第3話 ①

 ひなたがタタリ神に襲われたあの事件から1週間、私、朝日照子は千鶴さんの提案で私とひなたは千鶴さんの実家である鹿栖(かさい)神宮に住まわせてもらっている。


 私とひなたが住まわせてもらっている鹿栖神宮は、茨城県の南東部にあり、関東に流れる大きな利根川と茨城県南東部に広がる湖の霞ヶ浦などの広大な水の都のような場所にある神社だ。


 千鶴さんと月白さんから聞いた話によると、千鶴さんと月白さんの実家である鹿栖家と月白家はこの広大な東関東を大昔から治めているという。


 朝早く、私は鹿栖神宮の周りで、掃き掃除をしていた。


 なぜ私がこんなことをしているかというと、積極的に神宮内や神宮周辺のお手伝いをしているからだ。


 最初、鹿栖神宮に来たときに、千鶴さんから何もしなくていいよ、と言われていたが、私とひなた、私たち姉妹を神宮に住まわせてもらっているのに、何もしないのはやっぱりどうしても心がいたたまれなかった。


 だから、私は神宮内の掃除や鹿園にいる鹿さんたちのお世話など、少しでも役に立てることがあれば、積極的に手伝っている。



 それ以上に、千鶴さんには恩義もある。

 それは、私とひなたが通っていた学校の休学の手続きや家から鹿栖神宮の移動などの費用をすべて負担してくれたからだ。


 正直に言うと、千鶴さんの援助がなければ、かなり家計的にも厳しかった。


 ひなたはというと、神宮内の社務所の1室で寝させてもらっている。


 イザミによってかけられた呪いによって、だんだんとひなたの眠りにつく時間も長くなっている。


 早く私の巫女の力を使いこなして、ひなたにかかった呪いを早く解かないと、これは私にしかできないのだから。


 神宮の大鳥居近くで掃き掃除をしていると、どこからか甲高い女性の叫び声がかすかに聞こえてきた。


 私はその声がした方に向かっていく。


 私が向かった先、そこは神宮の大鳥居の近くにあるお土産屋さんの前だった。


 当たりを少し見渡すと、お土産屋さんの中に倒れている人が私の目に飛び込んできた。


「大丈夫ですか!?」

 私は倒れている人の方に駆け寄る。

 倒れている人は60代ぐらいの女性だ。


「うぅぅ、あなたは?」


 良かった、意識はある。


「私、朝日照子と言います。つい最近からなんですが、千鶴さんの紹介で、神宮に住まわせてもらっているんです。この近くを掃除していたら、声が聞こえたので」


「そうだったの、あなた、つるちゃんの知り合いなのね。うっ、痛たたた、腰が」


「一体何があったんですか?」


「店の荷物を動かそうとしたら、つい足を滑らしてしまって」


「そうだったんですか」


 女性は腰に手を当てながら、痛そうにしている。

 どうしよう、無理に体を動かしたら、さらに痛い思いをさせてしまう。


「あの腰の方をさすってもいいですか?」


「いいのか? ありがとう。そうしてもらえると助かるわ」


 女性の言葉を聞いた私は、腰を下ろして、女性の腰あたりをゆっくりと優しくさすっていく。


「痛くないですか?」


「ええ、大丈夫よ。むしろ気持ちがいいわ」


 私が女性の顔の方に目を向けると、少し痛みが引いたのか、女性の顔色が良くなっていた。


「ありがとう、あなたのおかげで楽になったわ」


「それは良かったです」


 すると突然、女性は立ち上がろうとした。


「ちょっと待ってください」


「何かしら?」

 女性は私に問いかけてくる。


「動くならゆっくり動いたほうがいいと思います。私も肩を貸しますので」


「それもそうね。お言葉に甘えようかしら」


 私は女性の肩に手を回して、女性を抱える形でゆっくりと立ち上がらせていく。

 そして、そのまま店内にあった椅子に女性を座らせてあげた。


「本当にありがとう。あなたがいなかったらどうなっていたか」

 女性は私に対して頭を下げて、お礼を言う。


「ありがとうございます。でも気にしないでください。困ったときはお互い様ですよ。私は当然のことをしただけです」


「あなた、優しいのね」

 女性は私の前で微笑んでいた。


「そうだ、自己紹介がまだだったわね。私は笹倉(ささくら)みちこ。このお土産屋の店主をしているわ」


