第2話 ③
突然のことで、私は何が起こったのがすぐに理解することができなかった。
「月白さん、どうしたの!?」
月白さんの行動に私は驚きを隠せないながらも、月白さんに顔をあげてと、優しく声をかける。
しかし、私の言葉を聞いても顔を上げず、声を出す。
「私はあなたに顔向けできない。私がいながら、あなたの妹さん、ひなたちゃんをあんな目にあわせてしまった」
月白さんは体を震わせながら、自らがしてしまった過ちを悔いているようだった。
「そんなこと言わないで。あのとき月白さんがいなかったら、私とひなたがどうなっていたか」
私は月白さんに対して、ひなたを助けてくれてありがとう、と感謝を伝える。
「でも、朝日さんを戦わせることになってしまった」
月白さんはゆっくりと頭を上げながら、そう言う。
「あれは私が勝手にやったことで月白さんは悪くないよ」
私は月白さんが自らを責めてほしくない気持ちを伝える。
しかし、月白さんはゆっくりと首を振りながら、口を開く。
「違う、そんなことない。私が最初に、朝日さんたちに会った時点で正直に話していれば、あんなことには。千鶴さんから聞いたでしょ。なぜ私が朝日さんたちの前に現れたのかを」
そして、月白さんは話し始める。
月白さんが私たち姉妹の前に現れた理由。
それは、私たち姉妹にある2つのことを伝えるためだった。
1つは、ひなたが神衣の巫女に選ばれたこと。
2つは、ひなたがタタリ神に狙われていること。
しかし、月白さんはこの2つを私にすぐに伝えなかった。いや、伝えることが怖かったのだ。
それは、ひなたにとって、私たち姉妹にとってすごくつらいことになるからだと。
巫女に選ばれた者は、タタリ神と倒すために戦い続ける者と巫女の力を持つ子供を生む者のどちらか2つになるそうだ。
ただ、どちらを選んでも、国の監視下の元で生きることになる。
さらに、国の機密情報の漏洩を防ぐため、今後、家族との関わりを一切失うことになってしまうのだと。
もしそれなれば、私とひなたは離れ離れになる。
ただ、月白さんは、このことにどうしても見て見ぬふりできなくなってしまったのだ。
私は月白さんになぜそこまで私たち姉妹に対して気を聞かせてくれたのか、と聞く。
すると、月白さんは私の目を真剣な眼差しで見ながら、言い切った。
「それは、最初に朝日さんたちを見たとき、すごく仲のいい姉妹に見えたから」
「そうかな。姉妹って普通あんな感じだよ」
月白さんに突然、こんなことを言われて、少し照れてしまった。
「そんなことない。朝日さんとひなたちゃんを最初に見た時、すごく仲が良く見えた。それに朝日さんご両親がいないって」
月白さんは恐る恐る言いにくそうに、言葉を付け加える。
月白さんの言う通り、私たちの両親はいない。
お母さんはひなたが幼いときに病気で、お父さんは4年前に起こった大地震の津波から私とひなたを守るために。
そのため、私の肉親は妹のひなただけ。
月白さんが思いとどまるのも当然だ。月白さんはすごく優しい。
私だって、ひなたと離れ離れになるのは嫌だ。あの子がいてくれたから、ここまで頑張ることができた。
私が月白さんの話を聞いて何も言えないでいると、月白さんが話し始める。
「私は朝日さんにそのこと伝える前に、あることをしようと思ったの」
月白さんがしようとしたこと。
それは、私たちが戦ったあの祠からタタリ神が出てこないための封印を施すことだった。
月白さんが言うには、あの祠は、タタリ神の元になる嫉妬や恨みなどの良くない氣や魂を1つに集めて、黄泉の国に送り浄化するための場所なのだそうだ。
ただ、黄泉の国につながっている以上、イザミはそこからタタリ神を起こりこむことも祠に集まった良くない氣や魂からタタリ神を生み出すことができてしまうらしい。
そのため、イザミが本格的に動き始める夜の時間が長い冬至の時期よりも早く封印を施す必要があったのだ。
