


「そうなんだ」


 私はちょっとだけ複雑な気分になった。勝つためにとはいえ、千鶴さんに騙し討ちしているようで、私は申し訳ないと思う。

 しかし、千鶴さんは強いのは事実だ。

 絶対に勝ちたいという月白さんの並々ならぬ思いを私は感じていた。

 だけど、なんでここまで月白さんは必死になるのだろう。

 思えば、2日前も月白さんと千鶴さんが言い合いをしているときに、千鶴さんが何かを言いかけるのを止めたのは月白さんだった。


「月白さん、あのね。少し疑問に思ったんだけど、月白さんはどうして今日の千鶴さんとの勝負に勝ちたいの? それに、2日前のときも、千鶴さんが何か言うのを月白さんがすごく必死に止めていたけど、何かあるのかなって」


 私は月白さんに問いかける。

 すると、月白さんは私の顔を見て、一瞬何かを考えてから、口を開き始める。


「確かに朝日さんにちゃんと話さないとね。私がこの勝負に勝ちたい理由。なんで私が朝日さんに危険な戦いをしてほしくないのか。それはお姉ちゃ。いや、私の姉さんのことでなんだけど」


「月白さんのお姉さん?」


「私の姉さんは」


「あっ、いたいた。おはよう!! 2人とも」


 月白さんがお姉さんのことで何かを言いかけたとき、誰かが私と月白さんの方に声をかけてくる。

 声の方向を見ると、そこには千鶴さんが立っていた。


「千鶴さん!! おはようございます」

 私は千鶴さんを見て、挨拶をする。


「まあ、少し前まで一緒にいたのに、おはようって、ちょっとおかしいか。でも減るものでもないし。挨拶大事」


「千鶴さん、おはようございます」

 月白さんも千鶴さんに挨拶をした。


「ところで、2人でさっきから何、話してたの?」

 千鶴さんが興味津々に聞いてくる。


「別にただの作戦会議をしていただけですよ。それに今日の勝負、勝ちに行かせてもらいます」


「ふ——ん、本気ってわけだ。じゃあ、始めようか」


「朝日さん、準備して」


「うん、分かった」


 私と月白さんは巫女の姿になるために、勾玉を取り出す。

 月白さんのお姉さんのことは気になるが、今は勝負のことに集中しよう。

 勾玉を手に取り、私と月白さんは祝詞を読み上げる。

 そして、あの言葉を叫ぶ。


「「神衣変身!!」」


 私と月白さんは巫女の姿になる。


「よ——し、2人とも、簡単に私に負けないでよ」


 千鶴さんはそう言うと、楽しみしていた遊びを今か今かと待ちわびていた子どものような表情を見せる。


 私と月白さんは、持っていた鉢巻を左腕に巻き付ける。

 私たちが鉢巻を巻き付けたことを確認したのか千鶴さんも鉢巻を左腕に巻いた。


「さあー始めようか。勝負は私が手を叩いた瞬間から開始するから」


「わかりました」

 私が答える。


「じゃあ、カウントダウン。3、2,1」


 千鶴さんが手を叩く。


 千鶴さんが手を叩いた瞬間、千鶴さんの姿が消える。

 千鶴さんがギアを上げたことがわかる。

 私は一瞬だが、ギアを上げた千鶴さんが上に飛んだのを見逃さない。


「月白さん!! 千鶴さんは上に飛んだよ」


「えっ!?」


 月白さんは私の言葉に一瞬驚く。

 だが、月白さんは私の言葉を聞いて、すぐ八咫鏡で作った水の腕を上の方向に伸ばしていく。


「嘘!? もう来た!?」

 上から声がする。

 上を見上げると、木の上に立っている千鶴さんがそこにいた。


 月白さんはそのまま千鶴さんの鉢巻を取るために、水の腕を伸ばす速度を上げる。


 千鶴さんも鉢巻を取られないように、木から木へ飛び移る。


 水の腕が千鶴さんに向かっていく。

 しかし、千鶴さんに避けられてしまう。


 月白さんはすかさず、水の腕を増やす。

 月白さんが水の腕を増やした理由。

 それは手数を増やすことで、千鶴さんを追い詰めるためだ。


 無数の水の腕が、千鶴さんを取り囲む。


 千鶴さんも、負けじと水の腕をすべて避けていく。