「みちこさんですね。私は朝日照子と言います」


「照子ちゃんね。あなたの名前、しっかりと覚えたわ」


 私はみちこさんと話をしたあと、お土産屋さんの近くを通りかかった警備員さんに声をかけ、みちこさんの腰の状態を見てもらえるお医者さんを呼んでもらった。


 私はというと、みちこさんが倒れてしまったことで散らかってしまったお土産屋の商品を片付けたり、少しだけ店内の掃除をしている。


 みちこさんはしなくてもいいと言っていたが、今、みちこさんが動けないでいる以上、そのままにするのはどうしても放っておくなんてできなかった。


「ありがとうね、何から何まで」


「気にしなくても大丈夫ですよ。私、人のためになれるのがすごく嬉しいんです」


「照子ちゃんがいいと言うのなら、お願いしようかしら」

 みちこさんは少し微笑みながらそう言った。


「おはよう、朝日さん、みちこおばさん」


 すると、突然、私の後ろから誰かが声をかけてきた。

 私はびっくりして振り向くと、そこには。


「月白さん!?」


 月白さんが私の後ろに立っていた。


「おはよう、葵ちゃん」

 みちこさんは月白さんに挨拶をする。


「びっくりさせちゃって、ごめんなさい。朝日さんの姿が見えたから。こんなところで何をしてたの?」


「みちこさんが足を滑らして倒れちゃって。すごく腰を痛そうにしていたから、私が代わりに店内の片付けをしていたの」


「えっ!? 倒れた!? みちこおばさん、大丈夫なの?」


 私の言葉を聞いて、すごく驚いた月白さんはみちこさんに問いかける。

 

「ええ、大丈夫よ。照子ちゃんが優しく介抱してくれたから。大丈夫よ」


 みちこさんは月白さんにそう言った。


「そう、それならいいんだけど」

 月白さんは胸をなでおろす。


 その後、月白さんも私と一緒に店内で散らかった商品たちを片付けてくれた。


 2人で片付けが終わった後、お医者さんがやってきて、すぐにみちこさんの腰の状態を診始める。


 お医者さんはみちこさんの腰の状態を診終わると、私の方に顔を向けて口を開く。

「今、診た感じでは特に異常は見当たらないですね」


「そうなんですか!?」


 私はお医者さんの言葉に驚く。


 みちこさんを最初に見たとき、あまりにも腰を痛そうにしていて、体を動かすことさえができない状態だったからだ。


「ですが、念のために検査はしておいた方がいいと思います。今日にも病院に来てもらえますか?」


「わかりました」


 みちこさんはお医者さんにそう返事をした。

 みちこさんの表情はどこか少し安心したようなものになっていた。


 お医者さんが帰ったあと、みちこさんは病院でもう一度検査をするためにタクシーを呼んで、病院に向かおうとしていた。


 みちこさんがタクシーに乗り込んだあと、みちこさんがタクシーの窓を下ろしていく。


「照子ちゃん、ありがとうね。あなたがいなければどうなっていたことか」


「そんなことないですよ。私なんて当たり前のことをしたまでです」


 すると、みちこさんが私の方を見て言う。


「そう、じゃあ、行くわね。また時間があるときにお店に来てちょうだい。そのときはあなたにお礼をさせてね」


「はい、そのときはよろしくお願いします」


 私は笑顔でみちこさんに返事をしたあと、すぐ、タクシーはみちこさんを病院に連れていくために動き出す。


 そして、そのまま、みちこさんを乗せたタクシーの姿が小さく目で見えなくなるまで、私と月白さんは見送った。


 みちこさんを見送ったあと、私と月白さんは神宮の社務所の方向に歩いていた。


「みちこおばさん、大丈夫そうで良かった。でも朝日さん、あまり無理しなくていいのよ。さっきみたいなことがあったら、すぐに千鶴さんを呼び出して、手伝ってもらえれば良かったのに。あの人、神宮じゃ、ぜんぜん仕事なんてしないんだから」

 月白さんは口の方に手を当てながら、私に話しかけてくる。


「心配してくれて、ありがとう月白さん。でも、神宮に住まわせてもらっている居候の身なのに、私が何もしないわけにはいかないよ。それに、私ができることがあれば、なんでも手伝いたいんだ」

