第3話 ⑦

 千鶴さんと話したあと、すぐに私と葵ちゃんは東にある海岸に移動した。


 移動しているもう日が落ち始めていて、うっすらと暗くなっていた。

 そして、感じる重く異様な空気が流れている。


 私の村でタタリ神が出てきた8月15日と同じ空気が。


 海岸に着くと、沖に多量のタタリ神が近づいているのが肉眼で確認できる。


「始めるよ、照子」


「うん、葵ちゃん」


 私と葵ちゃんはあの言葉を唱える。


「「神衣変身」」


 私と葵ちゃんは巫女の姿に変身する。


「葵ちゃん、後ろをお願い」


「分かった、照子、気をつけて」


 私はタタリ神たちがいる海岸の方に突っ込む。



 海からタタリ神たちも出てくる。


 タタリ神はクラゲのような姿をしていた。


 葵ちゃんや千鶴さんの言う通り、今回のタタリ神は海洋生物だ。


 クラゲは毒針を体内に持っている。

 普通のクラゲでも、刺されてしまうと、最悪の場合、死んでしまう。


 それがタタリ神ともなれば、さらに普通のクラゲよりも強力な毒を持っていてもおかしくない。


 私に毒の耐性があると言われているが、ぶっつけ本番だ。


 正直、すごく不安だ。

 でも、ひなたを、葵ちゃんや千鶴さんを、みんなを守るためなら、私は怖くない。


 私は、走る速度をさらに上げて、クラゲのタタリ神に近づく。


 すると、クラゲのタタリ神は私に気づいたのか、触手を素早く伸ばす。

 だけど、私にはタタリ神の攻撃が見える。

 瞬時に、私はその攻撃を避け、クラゲのタタリ神に向かって、炎の力を込めた右ストレートを叩き込む。

 私の炎の右ストレートを食らったクラゲのタタリ神は一瞬にして、消えていく。


 よし、まずは1体。


 私は周囲を見渡す。

 すると、次々とクラゲのタタリ神が海岸から出てきていた。


 1体1体確実に倒す。


 私は走って勢いをつけながら、そのまま飛び上がり、そのままタタリ神に左足の蹴りをぶつける。

 私の蹴りにタタリ神は消し飛んで行く。


 そして、私は着地と同時に体を回転させて、近くにいたタタリ神にも右足の回し蹴りをする。

 私の回し蹴りを受けたタタリ神も消えていった。


 私の攻撃は十分タタリ神に通じてる。

 このまま、タタリ神をすべて倒すんだ。


 突然、私の前にもう1体タタリ神が出てきて、私に触手で攻撃してくる。

 私は既のところで、タタリ神の触手を避ける。

 そして、そのまま、左ストレートの拳を勢いよく叩き込む。

 タタリ神は消えていく。


 タタリ神が消えた瞬間、私は周囲を見渡すと、そこには私の周りを囲んでいる多くのタタリ神だった。


嘘、囲まれた。

 もしかして、さっきのタタリ神は私の意識をそらすために、囮になっていたの。


 私の周りを囲んでいるタタリ神たちは一斉に私の方に触手を伸ばしてくる。

 私はその触手を避けるが、数が多い。


 まずい、全部避けきれない。


 その瞬間、私の上から大量の何かが飛んでくる。

 私の上に飛んできたもの。

 それは、弓矢の矢の形をしたものだった。


 その矢は、私の周りを囲んでいたタタリ神たちに突き刺さっていく。


 タタリ神たちは矢の攻撃にたまらず、消えていく。


 この矢。

 よく見ると、水だ。

 水の矢だ。


 こんなことができるのは、私が知っているかぎり、葵ちゃんにしかできない。

 私がそう思っていると、どこからか声が聞こえてくる。


「照子、大丈夫?」


 私は声のする方に目を向けると、海岸近くにある防波堤の上に立っている葵ちゃんの姿が見えた。


「ありがとう、葵ちゃん。助かったよ」


「当然よ、照子を絶対に守るって言ったんだから」


 ありがとう、葵ちゃん。

 葵ちゃんが私の後ろから援護してくれるこれほど頼もしいことはないよ。


