第2話 ⑤
「はあー、夜風が気持ちいい」
なんだか、今日は現実離れしすぎたことばかり起こりすぎて、気がおかしくなりそうだった。今もこの手が震えてる。何ども死にかけそうになったからだ。
ただ、私に吹いていた夜風はそんな私の緊張を少しでも解きほぐすように、ただ変わらずに吹いてくれている。
ひなたの命を助けるためにも、私は受け継がれた巫女の力を使いこなさないといけない。
正直いうと、すごく不安だ。もう今までの生活はおそらくできない。それに村や学校の手続きのこともいろいろとやらないといけないことも。
でも、ひなたを救えるのなら、何だってやってやる。
まずは、その前に月白さんから話を聞かないと。
命がけの戦いであることに変わりないのだから。
ふと、私は月白さんの方に顔を向ける。
月白さんの表情は少しだけ固い印象だった。
おそらく、月白さんはひなたのことを気にして、自分のことを責めているのだろう。
どうしよう。本題に入る前に、何か違う話をして、月白さんの緊張を取らないと。
話題、話題、何かあるかな。
そうだ、あの話をしよう。
「ねえ、月白さん。鹿栖さんと話をしているのを聞いたんだけど、月白さんって茨城から来たんだよね」
「数日前、新幹線に乗ってね。本当は千鶴さんといっしょに来るはずだったんだけど」
月白さんは上を見ながら、私にそう返す。
「茨城からここまでってことはすごく遠かったでしょ」
「乗り継ぎのために、1度東京に行かないといけなくて、7時間くらいかかったかな」
「7時間!? わざわざ遠くから長旅ご苦労さまです」
私は少し会釈をしながら、月白さんをねぎらう。
「ふふふ、ありがとう」
月白さんは少し笑顔になった。
「7時間かかるのか、本当に遠いんだなあ、茨城。私、関東なんて生まれてこの方、行ったことないよ。ねえ、月白さん、東京ってどんな感じだった? やっぱり人でいっぱいなの」
「そうね、本当に人でいっぱい。とくに新宿や渋谷なんて本当にすごいよ」
「渋谷か、よくテレビで写ってるスクランブル交差点のところだよね。犬のハチ公見てみたいな、ワンワン」
私は犬の鳴き声を真似してみる。
「何それ、可愛い」
月白さんはクスっと笑った。
「可愛かった?」
「うん、とっても」
月白さんは笑顔で私に答えた。
良かった、少しは緊張がほぐれてきたかな。
「ねえ、月白さん。東京の人って、冷たいって聞くんだけど、それって本当なの?」
「どうだろう。私が東京に行った印象だと、そんなことはなかったかな。東京でもとくに下町はすごく人当たりが良かったと思う」
「そうなんだ。たとえば、東京のどこが、人当たりが良かったの?」
私は月白さんに聞いてみる。
「浅草や葛飾、あとは、もんじゃで有名な月島かな」
「もんじゃ! 東京のお好み焼きみたいなものだよね」
「そうね。東京のお好み焼きとも言えるかな」
月白さんは同意しつつも、ちょっと違うような表情を浮かべる。
「何か違うの?」
私は月白さんに問いかける。
「もんじゃ焼きって厳密に言うと、お好み焼きの元になったもので、大阪に伝わって変化したものがお好み焼きみたい」
「知らなかった。つまり、お好み焼きを正確に言うと、大阪のもんじゃ焼きってことになるんだね」
「そうね。あと、もんじゃ焼きって食べ方に面白いところがあって、焼いてコゲになったところをヘラで削りながら食べるの」
「コゲを削って食べる!? お好み焼きはそんな食べ方しないから、びっくりだよ」
「そのコゲがまたおいしいのよ。香ばしいせんべいみたいで」
月白さんは拳を握りながら、もんじゃ焼きのおいしさを話す。
月白さんの話を聞いていると、私はなんだか無性にご飯が食べたくなっていた。
気づけば、あの祠での出来事からご飯を食べていない。
そう思っていると、ぐ——っと、私のお腹の音が鳴っていた。
そのお腹の音が大きかったのか、月白さんはちょっと驚いている。
「あはは、ごめん。びっくりさせちゃった」
私は笑いながら、ごまかそうとする。
うわあー、すっごく、恥ずかしい。
「無理もないわ。あれから何も食べていないんだもの。早く話を終わらせて、ご飯でも食べにいきましょう」
「そうだね」
私は答えた。
すると、月白さんは私の言葉を聞いて、すごく真剣な表情になる。
「じゃあ、単刀直入に聞かせて」
「うん、いいよ」
私はうなずく。
「ひなたちゃんが呪いにかかってしまった以上、朝日さんの残っている選択肢は千鶴さんのところに行くしかない。でもね、何もあなたがイザミからひなたちゃんを守るために戦う必要はないと思うの」
「何でそう思ったの?」
「さっきも話したけど、イザミとの戦いは命がけの戦いになる。あの祠での戦いよりも想像を絶するほどにね」
「それは」
「それに、私は千鶴さんとだけでイザミを倒したいと思っているの。私達にとってイザミは仲間の仇だから」
「仲間の仇?」
「千鶴さんが巫女の力を奪われたって言ったけど、そのとき、私と千鶴さん以外にももう1人巫女がいたの。そのとき、その人は私と千鶴さんを守るために、イザミと戦って死んでしまった。私はもう仲間が死ぬのは見たくない。だから私は朝日さんが戦ってほしくないの」
月白さんは私のことを真剣な表情をしながら、言う。
私は月白さんの姿にある言葉が出てくる。
「ありがとう」
私のことを心配してくれて、言ってくれたのだろう。でも、私は——。
「それでも私は戦うよ」
「朝日さん、話を聞いていたの。死んでしまうかもしれないんだよ」
月白さんは不安そうな表情をしながら私に問いかける。
「約束したの、死んでしまったお父さんと。何があってもひなたを守ってて」
