第2話 ②

 私たちはひなたをつれて、すぐに山を下りた。

 村に戻ると、村中のみんなにめちゃくちゃ怒られた。

 しかし、ひなたの容態が良くなく、すぐにとなり町の大きな病院へ行くことに。


 その後、病院で処置をしてもらい、今はひなたの容態は安定している。

 ただ、ひなたはまだ意識を回復させていない。


 さらに、月白さんも今は治療を受けている状態だ。


 今は夜の20時。


 私はひなたが眠っている病院の一室から少し離れた病院の広場で、私と鹿栖さんだけになっていた。


「鹿栖さん、教えてください。あの祠で起こったことは一体なんだったんですか!?」

 私は声を荒らげてしまう。なぜなら、あまりにも現実離れしたことが起こりすぎていたからだ。


「まずは落ち着いて照子ちゃん。え—っと、何から話そうか?」

 鹿栖さんは少し慌てた表情で私が冷静になるように答える。


 そんな鹿栖さんの慌てた表情を見て、私はすぐに我にかえる。

 鹿栖さんに怒ってもしょうがない。そう思うと少しだけ冷静になれた。


「ごめんなさい。じゃあ、私から質問させてください」


「うん、わかった。いいよ」

 私の言葉を聞いて安心したのか、鹿栖さんの表情に少し笑顔をのぞかせていた。


 私はひと呼吸をおき、口を開く。


「あの祠で見た野犬やクマ、影はいったい何だったんですか?」


「あれは『タタリ神』という化け物なんだ」


「タタリ神!?」

 鹿栖さんの口から出てきた言葉に、私は戸惑い、オウム返しするしかない。

 鹿栖さんは私があまり理解できていないことを察したのか、言葉をつけ加えた。


 鹿栖さんが言うには、タタリ神は目には見えない悪霊みたいものなのだと。

 ただ、私はある疑問が浮かぶ。


「目に見えない悪霊ってことは、幽霊ってことですよね。でも、私、霊感なんて全然なくて、それでも見えましたよ」

 なぜなら、私は生まれてこのかた、幽霊なんて1度も見たことないからだ。


 私の言葉を聞いた鹿栖さんは手を口に当てながら、すこし考えるような仕草をする。


「なんで霊感のない君でもタタリ神が見えたかというと、あのときは、人の死に際などの特殊な状況だったからだと思うんだ」


「特殊な状況?」

 私は鹿栖さんの言葉に聞き返す。


「ねぇ、照子ちゃん。今日は何の日かな?」

 すると、鹿栖さんは私に質問を投げかけた。


 私は、今日は8月15日の村の夏祭りの日と、答える。


「そうだね。もっと違う言い方をすると」

 鹿栖さんは私の答えに対して、ちょっと残念そうな表情をしながら、さらに質問してきた。


 別の言い方? なんだろう。私はすこし考える。


「終戦の日? もしかしてお盆ですか?」

 私は鹿栖さんの表情を見ながら、さっき考えたキーワードをゆっくりと答えた。


「その通り」

 鹿栖さんは私の答えに正解と言わんばかりな表情をする。


 鹿栖さんが言うには、お盆は、あの世ご先祖様の霊が、私たちの住むこの世に帰ってくる時期で、あの世とこの世が結びつきやすい日になっているそうだ。


 また逆もしかりで、この世に生きている私たちもあの世に入りやすくなってしまうらしい。


「つまり、あの世とこの世があいまいになっていたから。私がタタリ神を見えたってことですか?」


 鹿栖さんは、私の言葉に対して、ニヤッと笑みを浮かべてうなずく。さらに、鹿栖さんは私が察しのいい会話できたのか、「照子ちゃん、頭いいね!!」、と言う。


 私はそう言われて、遠慮しながら、お礼を言った。鹿栖さんにほめてくれたのはうれしかったのだが、なんだか子供扱いされているかのような複雑な気持ちになっていた。

 なによりひなたの容態が未だ分かっていない以上、喜んではいられない。


 話題はタタリ神に戻る。


 鹿栖さんが言うには、タタリ神は、人の妬みや後悔などのネガティブな感情が集まることで生まれる。

 そして、タタリ神が生まれた影響で、事故や事件、最悪の場合、災害が起こってしまうそうなのだ。


「ニュースで流れてくる事件もタタリ神の影響があるんですか!?」