「照子!! 足元!!」


「えっ!?」


 葵ちゃんの言葉に私はすぐに足元を見ると、触手のようなものが私の左足に絡みついていた。


 触手が伸びている方向を見ると、そこには海上に浮かぶクラゲのタタリ神の姿が。


 すると、タタリ神は触手を一気に引っ張り始めた。


 私は引っ張られまいと、踏ん張ろうとする。


 だが、海岸の砂地のせいで、うまく踏ん張れずに、私は足を滑らしてしまう。


 それを好機と捉えたタタリ神は一気に私を海の中に引きずり込む。


 海に入ってしまった私は、なんとか足元に絡まった触手を振りほどこうとする。


 しかし、しっかりと絡まった触手はびくともしない。


 まずい、呼吸ができない。

 くっ、苦しい。

 このままじゃ、意識がなくなる。


 私の意識が薄れ始めた瞬間、なぜか呼吸をするのが、楽になったような感覚に襲われる。


 あれ? さっきまで苦しかったのに、呼吸ができる。


 私は目を開くと、水でできた手のようなものが私の顔を覆っていた。


 これは、葵ちゃんが作った水の腕!?


 よく見ると、水の腕は、水面から伸びていることが分かる。


 よし、どういう理屈かは分からないけど、呼吸ができる今のうちに、この触手を取らないと。


 触手はしっかり絡まった状態で、簡単にほどけない。


 ほどけないなら、今触手を出してるタタリ神ごとを倒すしかない。


 私は、足元に絡まった触手を持って、そのまま力一杯引っ張る。


 クラゲのタタリ神も私に負けまいと、私を引っ張る。

 ダメだ。膠着状態になって、タタリ神を引っ張り出せない。


 だったら、これだ。

 私はさらに強く触手を引っ張りあげる。

 私がさらに強く引っ張ったことで、タタリ神もさらに強い力で私を引っ張り上げようとする。

 私はタタリ神がさらに強く引っ張るタイミングを見計らって、私は触手から手を放した。


 タタリ神は急に私が手を放されたことで、後ろに倒れるような形になる。


 さらに、私は一気に足から炎の力をジェット機のように噴射することで、体を前へ。

 タタリ神が私を引っ張った推進力と私の足から出た炎の力の推進力と合わせて、私は一気にタタリ神に急接近する。


 タタリ神は急接近した私に向かって、触手を伸ばして私を迎撃してきた。

 たけど、私は伸ばしてきた触手も既のところで避け、そして、そのままタタリ神に向かって私の右ストレートをぶつける。

 すると、私の足元に絡みついていた触手ごとタタリ神は消えていく。


 よし、これなら、海から出られる。


 私はそのまま海から出るために、私は上を目指す。

 すると、葵ちゃんが作った水の腕の大きさが大きくなり、私の体ごと包み込む。


 えっ!? 大きくなった!? なにこれ!?


 私が驚いていると、水の腕は私を包みこんだまま、海面から私を出させる。

 そして、そのまま水の腕は私を葵ちゃんのところに運んでくれた。


 私が葵ちゃんのところに着くと、すぐに水の腕は消えていった。


 私は水の腕が消えたと同時に、その場で着地する。


 すると、葵ちゃんが私の方に近づき、心配そうに話しかけてきた。


「照子、大丈夫!? ごめんなさい、私が海上にいるタタリ神まで攻撃できていたら、照子が海に落ちずに済んだのに」


「大丈夫。それより謝らないで、葵ちゃん。葵ちゃんが水の腕で助けてくれなかったら、私どうなっていたか。むしろありがとうだよ」


「照子」

 私の言葉に葵ちゃんが少しホッとしたのか、葵ちゃんの表情が和らぐ。


「葵ちゃん、少し気になったことがあるんだけど、葵ちゃんが作った水の腕が私の顔を覆ってくれたとき、私、なぜか海の中で呼吸ができたようになったんだよね。葵ちゃん、なにか知ってるの?」