しかし、月白さんが動く前に、なぜか先にイザミが動いてしまったことで、ひなたがタタリ神に連れ去られてしまう結果になってしまった、と月白さんは語る。
ただ、イザミが動く前に封印はできなかったが、ちょうど、タタリ神と祠で戦ったときに、千鶴さんが水の剣を祠に投げ、私が拳の追撃を浴びせたことで封印することができたみたい。
封印ができたことで、あの祠からタタリ神が送り込まれることもなくなり、そして、祠を中心としたタタリ神も倒すことができた、と月白さんは私にお礼をいい、また頭を下げる。
私は、「ありがとう月白さん。ただ私は精一杯やっただけだよ」、と言った。
月白さんにそう言ったあと、私は、ふと、ある疑問が浮かんできた。
私の頭の中で浮かんだ疑問。
それは、月白さんはあの祠のことを知っていたのに、なぜ私に祠の場所を案内させようとしたということだ。
月白さんは私の問いかけに対して、私といっしょにあの祠に向かう必要があったと語る。
正確に言うと、私やひなた、村に住んでいる人なら誰でもいいらしく、月白さんが私とひなたに最初に会った時、ひなたが祭りの会場に向かわないといけなかったので、必然的に私と行くことになったそうだ。
私は月白さんの話を聞いて、月白さんが私と絶対に行きたいということではなかったので、なんだかちょっと複雑な気分になっていた。ちょっと残念です。
私が少しショックを受けていると、また月白さんが話し始めた。
月白さんが、タタリ神を出てこないようにしたあの祠は、私が住んでいる霊脈を守っているもので、祠に悪さをされないために、村の外からきた人間、とくに月白さんのような巫女の力を持った人間が入れないようになっているそうなのだ。
ただ、例外があるらしく、私が住んでいる村の人や巫女の力を持たない人といっしょいると入れることができるらしい。
「あなたの妹さんを守るためとはいえ、朝日さんを利用する形になってしまって、本当にごめんなさい」
月白さんは再び頭を下げる。
「頭を上げて月白さん、ぜんぜん気にしてないよ。それに、月白さんは悪気があってやったわけじゃないんだよね。それに月白さんがいなかったら、みんなどうなっていたか」
私は月白さんに優しく感謝の気持ちを伝える。
「でも、あなたとひなたちゃんに迷惑をかけたことには変わらない。私が思いとどまらず、早くひなたちゃんを保護できれば、あんなことには」
月白さんは泣き出しそうな表情をして、自らを責めていた。
「そんなこと言わないで、月白さん。もし、月白さんの言うとおりにやったとして、結果はどうなっていたか分からなかったよ。むしろ全員で帰ってくることができただけで本当に良かった」
私は月白さんに優しく声をかける。
「朝日さん、ありがとう」
私の言葉が通じたのか、月白さんはゆっくりと顔を上げる。
月白さんの目には少しの涙が映りながらも、表情が柔らかくなっていた。
「ちょっと、2人とも私のこと忘れてない?」
私と月白さんが話していると、突然、誰かが私たちの間に入って声をかけてきた。
すごくびっくりした。私と同じように月白さんも目を見開いている。
私と月白さんは声の主の方に振り向く。
早く話をしたいのか、ウズウズしている鹿栖さんがそこにはいた。
「千鶴さん!! 急に話しかけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか!?」
鹿栖さんに急に話しかけられたことに怒ったのか月白さんは鹿栖さんに対して抗議する。
「だって—、ずっと—、照子ちゃんと葵の2人だけの世界だったから。私、話に入れそうになかったんですけど—。それになんで私がイザミのことに詳しいのか早く照子ちゃんに話そうよ—」
月白さんの言葉に対して、鹿栖さん拗ねたような表情をしていた。
「そうですけど、仕方ないですね」
「早く—早く—」
「本当、この人は」
「何か言った?」
鹿栖さんが月白さんに問い詰めるように、月白さんの顔を覗き込む。
「いえ何も」
鹿栖さんの顔を見ないように、そっぽを向く月白さん。