 だが、千鶴さんが水の腕を避けきった瞬間、千鶴さんの背後から新しい水の腕が突然伸びてきた。


 月白さんが水の腕を増やしたもう1つの理由。

 それは、千鶴さんに無数の水の腕を意図的に避けさせ、千鶴さんでも反応できない死角を作ること。


 千鶴さんは気づいていない様子だ。


 あと少しで千鶴さんの鉢巻に届く。

 千鶴さんの鉢巻を取ってしまえば、私たちの勝ちだ。


「なんてそんな簡単に取らせないよ」


 千鶴さんがそう言うと、木を足場にしてバク転のような動きで水の腕を避けてしまった。


「そんな」

 私は落胆の声を上げてしまう。


「大丈夫、朝日さん。そう簡単に千鶴さんが鉢巻を取らせてくれないのは分かっていたから。それに当初の作戦通りに進めていきましょう。あと、朝日さん、千鶴さんの動き、見えていたの?」


「そうだよ。一瞬だけだったけど、千鶴さんが上に上がっていくのが」


「一瞬だけ、見えてた!? そっ、そうなんだ」

 月白さんは私を見ながら、少し驚いた表情していた。


 なぜ月白さんは驚いているのだろう。

 まさか、月白さんは千鶴さんの動きが見えていなかった。

 月白さんは私よりも戦いを経験しているはず。

 その月白さんが見失ったということは、それほど千鶴さんの動きが速かったから。

 それとも私が月白さんに捉えきれない千鶴さんの速い動きに唯一反応できていたから。

 私は何かとんでもないことをしてしまったのかもしれない。


「作戦通り、私が前に出る。朝日さんは隠れていて」

 月白さんがそう言った。


「分かった」

 私は周囲の茂みに身を隠し、月白さんと千鶴さん、2人の姿を私の視界に入れる。


「葵、惜しかったね——」

 千鶴さんが木から降りてきて、月白さんに近づいてきた。


「嘘つかないでください。簡単にいかないとは思っていましたよ。でも、なんで避けることができたんですか?」


「う——ん、女の勘かな?」


「また適当なことを」


「も——、適当じゃない!」

 千鶴さんはほっぺを膨らませながら、月白さんに抗議した。


「あのさ、単純に疑問なんだけど、なんで私の位置が分かったの?」

 千鶴さんが月白さんに問いかける。


「朝日さんが千鶴さんの動きが見えたからです」


「嘘!? 見えたの?」


「朝日さん本人から確認は取りました。事実だと思いますよ」


「そっ、そうなんだ。まあ気を取り直して、始めようか」


「そうですね」


 月白さんと千鶴さんはもう一度、臨戦態勢に入る。


千鶴さんは急加速をしながら、月白さんに近づき、月白さんの鉢巻に手を伸ばす。


 月白さんは急加速した千鶴さんの動きに反応できていない。

 このままでは、月白さんが負けてしまう。


 しかし、千鶴さんは突然、動きを止めて、後ろに下がる。


 なぜ千鶴さんが後ろに下がったのかというと、水の腕が月白さんを守るように立ちふさがったからだ。


「まあ、そんな簡単に、ってわけにはいかないよね」


 千鶴さんがそうつぶやいていると、月白さんは千鶴さんに隙を与えないために、水の腕を千鶴さんの背後から出して、千鶴さんの鉢巻を狙う。


 しかし、千鶴さんはすかさず背後から来た水の腕を軽々と避け、そのまま、千鶴さんは後ろに下がる形で、月白さんが作った水の網から出てしまう。


「へぇー、私が葵に近づけば近づくほど、警戒が強まるわけだ。このまま膠着状態になっても意味ないし、どうしようか。よし」


 千鶴さんが何かを思いついたのか、月白さんに近づいてくる。


「ここらへんかな?」


 千鶴さんがそう言うと、そのままその場に座り込んでしまった。


「千鶴さん、何のマネですか?」


「何のマネって、ここが1番、葵が私の鉢巻が取りやすいところかなと思って」


 千鶴さんが言う通り、千鶴さんが立っているそこは月白さんが作る水の網の境目の場所だった。しかも網の外側ではなく内側。ここなら月白さんは水の腕を使って、すぐに千鶴さんを囲い込むことができる。