 私はタタリ神の話を聞いて、鹿栖さんに問いかける。


「そうだよ。ほとんどの事件が少なからずタタリ神の影響を受けてる」

 鹿栖さんは私の疑問に答えた。


 また、タタリ神がいることで、事故や事件などが起こっている事実を日本の政府や警察も秘密裏に知っていて、さらに世の中に公表せずにしているのだと。


 さらに、タタリ神は普通の人は認識することもできず、現代兵器などでは倒すことができないそうなのだ。


「そっ、そんな!?」

 私は絶対に知ることがない世の中の裏側にすごく動揺していた。

 なぜ、私が動揺していたからと言うと、私にとってあまりにも現実離れしたことを鹿栖さんはすごく身近で起きている出来事のように話していたからだ。


 タタリ神という化け物が私たちの身近にいることに、すぐに受け入れられそうにないが、この目で見てしまった以上、納得するしかない。


 私が動揺していることに鹿栖さんが察したのか、鹿栖さんは口を開く。


「だが、そんなタタリ神に対して対抗策がまったくないわけじゃない」


 対抗策という言葉を聞いて、私はある仮説が頭をよぎる。


「それが、私に目覚めたあの力ですか?」

 私は自らが考えた仮説が当たっているかを鹿栖さんに尋ねた。


「正解、その通りだよ」


 鹿栖さんは笑顔になりながら、さらに言葉を付け加える。

 鹿栖さんが言うには、私に目覚めた力こそ、タタリ神を唯一倒すことができる力だと。


 さらに、タタリ神から私とひなたを守ってくれた月白さんもタタリ神を唯一倒すことができる力を持っていると鹿栖さんは語る。


 そして、タタリ神の存在を知る人たちの周りでは、タタリ神を唯一倒す力を持った人たちのことを『神衣の巫女(かむいのみこ)』と呼ばれているそうだ。


「かむいのみこ?」

 私は鹿栖さんの口から出た聞き慣れない言葉に首をかしげる。


 すると、鹿栖さんは口を開き、神衣の巫女について話し始めた。


 神衣(かむい)とは、書いた文字のとおり、神の力のある衣(ころも)できた服のことで、選ばれた女性にしか、神衣を身にまとうことができないそうだ。


 ちなみに、ひなたと月白さんをタタリ神から守るために、私がタタリ神と戦ったときに身にまとっていた服こそ、神衣なんだとか。


 そして、鹿栖さんは、私、朝日照子がタタリ神を倒すことができる神衣の巫女に選ばれたと言った。


「どうして、私、なんですか? 今までずっと普通の生活をしてきました。思い当たる節がありません」


 鹿栖さんの言葉に、私は慌てながら尋ねる。

 どうして、私がその神衣の巫女に選ばれたのだろう。

 本当に思い当たる節がない。その巫女の力というものが私に宿っているのであれば、絶対何か気づくきっかけがあるはず。


 何度も言うが、私は生まれてこのかた、霊感なんてなく幽霊を1度だって見たことがない。ましてや、タタリ神というあんな化け物を1度見てしまえば、忘れたくても忘れられないそんな自信が私にはある。


 しかし、私の問いかけに鹿栖さんの出した返答はあまり私が望むものではなかった。


「じつは、私もなぜ君が巫女になれたか分からないんだ」


「そうなんですか? 巫女のことを知っている鹿栖さんでも分からないんですか?」


 私は、鹿栖さんの言葉にすこし落胆する。

 しかし、鹿栖さんは続けて口を開く。


 私が巫女になれた理由はあるにはあると。

 私が巫女になれた理由。それは私の妹、ひなたのことにも関わってくることだと鹿栖さんは言う。


「ちょっと待ってください!? なんで、今、ひなたのことが話に出てくるんですか?」

 私は鹿栖さんの言葉の意味がすぐにはわからなかった。

 なんで、ひなたのことが話に出てくるの。

 私が巫女になった理由がひなたと関係があるのだろうか。


 鹿栖さんは私の言葉にこう答えた。


「本来、巫女に選ばれたのは、君の妹さんだったんだよ」


「っ!?」

 私は鹿栖さんの言葉をただただ聞くことしかできなかった。

 ひなたが本来、巫女に選ばれた。どういうことなの?