私はこの月白さんと鹿栖さんのやり取りを見ていて、不思議な気持ちになった。
客観的に見たら、2人の仲は悪そうに見えてしまうだろう。
でも、私はそう思わなかった。
なぜそう感じたかは分からない。おそらく、月白さんと鹿栖さんはお互いにどこか信頼しているからこそ、このやり取りをしているのだろうか、と私は思う。
2人のやり取りに割って入る感じで、私はなぜ鹿栖さんがイザミのことが詳しいのかを話してほしい、と伝える。
すると、鹿栖さんが「うん、いいよ、照子ちゃん。葵、話してあげて」、と月白さんに目線を合わせて、合図を送る。
鹿栖さんの合図を見て、月白さんは話し始めた。
巫女の力は、大きく分けて、2つの力があるという。
1つは、巫女の姿になる変身の力。
2つは、タタリ神を認識する力。
イザミによって鹿栖さんが奪われた力というのが、前者の変身の力なのだとか。
そのため、鹿栖さんは、あの祠で戦っていたときも、普通の人が認識できないタタリ神を見ることができたというのだ。
ただ、私はその説明を聞いて、ある疑問が浮かんでくる。
それは、鹿栖さんは巫女の姿になれないのに、タタリ神から私を助け出してくれた驚異の身体能力があるということだ。
私はそのことを月白さんと鹿栖さんに聞くと。
「それは、私がめちゃくちゃ鍛えたから」
鹿栖さんは私の疑問にえっへんと、自信満々に答える。
「それだけで、あのいっぱいのタタリ神たちの攻撃をすべて避けきったって言うんですか? 私、巫女の姿になったのに、月白さんにひなたと連れて逃げてもらうのを頼むのが、精一杯だったんですよ。本当に鍛えただけなんですか?」
私は鹿栖さんの言葉に納得できない。
私が納得できないでいると、月白さんが話しかけてきた。
「朝日さんがそう思うのは当然だと思う。この人、なんであんなに早く動けるのか。私でも分からないの」
「まあまあ、そんなに深く考えない。私ががんばって鍛えたら、できた。それで、いいじゃん」
鹿栖さんは全く意に介さない。
「千鶴さんが巫女になれなくなったせいで、タタリ神のトドメを刺すのは、い つ も!! 私の役目なんですけどね」
月白さんは鹿栖さんにあきれながら話す。
すると、鹿栖さんは月白さんに対して、ニヤとした表情になる。
「あ、葵。すねた」
「すねてません!!」
月白さんは顔を真っ赤にしながら、鹿栖さんに反論した。
「だって、しょうがないでしょ。巫女の姿にならないとタタリ神を祓えないんだからさ」
「それはそうですけど」
月白さんは鹿栖さんの言葉に少し納得をしながら、それでも不服そうな表情を浮かべている。
この月白さんと鹿栖さんのやり取りを見ていて、私はなんだか少し笑いが込み上げてくる。
「ふふふ」
気がつくと、私は自分でも知らないうちに笑っていた。思えば、今日1日、ひなたが連れ去られたり、タタリ神という化け物と戦ったり、現実離れしたことが私の目の前で起こりすぎたせいで、体に力が入りすぎていたのだろう。ちょっとずつだが、体の緊張がとけていくのを感じていた。
「あ、照子ちゃん、笑ってる」
鹿栖さんは私が笑ったことにすぐに指摘をしはじめる。
「ちょっと、千鶴さん、話はまだ。もう、朝日さんもなんで笑ってるの?」
月白さんは不満そうな言葉をかけるが、その表情には少し笑みがそこにはあった。
「だって、2人のやり取りが面白くて」
気がつくと、鹿栖さんや月白さんも笑っていた。
私たちが話していると、とつぜん、誰かの声が聞こえてくる。
「いたいた、朝日さん、すぐに来てください。妹さんの意識が戻りましたよ」
私が振り向くと、そこには女性の看護師さんが私たちの方に全速力で走って向かって来ていた。
うそ、ひなたの意識が戻ったの。もし本当なら、早くいかないと。
私はこの事実に少し安堵し、私は看護師さんに言われるように、ひなたがいる病室に向かうのだった。
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