 私は笑顔で月白さんにそう答える。


「まったく、朝日さんはお人好しなんだから」

 月白さんは私のことを見ながら、少しあきれたような表情をする。


「朝日さん、この前言ったと思うけど、今日から巫女の力の練習を始めていきましょう」


「うん、そうだね。今日からよろしくお願いします、月白先生」

 私は月白さんに向かって、おじぎをした。


「せっ、先生!? 朝日さんにそう言われると、すごく恥ずかしい。それに私は先生なんて呼ばれるほどでもないよ」

 そう言って、月白さんは真っ赤にした顔を両手で隠そうとしていた。


「そんなことないよ。私、巫女のことなんて何も知らないし、私にとって月白さんは先生だよ」


「もう、朝日さん、調子がいいんだから。でも、ありがとう。そう言ってくれて、すごく嬉しい」

 月白さんは両手をゆっくり下ろす。そして、少しすねた表情をしながら、私に微笑んでくれた。


「それにしても不思議よね」


「どうしたの、月白さん?」


「みちこおばさんの腰の状態よ。私が直接見たわけじゃないけど、普通、転倒して腰を痛めたにしていたのに、まったく腫れもなかったなんて。本当にただおばさんの腰をさすってあげただけなの?」

 月白さんは私に問いかけてきた。


「そうだよ。でも、確かに月白さんが言う通り不思議だね。お医者さんは特に異常がないって言ってたけど」


「朝日さんもそう思うでしょ。もしかしたら、何かあるかもしれない。このことは私の方でも調べてみる。朝日さんも何か分かったら、私に教えて」


「うん、分かった」


 私と月白さんが歩いていると、朱色に塗られた楼門が見えてきた。

 だんだんに近づいていくと、楼門の前に千鶴さんが立っていた。


「ふあああ、あっ、照子ちゃん、葵、おはよう」

 千鶴さんは大きなあくびをして、眠そうにしている。


「千鶴さん、おはようございます」

 私と月白さんは千鶴さんに向かって挨拶をした。


「でも、千鶴さん。眠いのは仕方ないですけど、今日は朝日さんの巫女の力の練習する日なんですよ。しっかりしてください」

 月白さんは千鶴さんに対して、少しあきれた表情で言った。


「え——、葵、き び し い。私、夜遅くまで仕事してたんだよ。少しくらいあくびが出ちゃうのはしょうがいないでしょ」

 月白さんの言葉が嫌だったのか、千鶴さんは子供のようにすねた態度を取る。


「それはすみません。言い過ぎました。でも、こっちも大変だったんですよ」


「大変って?」


「みちこおばさんが倒れて腰を痛めたんです」


「マジで!! おばちゃん、大丈夫だったの!?」


「朝日さんがみちこおばさんを見つけてくれて、介抱してくれました。今、病院で検査していると思いますよ」

「でも、みちこおばさんの状態がどうなっているのか分からないですよ」


「それは良かった。照子ちゃん、ありがとう」


「そんな、私はただ、みちこさんを偶然見かけただけで、ほめられるようなことじゃあ」

 私は両手と頭を横に振る。


「もう照子ちゃん。そんな謙遜しなくてもいいのに。それは誰でもできることじゃない。誇るべき君の強みだよ」


「そうですかね?」

 私は千鶴さんの言葉に疑問を投げかける。


「そうだよ。自信持ちな」

 千鶴さんは笑顔で私にそう答えた。


「はい、それならいいんですが」


「2人ともちょっといいですか?」

 私と千鶴さんが話していると、月白さんが話しかけてくる。


「もうそろそろ行きませんか? 道場に」

 月白さんは道場の方を指を指していた。


「それもそうか。行こ、行こ、照子ちゃん」


「はい」

 私は千鶴さんと月白さんの後をついて行く。


 道場に向かう前に、私と月白さんは巫女装束に着替えるために、社務所の更衣室に移動し、着替えを済ませる。


 そして、そのまま、神宮の中にある道場の方に向かった。


 ここで私の巫女の力の練習をする。


 私の巫女の力は炎なので、火事なる可能性があるので、外で行うことになった。


「それじゃ、まずは、葵がお手本を見せてあげて」


「わかりました」


 鹿栖さんの言葉を聞いて、月白さんは祝詞を唱え始めた。


「かけまくもかしこき、いざなぎのおほかみ、つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに、みそぎはらへたまひしときに、なりませるはらへどのおほかみたち、もろもろのまがごとつみけがれ、あらむをば、はらへたまひきよめたまへと、まをすことをきこしめせと、かしこみかしこみもまをす」