「それは、八咫鏡の特性ね。八咫鏡の水と繋がったは、使い手である私と酸素や魔力などを共有する特性があるの。例えるなら、へその緒ね。赤ちゃんがお母さんのへその緒を通して、酸素や栄養をもらっているじゃない」


「なるほど、へその緒か。確かに、赤ちゃんはお母さんのお腹の中で息を吸ってないよね」


「でも、もし私が海でおぼれでもしたら、八咫鏡の水と繋がっている人も呼吸ができなくなるからそこは注意ね」


「良いことばかりじゃないんだね」


「そうね、あまり八咫鏡の水の特性にあまり過信しすぎない方がいいわね。それはそうと、照子、タタリ神がまだ海から上がってる」


 私は葵ちゃんの言葉を聞いて、後ろを振り返る。

 そこには、海から次々と陸に上陸するクラゲのようなタタリ神が。


「そうだね、葵ちゃん。私、倒してくる」


「わかった。でも無茶はしないでね」


「うん、無茶はしない」


 私は、タタリ神たちがいる海岸の方に向かって、飛んで行った。


 私はタタリ神に接近戦で挑みながら、次々とタタリ神を倒す。


 もう何分経ったのだろう。気がつくと、私はかなりのタタリ神を倒していた。

 しばらく、戦い続けていたからだろう。さすがに、少し疲れてくる。


 疲弊している私をあざけるように、次から次へとタタリ神が海から現れる。


 また出てきた。もうタタリ神はかなりの数を倒したのに、一体何体いるの?

 私は苛立ちそうな心を一旦落ち着かせる。


 冷静になるんだ。この状況は明らかにおかしい。

 私は考える。

 倒しても、倒しても何度もタタリ神が出てくるこの状況。

 どこかで経験したような。


 もしかして、村の祠の時と同じじゃ!?


 私はそう思って、後ろにいる葵ちゃんのいる場所に戻る。


「照子、どうしたの?」

 葵ちゃんは戻ってきた私に驚きながら、話しかけてきた。


「聞いて、葵ちゃん。タタリ神が倒しても、倒しても、何度も蘇っている感じがするの。村の祠の時みたいに」


「タタリ神が蘇る? 確かに照子がかなりの数のタタリ神を倒してくれたのに、出てくるタタリ神の勢いが変わらないのはおかしいわね」


「じゃあ、タタリ神が出てくる発生源みたいなところはないかな。村の祠がそうだったみたいに」


「おそらく、それはない。ここは神聖な霊脈が流れていて、そう簡単にタタリ神が出現できない場所なの。それにこの近くに神宮が建ったもの、もともとは、この神聖な霊脈を守るためだったから」


「タタリ神は簡単に出現できないか。それなら、タタリ神が復活する別の方法は考えられないの?」


「そうね、タタリ神自身が発生源になっている方法も考えられるわね」


「タタリ神自身が発生源になる?」


「言葉の通りよ。タタリ神自身が別のタタリ神を呼ぶ依代になるの。そして依代から呼び出されたタタリ神は倒されたとしても依代を倒されない限り、何度もタタリ神たちは蘇ることができる」


「依代のタタリ神を倒さないといけない。でも、どうしよう、葵ちゃん。ここにいるタタリ神の中から依代を探すなんて。そんな悠長なことできないよ」


「大丈夫、照子。私にいい考えがある」


「いい考え?」


「まず、私の魔力探知ですべてのタタリ神の位置を特定する。その後、八咫鏡で作った水の腕でタタリ神たちを1ヵ所に縛りあげて、タタリ神たちが動けなくなった隙に、照子が村の祠で熊のタタリ神を一撃で倒した炎の攻撃をして、すべてのタタリ神を消し去る。そうすれば、依代になったタタリ神をわざわざ探す手間も無くなる」


