第3話 ②

「照子ちゃん、そっちに行った!!」


「はい!!」


 私は月白さんと鹿栖さんがタタリ神を倒す任務に同行していた。


 私が同行した理由は実戦経験を得るためだ。


 イノシシのタタリ神は私の姿に感づいたのか、私にツノを付きたてながら、突進してくる。


 見える。

 イノシシのタタリ神が私の胴体を突進しながら、私の胴体ごと貫いて、私の命を奪いに来る。その狙いが。


 冷静に速く的確に、私はイノシシのタタリ神の攻撃をひらりと避け、避けたと同時にタタリ神の死角に回り込む。

 イノシシのタタリ神は完全に私を見失っている。

 このまま右拳の攻撃を叩き込めば倒せる。


「っ!!」


 私が攻撃を叩き込もうとする次の瞬間、すごいスピードで何かが私とイノシシのタタリ神の間に入り込んでくる。


「えっ!?」


 その何かの正体。


 それは、月白さんだった。


 私が月白さんだと気づいたと同時に、月白さんは水の刃でタタリ神を斬っていた。

 斬られたイノシシのタタリ神はそのまま倒れて、消えてしまう。


「大丈夫? 朝日さん」


「あ、ありがとう」


「ちょっと葵、何やってんの」

 千鶴さんが月白さんに対して不満そうな表情で近づいてくる。


「なんですか?」


「葵がタタリ神を倒しちゃったら、照子ちゃんの実戦経験にならないでしょうが——」


「それはそうですけど、もし朝日さんがタタリ神から反撃を受けてしまったらどうするんですか?」


「そのときは葵が照子ちゃんを助けてあげればいいでしょ。私が言いたいのは、葵がタタリ神を全部倒しちゃったら、照子ちゃんが戦うタタリ神がいなくなっちゃうよってことだよ」


「確かにそれは千鶴さんの言う通りですけど」

 月白さんは千鶴さんに対して、不満そうな表情で言葉を返す。


「葵は照子ちゃんのことが心配なのは分かるけど。でも、ちょっと過保護すぎない?」


「別に過保護とかじゃなくて、ただ私は」


「はいはい、分かった、分かった。帰ったら、葵の話を聞いてあげるよ」

 千鶴さんは少し投げやりに月白さんに言葉をかける。


「っ! ……わけ……じゃない」

 すると、月白さんは千鶴さんの言葉を聞いて怒りを覚えたのか、体を震わし始めて、何かを口にした。


「葵、何?」


「私は納得したわけじゃない!! 朝日さんにタタリ神の戦い方の基礎を教えただけで、いきなり実戦に連れて来るなんて!!」


「月白さん?」

 私は突然、響いた月白さんの大きな声に驚く。


「葵、本当は照子ちゃんに戦ってほしくないんでしょ」


「そっ、それは」

 千鶴さんの言葉に図星を突かれたのか、月白さんが少し動揺したように私の目には写った。


「葵が照子ちゃんを守りたい気持ちはわかる。だけど、いくら葵が照子ちゃんを守ったって、それは葵自身の傷を自分で撫でるだけだよ。それにそんなことしても、あかねが喜ぶわけ」

 鹿栖さんが何かを言いかけた瞬間。


「その話はしないで!!」


 突然、月白さんが大きな声を出して、千鶴さんの言葉をさえぎった。

 千鶴さんは、大きな声を出した月白さんを見て、何かを感じたのか、バツの悪い表情をする。


「月白さん!? どうしたの?」

 私はたまらず、月白さんに話しかける。


「ごめんなさい、朝日さん。大きな声を出して。でも、私、今はいきなり、あなたに戦ってほしくない。朝日さんがもっとちゃんと訓練を積んでからでも遅くないよ」


「ちょっと、葵。そんな無茶言わないでよ。イザミとの戦いまで4ヶ月はもう過ぎてる。照子ちゃんには早くタタリ神との戦いに慣れて強くならないと、イザミに殺されちゃうよ」