 鹿栖さんは続けて話した。


 なぜ、月白さんが私たち姉妹の前に現れてきたのか。

 それは、妹のひなたが巫女に選ばれたことを伝えにきたのだと。

 ただ、それを伝える前に、ひなたがタタリ神の襲撃を受けてしまい、私に話している暇がなかったことも。


 私は、鹿栖さんが話してくれたことを聞いて、納得できていないことがあった。

 それは、なぜあの子が、ひなたがタタリ神に襲われないといけなかったのかだ。

 私は鹿栖さんに問いかける。


 私がどんなに考えても、タタリ神に襲われる理由やきっかけに思い当たる節がなかったからだ。


「それはね。君の妹さんを狙っているヤツがいたからだよ」


 鹿栖さんは私の問いかけに真剣な目を私に向けながらそう答えた。


 私はひなたを狙った人は一体誰なのかと尋ねる。

 鹿栖さんはひなたを狙った犯人の話をする。


 ひなたをタタリ神に襲わせた犯人の名前は、黄泉津(よもつ)イザミ。

 黄泉津イザミは、別名、この世界を創造した神の一柱、イザナミ。

 彼女は死の世界である黄泉の国を治める神であり、タタリ神の長であり、今回の1件であるひなたをタタリ神に連れさらわせた事件の首謀者というのだ。


 私はイザナミの名前を聞いて、鹿栖さんの言葉を疑った。

 なぜなら、とつぜん、伝説や神話の話に出てくるあの神様の名前が出てきたのだから。

 ただ、タタリ神がいるというのなら、イザナミが本当にいても不思議ではないのだろう。


 そして、イザミの目的を鹿栖さんが語る。

 イザミは、ひなたの体を手に入れて、この世界を滅ぼそうとしているのだと。


「ひなたの体を手に入れて、この世界を滅ぼす!?」

 私は何がなんだか分からなくなる。神様が私の妹を狙っている上に、世界を滅ぼそうとしているという話が私の理解力を奪っていた。


 私は混乱しながらも、ある疑問が浮かんだので、鹿栖さんに問いかける。


「なんで、神様が私の妹を狙うんですか?」


 鹿栖さんは私の問いかけに対して、指を口に当てながら考える。

 そして、私の顔を見ながら、話し始めた。


 鹿栖さんが言うには、イザミにはある弱点があった。

 それは、私たちが住んでいるこの世界に活動することができないということ。


 日本神話の話だ。

 イザナミはイザナギとこの世界を作り、数々の神々を産み落とした。

 しかし、最後に産んだ火の神:カグツチの炎で火傷を負ってしまい、死んでしまう。


 イザナミは死んだことで、黄泉の国に行き、黄泉の国の食べ物を食べてしまったことで、黄泉の国の住民になってしまった。

 そのため、イザナミはこの世界で活動することができなくなってしまったのだ。


 イザナミ、もとい、イザミがひなたを狙う理由。

 それは、この世界で活動するための体を手に入れること。


 さらに、ひなたが受け継ぐはずだった巫女の力を恐れていたというのだ。

 正確には、その巫女の力は私の力になったんだけど。

 鹿栖さんが言うには、私のこの巫女の力は炎の力で、イザミにとってすごく相性が悪いなのだとか。


 そのため、イザミにとって脅威になる前に、ひなたの体を手に入れることで、この世界で活動するための体の入手とイザミにとって脅威になる力の抹消を同時にしようと考えたそうだ。


「ただ、ヤツからすれば誤算だったろうね。なんせ、タタリ神でひなたちゃんを確保したのに、そのお姉ちゃんである照子ちゃんに巫女になっちゃったんだからね」

 鹿栖さんは、イザミの立場で考えると同情しちゃうよ、とすこし残念そうな、でもイザミの思い通りにならなかったことが良かったのか嬉しそうな表情を浮かべながら、そう言った。


「でも、やっぱりおかしいですよ。本来、巫女の力はひなたに受け継がれるはずだったのに、なぜか私に巫女の力が使えるようになるなんて。何か深い理由がないと納得できません」


「でも、別にいいんじゃない? 照子ちゃんは妹さんとは姉妹で血縁関係だったから、巫女の力を受け継ぐことができた。それだけだよ」


 鹿栖さんはそう言うが、私はやはり納得できなかった。

 いくら、私とひなたが姉妹だからと言って、本来ひなたの力だったものが、私の力になるのはあまりにも無茶があると感じたからだ。

 何かとんでもないリスクがあってもおかしくない。だけど、巫女になってから少し時間が経っているが、今は体に何か違和感のようなものはなかった。

 私が納得できずに考え込んでいると、鹿栖さんが声をかける。


「でも、いいんじゃない、無事に力は受け継がれたわけだし。徐々に慣れていけばいいさ」

 鹿栖さんは私の肩を少しポンっと軽く叩きながら、立って、背伸びをする。


 そして、小さな声で、鹿栖さんがつぶやく。


「それに、君にはやってもらいたいこともあるし」


「やってほしいこと?」

 鹿栖さんがつぶやいた言葉に対して私は聞き返す。


「まあ、今すぐにやってほしいわけじゃないんだ。詳しいことはあとで話すよ」

 鹿栖さんはなにやら私の質問をはぐらかした。

 鹿栖さんが言った、私にやってほしいことは一体なんだろう。

 すごく気になるが、私がこれ以上聞いても、鹿栖さんに、はぐらかされると思い、私は話題を変えた。


 私の妹を神様が狙っているというのは、あまりにも話のスケールが大きすぎるせいか、やっぱり納得できていない。タタリ神や巫女のことは実際にこの目で見たから納得できるのだが。

 私は少し考えた後、鹿栖さんに、なぜ世界を滅ぼそうとしているイザミことイザナミをここまで詳しく知っているのか、と私は問いかけた。


「それはこの人がそのイザナミに襲われて巫女の力を失ったからよ」

 突然、私と鹿栖さんとは違う誰かの声がした。

 声がする方向に振り返ると、そこには額に包帯を巻いている月白さんの姿が。


「月白さん!!」

 私は驚きのあまり大きな声を出してしまう。

 月白さん。元気そうで本当に良かった。

 私は彼女の近くに駆け寄る。


「おっ あ—お—い! 元気そうでよかった、よかった」

 鹿栖さんも月白さんの姿を見て安心したのか、嬉しそうな声が聞こえる。


 私が月白さんの前に立った、その瞬間。


「朝日さん、ごめんなさい!!」

 突然、月白さんが私に対して頭を下げたのだ。

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