私は月白さんに向かって、そう答える。
私はお父さんと約束したんだ。
何があっても、私がひなたを守ってみせる。
ひなたを守ってあげられるのは、もう私だけなのだから。
「朝日さんの気持ちは分かった。それなら、質問させて」
「何かな」
私は月白さんの質問を聞く。
「もし朝日さんがイザミとの戦いで命を落とすことになって、朝日さんは朝日さんのお父さんを心のどこかで憎むことになってもいいの?」
「っ!?」
月白さんの質問に私は少し動揺した。
「それは嫌な質問だね。確かに、お父さんのことを心のどこかで憎みながら、死んでいくのは嫌だな」
私は少し苦笑いしながら、月白さんに答える。
「朝日さん?」
「正直言うとね。なんで、っていう気持ちがないわけじゃないんだ」
「だったら」
「でもね、ひなたを守ってあげられるのは、私だけなの」
「ひなたちゃんを守ってあげられるのは朝日さんだけ!?」
月白さんは私の言葉に対して聞き返す。
「言葉の通りだよ。月白さんと最初に会ったとき、お父さんとお母さんは亡くなったって言ったよね」
「うん」
「お父さんとお母さんが亡くなったあと、お父さんの実家があるこの村に越してきて、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしてきた。でも、2年前におじいちゃんとおばあちゃんも相次いで亡くなってしまって、もうひなたのことを助けてあげられるのは私しかいないの」
「そうだったの」
月白さんは私の話を聞いて、いたたまれない表情になっていた。
「鹿栖さんが言っていたように、もしひなたを助けることができる力が私にあると言うのなら、私、戦う。巫女の力を使いこなしてみせる」
「確かに、朝日さんが巫女の力を使いこなせるようになれば、ひなたちゃんは助けられる。それに、私や千鶴さん、他の巫女でもそれはできないと思う。だけど、朝日さんがイザミと戦うことになれば、朝日さん自身が死んでしまう可能性はあるんだよ。それでもいいの?」
「そうだね。死んじゃうってひなたを1人にしてしまうことは、正直言って、すごく怖い。でもね、それと同じくらい、何もせずにひなたを死なせてしまうのも怖いの。どっちを選んでも後悔するのなら、私はやって後悔するのを選ぶよ」
もう誰かを、私のお父さんのように失いたくないから。
私の言葉に月白さんは納得できないのか、複雑な表情をする。
そして、月白さんはため息と大きな深呼吸をして、口を開いた。
「わかった、朝日さんがそういうのなら、止めない。でも、朝日さんに無理はさせられない。朝日さんが戦うというのなら、私と一緒に行動して」
「ありがとう、月白さん」
「一尾言っておくけど、まだ完全に納得しているわけじゃないからね」
月白さんは私に対して忠告をするように、人差し指を指す。
「うん、わかった。絶対に無茶はしない」
「本当に? そうかな——」
まだ月白さんは納得できていないのだろう。
少しあきれながら、半信半疑に私の方を見つめていた。
「それと朝日さんに聞こうと思ってたんだけど、あなたが持っている髪紐、一体どこで手に入れたの?」
「これ?」
私は自分の髪につけている髪紐を触る。
「この髪紐は私が小学生のときに、知らないお姉さんからもらったものなんだ」
「そうなの。朝日さんはその髪紐をくれた人にはもう一度会えたの?」
「うんうん、髪紐をもらってそれっきり会ってない。あのお姉さん、今どこで何をしてるんだろう」
「そうなんだ」
なんだか、思うことがあるのか月白さんは何か考えにふけているような様子だった。
「ごめんなさいね。さっきから朝日さんにキツイ言い方になっちゃって。それとありがとうって言わせて、朝日さん」
「急にどうしたの? 月白さん」
「私が話しやすいようにいろいろと話しをしてくれたでしょ」
「なんだ、そのことか」
「朝日さんといろいろ話ができて、おかげで話しやすかった。気遣ってくれてありがとう」
「うんうん、こちらこそだよ。月白さんと話せて楽しかったよ」
私も月白さんにお礼を言う。
その後、私と月白さんは病院の屋上から、ひなたと鹿栖さんが待つ病室に戻るのであった。
■■■
次の日の朝、私はひなたのいる病室に向かっていた。
扉を開くと、そこに目を覚ましていたひなたの姿があった。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ひなた、おはよう。ねぇ、聞いて、大事な話があるんだけど」
「何? お姉ちゃん?」
「先生から聞いたんだけど、ひなたは今すごく重い病気になっているんだ」
「え、そうなの!?」
ひなたの顔が不安そうなものになる。
「大丈夫だよ」
「えっ!? なんで?」
「ひなたの病気を治せる病院に移ることが決まったんだ」
「で、でも、移るってことは遠いんでしょ。お金は? 私、お姉ちゃんと離れ離れになっちゃうの?」
「それは気にしなくていいよ。ひなたの病気を治すために支援してくれる人がいるの。ひなたが遠い病院に移っても、私もひなたの近い場所に住まわせてくれるって」
「そうなんだ」
ひなたは私の言葉に対して、どこか納得できていない表情になる。
そのはずだ。とつぜん、今とは違う場所に移るというのだ。戸惑うのは当然だ。
でも、ひなたを助けることができるのはこれしかないんだ。
「何があっても、絶対にひなたは守ってみせるよ」
私はひなたの目を見ながら、ひなた、そして、私自身に言い聞かせるように、強く決意するのだった。
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