「大丈夫です。私が朝日さんを守りながら戦いますから」

 月白さんはムキになりながら話す。


「葵、わがまま言わないでよ。ね」

 すると、千鶴さんは両手で月白さんの肩を優しく包んで説得しようとする。


「嫌です」

 しかし、月白さんは千鶴さんの言葉に対して、頑なに首を縦に振ろうとしない。


「困ったな。う——ん、どうしよう」

 千鶴さんは困り果てて、考え込み始める。

 そして、何かを思いつたような表情をして、私と月白さんの方を向いて、千鶴さんは口を開いた。


「よし、それじゃあ、勝負をしよう」


「勝負?」


「そうだよ、勝負」

 千鶴さんは自信満々に話し始める。


「その勝負に葵が私に勝つことができたら、照子ちゃんに訓練を受けてもらって、逆に私が勝ったら、照子ちゃんは今日みたいに実戦に出てもらうというのはどう?」


「ちょっと、千鶴さん。勝手に話を進めないでください」

 月白さんは不満そうに反論する。


「あれれ、そんなこと言ってもいいのかな——? 私は代案を出したんだよ。不満があるなら、葵も何か代案を出さないと、ただのわがままになっちゃうぞ——」


「っ!? それはそうですけど」


「それに、葵、さっき照子ちゃんを守りながらでも、戦うって言ったよね。そこまで言うのなら、それを証明してもらわないと。それとも、葵、私と勝負に負けるのが怖いの——」

 千鶴さんはそう言って、さらに月白さんを挑発する。


「わかりました。その勝負、受けて立ちます」

 すると、月白さんは千鶴さんの言葉にまんまと乗せられる形で、勝負を快諾してしまう。


「えっ!! 月白さん、そんなにすぐに決めちゃって大丈夫の?」

 私は、このままでは、月白さんと千鶴さんだけで話が進んでしまうのは良くないと思い、思わず2人の間に割って入る。


「朝日さん、私は大丈夫。それに、このまま千鶴さんに言われっぱなしにはできないよ」

 月白さんはすごく真剣な表情で、私の言葉を返した。

 月白さんの意気込みはいいとは思う。

 だが、月白さんはただ千鶴さんに負けたくないという気持ちに流されてしまっているようにも私は感じた。


「ごめん、照子ちゃん。照子ちゃんの気持ちを聞かずに、話の流れで勝手に決めちゃって。でも、こうでもしないと、葵、頑固だから。素直に聞き入れてくれないからさ」

 すると、両手を合わせながら、謝罪のポーズをする千鶴さんが私に近づいてくる。


「それってどういう意味ですか? 千鶴さん」


「そのままの意味だよ。葵、さっきから嫌だって、一向に聞き入れない様子だったじゃん」

 月白さんと千鶴さんがまた言い合いを始めてしまう。


「2人とも、もう喧嘩しないでください!!」

 私はついに我慢ができずに、月白さんと千鶴さんの間に割って入ろうとする。

 私が突然大きな声を出したことにびっくりしたのか、月白さんと千鶴さんはあっけに取られた表情になっていた。


「朝日さん、ごめんなさい。つい感情的になってしまって」


「私もごめん、照子ちゃん。私がこの中で1番お姉ちゃんなのに。怒った?」

 2人は私に謝罪をする。


「私はぜんぜん怒ってないですよ。それに謝る相手を間違えてないですか?」

 私は、月白さんと千鶴さんの2人に問いかける。

 すると、2人とも私の言葉の真意を理解したような表情になる。


「それもそうだよね。ごめん、葵。私、大人気なかったよ」


「こちらこそすみません、千鶴さん。私もムキになりすぎました」

 千鶴さん、月白さん、双方が頭を下げた。


「これで仲直りですね」

 私は2人に向かって、笑顔で話しかける。


「ところで勝負の件ですけど、一体どんな勝負をするんですか?」

 月白さんが千鶴さんに質問をする。


「そうだった。勝負の内容なんだけど、普通に私と葵が戦うだけじゃ。面白くないんだよね。せっかくだし、趣向をこらそうと思って」


「趣向をこらす?」

 月白さんがつぶやく。


「そう、そのために、照子ちゃんもこの勝負に参加してほしいんだよね」


「えっ!? 私ですか?」

 突然、私の名前が出てきて、私は思わず、驚いてしまう。


「そうだよ。照子ちゃんは葵と一緒のチームになってもらって、私と戦ってもらいます。嫌かな?」


「そんなことないです。でも、本当に私が月白さんと一緒に戦っていいんですか?」


「大丈夫だよ、照子ちゃん、十分戦えているし。それにこれからは照子ちゃんと葵だけで戦ってもらわないと。それにこの勝負。勝敗以上に照子ちゃんと葵がうまく協力できるかどうかも見るためのものでもあるから」


「わかりました。それなら、この勝負、参加します」


「葵もいいよね?」

 千鶴さんが月白さんの方に目線を向ける。


「いいですよ。それで千鶴さんが納得するのなら」


「よし決まりだ。それじゃあ、2日後にやろうか。ルールはお互いにつけた鉢巻を取った方の勝利ということで、2人して、私の鉢巻を奪ってよ」

 千鶴さんはどこか楽しいおもちゃを見つけた子供のような楽しそうな顔をした。


 こうして、私と月白さんで千鶴さんと勝負することに決まった。


 よし、月白さんの足手まといにならないように頑張ろう。

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