 月白さんは祝詞を唱えたあと、ある言葉をつけ加える。


「神衣変身!!」


 月白さんの髪の裏側が青色に輝き、私の前でタタリ神と戦ったあの姿になっていた。


「じゃあ、照子ちゃんも、変身してみようか」


「はい!!」


 千鶴さんの言う通り、私も祝詞を唱えてみる。


「かけまくもかしこき、いざなぎのおほかみ、つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに、みそぎはらへたまひしときに、なりませるはらへどのおほかみたち、もろもろのまがごとつみけがれ、あらむをば、はらへたまひきよめたまへと、まをすことをきこしめせと、かしこみかしこみもまをす」


「神衣変身!!」


 私の言葉に呼応したのか、私の体中を取り囲むように光が包みこんだ。


 突然のことで、私は目をふさいでしまう。


 目を開くと、私の姿が変わっていた。


 髪の色は茶色から薄いピンク色に。

 私が着ていた巫女装束からタタリ神と戦ったときの衣装になっていた。


「すごい、本当にできた!!」


「成功だね」

 千鶴さんは、私が無事に変身できたことを見て、うんうんと、うなづいていた。


「ちょっと補足なんだけど、実際にタタリ神と戦うときは、祝詞を全部唱える必要ないんだ。唱え終わる前に、襲われて、殺させちゃったら、本末転倒だから。かしこみかしこみもまをす、と心の中でだけ唱えるだけでいいんだよね」


「そうなんですか」


「そうやって、すぐ楽な方を教える。今は基本が大事でしょ」


「葵。それもそうだけど、より実践的なことを覚えていったら、あとあと楽でしょ」


「しょうがないですね」

 月白さんは少しふてくされたような表情をする。


「じゃあ、葵。水の力を出して見て」


 千鶴さんの声を聞いて、月白さんは両手から水を出現されていく。


 そして、月白さんは私の方を見てこう言葉を続けた。


「朝日さん。私が持っている力の名前は、八咫鏡というの。能力は、水を使って、あらゆるものを模倣することができるものなの」


「あらゆるものって?」

 私が月白さんに問いかける。


「剣や槍などの武器全般。弓矢だって作れる。まあ、直接、水の魔力を込めた弾丸にする方が早いんだけどね。それと、応用すれば、こんなこともできる」


 突然、月白さんの手から出てきた水が形を変え始める。


 水が形作ったものはイルカだ。


 すると、イルカが動き出し、私の方にやってきた。


 イルカは私の目の前に止まる。

 愛くるしい目が印象的だ。


「かわいい!!」


 イルカは、体を回転させてたり、飛んだりはねたり、当たりを動き回る。


「こんなふうに武器以外でも動物やモノを模倣することできるの」


 月白さんが作ったイルカは月白さんの肩に止まると、小さな車の形をしたり、変幻自在に形を変えていく。


「これが葵の巫女の力だよ」


「どうすごいでしょ」


「すごいです」


「照子ちゃんにある炎の力を出してみようか」


「はっ、はい」

 私は目を閉じ、両手を合わせる。

 そして、自分の手から炎が出てくるイメージを作る。

 暖かくて、心を安心させてくれる。それでいて、強く豪快に燃え上がる炎を。


 イメージするんだ。もっともっと具体的に鮮明に。

 私はさらにイメージを膨らませていく。


 すると、一瞬、私の手から炎が出てくるような感覚が伝わってきた。


「っ!?」


 目を開くと、私の手から炎が出ていた。


「炎だ。でもぜんぜん熱くない」


「うまくいったね」

 千鶴さんが私を見ながら、笑顔で話してくる。


「よし、照子ちゃんも十分巫女の力を使えそうだし、いきなりになっちゃうけど、照子ちゃん、ちょっといいかな?」


「なんですか?」


「実戦に入ってみない?」


「じっ、実戦ですか!?」


「いきなりすぎませんか?」

 月白さんも驚いている様子だ。


「大丈夫だって、私と葵もいるし。それに実践の中から学べるものも多いよ。それに照子ちゃんは、ちゃんと変身や巫女の力もできることが分かったわけだし。1回だけ試してみようよ。ね」


 月白さんは少し納得していない様子で、千鶴さんの言葉を聞いていた。


「照子ちゃんはどう?」


「そうですね。それがひなたを守ることができるのなら、私やってみます」


「よし、いい返事だ。じゃあ、ちょっと前に決まった任務に出てみるということで」


 こうして、私の初めての任務が決まったのであった。

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