 しかも千鶴さんはあぐらをかいている。

 立っている状態よりもすぐには動けない。


「これなら葵も簡単に取れるでしょ」

 明らかな挑発だった。


 月白さんはそんな千鶴さんに挑発に苛立つ表情をする。


「そうやってあなたは、いつも、いつも私を馬鹿にして——」


 月白さんは水の網から千鶴さんを囲い込む形で、水の腕を大量に出す。

 大量の腕が来ても、まだ千鶴さんは動かない。

 すべての水の腕が千鶴さんの座っている場所に落ちる。


 一瞬、土ぼこりが舞う。

 土ぼこりがなくなった後、水の腕が落ちた場所には、さっきまで座っていた千鶴さんの姿がない。


「えっ!?」


 目の前で起こったことに、月白さんも驚いていた。

 それもそのはずだ。月白さんの八咫鏡は魔力探知が得意。もし千鶴さんが月白さんの水の腕の攻撃を避けようとすれば、すぐに千鶴さんの位置が分かる。

 それなのに、千鶴さんの姿が一瞬で消えてしまったのだ。

 月白さんの表情を見るかぎり、千鶴さんを完全に見失っているようだ。


 月白さんが千鶴さんを完全に見失ってしまったのなら、1つ考えられることがある。

 それは月白さんが水の腕をすべて千鶴さんが座っていた場所に下ろした後、千鶴さんは一切水に触れずに移動したということだ。


 その考えが頭によぎった瞬間、私は嫌な予感がした。

 私はすぐに月白さんの方向に向かって、叫んだ。


「月白さん、下!!」


「えっ!?」


 月白さんが私の声を聞いて、目線を下に下げた瞬間。


「いつも言ってるでしょ。葵は頭に血が登っちゃうと、すぐに周りが見えなくなっちゃうって」


どこからか千鶴さんの声がする。


 月白さんの足元の土が盛り上がる。

 そこからなんと千鶴さんが突然現れてきたのだ。


「っ!?」


「土の中から出てくるなんて、想定してなかった顔だ。水の魔力探知を使って、私の位置を把握するのはいい考えだと思うよ。でも、そればかりに頼りすぎると足元すくわえるよ」


 千鶴さんをよく見ると、千鶴さんの服が泥を被っていた。


 まさか千鶴さん、月白さんの魔力探知に引っかからないために、一切水を触れないために、泥を被ったっていうの!?

 千鶴さんが月白さんの前であぐらをかいて、月白さんを挑発したのも、月白さんを怒らせることで、水の腕を振り下ろさせて、地面にぶつけるため。

 水の腕がぶつかったときに、わずかな土ぼこりと地面の穴に身を隠して、そこから一瞬にして月白さんの足元近くまで掘り進めたとしか考えられない。


 月白さんはとっさの判断で、水の腕を蜘蛛の足のように使って後ろに向かって飛んだ。

 さらに、月白さんは、これ以上千鶴さんを近づけさせないために、水の網から無数の水の腕を千鶴さんに向けて、牽制する。


 しかし、千鶴さんは鉢巻を巻いている右腕を狙った水の腕だけを避けるが、それ以外の腕にはぶつかりながらでも、気にせず突っ込んで来た。


 それを見た月白さんは自分の体から水の腕を出して、直接千鶴さんの鉢巻を取ろうとする。

 だが、千鶴さんはその腕すら躱し、逆にその腕を掴んでしまう。

 千鶴さんは掴んだ水の腕をそのまま掴んだ形で、月白さんを思いっきり引っ張る。


「くっ!!」

 月白さんは地面に着地する前に、千鶴さんに水の腕を掴まれ、引っ張られてしまったことで、身動きが取れない。


 一瞬にして、千鶴さんと月白さんの距離が埋まってしまった。


「やっぱり葵の悪いところは懐に入られたら、そこから立て直せないところだね」


 そのまま、千鶴さんは月白さんの鉢巻を取ろうと、手を伸ばしていく。

 まずい!! このままじゃ、月白さんの鉢巻が取られてしまう。


 私はとっさに月白さんと千鶴さんの間に飛び込んだ。

 千鶴さんが月白さんの鉢巻を取ることを防ぐために。


 一気に飛び出した私は、月白さんの旗を取ろうとする千鶴さんの手を掴んでいた。


「えっ!?」


 私の突然の動きに対して、月白さんと千鶴さんの驚いた声が聞こえていた。

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