「なるほど、確かにそれはいい考えだね。じゃあ、葵ちゃんがタタリ神の位置を調べている間に、私が囮になって、できるだけ多くのタタリ神を海から陸にあげるのはどう? そうしたら、少しでも葵ちゃんがタタリ神を集められやすくなるでしょ」


「それはすごく助かるけど、照子は大丈夫なの?」


「大丈夫。葵ちゃん、私がタタリ神の攻撃を避けられているの、知ってるでしょ」


「それはそうだけど、まあいいわ。わかった、照子。任せたわ」


「うん、任せて」

 私は葵ちゃんにそう言って、海岸の方に再び戻る。


 そして、そのまま、私は海岸の近くに立って、手を鳴らしながら、こう叫んだ。


「鬼さんこちら 手の鳴るほうへ」


 すると、私の声に反応したのか、タタリ神たちは海の中から勢いよく出てくる。

 よし、私に食いついた。


 私は全力で走って、タタリ神たちから逃げる。

 できるだけ多くのタタリ神をおびき寄せるんだ。


「こっちだよ——」


 クラゲのタタリ神は触手を伸ばして、私を捕まえようとする。

 しかし、私はそれを難なく避ける。


 そこから、私はタタリ神を翻弄して、次々とタタリ神たちを海から陸にあげさせる。


「照子!! 準備ができた。後ろに下がって!!」


 葵ちゃんの声が聞こえてくる。


 私はその声に従って、後ろに下がた。

 その瞬間、水の腕が左右両サイドから出てくる。

 腕は海の方まで伸びる。

 おそらく、海の中にいるタタリ神を捕まえるのだろう。


 そして、そのまま、水の腕は陸にも海の中にもいるクラゲのタタリ神たちを引き上げ漁の網のように引っ張り上げ、タタリ神たちを1箇所に集めて、縛り上げた。


「照子!! 今よ!!」


「うん、葵ちゃん」


 私はタタリ神たちに向かって、右手の炎で攻撃しようとする。


 しかし、私は少しの不安が頭によぎる。

 本当にこの攻撃でタタリ神たちをすべて消し去ることができるのだろうかと。


「照子?」


 私は立ち止まって、右手の拳を強く握り始める。


 イメージするんだ。

 大きな相手を一瞬にして消し去るイメージを。


 私は右手にすべての炎の力を込めるイメージをする。

 右手がすごく熱く燃え上がる。

 すごく熱い。軽く火傷しているのが分かる。

 まだだ。まだ、これじゃ足りない。

 もっともっとイメージしろ。

 燃え上がる炎が、太陽のような炎が、私の右手の中にあるイメージを。

 一瞬にして大きな相手を消し去るんだ。


「うぅぅぅぅ、あああああ————」


「照子!?」

 葵ちゃんは私の方に駆け出そうとする。


「葵ちゃん、来ちゃ、だめ!!」

 私は必死に葵ちゃんを制止させる。


「で、でも」


「私は大丈夫だから。葵ちゃんはタタリ神を抑えてて」


「わ、分かった」


 葵ちゃんは再びタタリ神たちの動きをさらに拘束させる。


 葵ちゃんが作ってくれている隙に、タタリ神たちを消し去るんだ。

 もっとイメージを集中させるんだ。

 太陽が私の右手のあるイメージを。


 すると、私の右手から込めていた力が高まるのを感じる。

 もっとだ、もっと。


 そう確信した私は、タタリ神めがけて、右手の炎の力を解放する。

 すべての敵を焼き尽くす炎を。

 太陽を。


 私が握りしめていた右手を拡げた瞬間、私は自分でも知らないはずのこの技の名前を無意識に叫んでいた


「爆ぜろ!! 大文字(だいもんじ)——!!」


 放たれた炎がタタリ神たちを包み込む。


 そして、放たれた炎とともに、一瞬にしてタタリ神たちは消え去っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る