第2話 ①
私が月白さんに言った『みんなが助かる方法』
それは、月白さんが私を助けてくれたように、私自身が戦うこと。
うまくいくかどうかは分からなかった。
でも、何もしなければ、ひなたも月白さんも私を含めて全滅だ。
今の私ができることはこれしかない。
考えるよりも先に体が動いていた。
私の体をゆうに超えるほどのクマのような化け物に向かっていくのは、すごく怖かった。
危険なのは分かっている。
だけど、もう大切な誰かを失いたくない。
私の目の前で大切な人が死ぬのはもう嫌だ。
月白さんと同じような姿に変わることができたのは、正直びっくりした。
まさか本当にできるなんて。
しかし、私は驚いてばかりではいられない。
なぜなら、化け物が私をめがけて襲いかかってくる。
すると、私の頭の中に何かが流れ込んでくる
私がどう戦えばいいのか。
どうすれば、あの化け物を倒せるのか。
気がつくと、私の体は自然と動き、私は化け物を殴りつけていた。
私の拳を受けた化け物は黒い霧を出しながら消えていく。
化け物が消えたあと、すぐに私は月白さんの方に駆け寄る。
「月白さん、大丈夫!?」
私は月白さんに話しかける。
しかし、月白さんからの返答が来ない。
目の前で起こったことに動揺しているようだった。
「月白さん?」
「っ!?」
急に月白さんが私の腕をつかんだ。
「え、どうしたの? 月白さん」
「朝日さん、右手を開いて見せて」
私は月白さんの言う通り、右手を開いて見せる。
「やっぱり、ない。本当にできてる」
月白さんは私の右手を見て、ショックを受けていた。
「えっ、月白さん、どうしたの?」
「ごめんなさい。私がいながら、あなたにあんな無茶をさせてしまった」
「そんなこと言わないで、月白さん。誰も悪くない。あのまま何もしなかったら、みんな死んじゃってた。本当にうまくいって良かった。」
「ありがとう。でも、まさか、朝日さんが変身できてしまうなんて」
月白さんは私が無茶をさせてしまったことよりも、私の姿が変わったことにショックを受けているようだった。
そんな月白さんの反応を見て、私は、実はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
「嘘、なんで!! 早すぎる。」
とつぜん、月白さんは声をあげる。
私が振り返る。
すると、そこには無数の影のようなものが、私の後ろから取り囲んでいたのだ。
ここに来るときに見た野犬やクマのような化け物から出ていた影と同じものに見える。
さっきクマのような化け物は確かに倒したはずなのに。
私が影の存在に気がついたと同時に、影たちが群がってくる。
しかし、ひなたと月白さんには目もくれず、私だけに群がってくる。
2人の方に行かなかったのは、不幸中の幸いだった。
私は2人を影から遠ざけるために、走り始める。
しかし、影の動きが早く、私はすぐに追いつかれてしまう。
さらに、影の数が多すぎるため、次から次へと私に覆いかぶさってくる。
黒くドロドロとした影が私を覆い被さりながら、私の体を押しつぶす。
苦しい。
呼吸ができない。
いっ、意識がだんだん薄れていく。
「朝日さん、早く逃げて———!!」
月白さんの叫び声が聞こえてくる。
「つっ…、つき…、しろさん、ひ…、ひなたを…、おっ…、おねがい…っ…」
私は薄れていく意識の中で声を絞り出す。
まずい。
意識がなくなってきた。
ひなた、月白さん、早く逃げて。
月白さん、ごめん。
『みんなが助かる方法』を言っておきながら、私を犠牲にする方法しかなくて。
これじゃ、お父さんといっしょだ。
私が死んでしまったら、ひなたが本当の1人になってしまう。
もうダメだと諦めかけた瞬間、とつぜん音がなった。
音がなった後、息苦しさがなくなり、呼吸がしやすくなる。
そして、なんだか体が浮いているような不思議な感覚が襲ってくる。
薄れていた意識の中、声が聞こえてくる。
「ありがとう、君のおかげで間にあったよ」
だんだん意識が戻ってきて、声がした方に目を向けると、金髪で首元まで伸びたショートボブカットの女の人が私を見ていた。
あたりを見渡すと、私はこの女の人にお姫様抱っこされていたことに気がつく。
何これ、どういう状況!?
「大丈夫―? 葵」
私を助けくれた女の人は月白さんに話しかける。
「ち、千鶴さん!?」
月白さんは私よりもこの女の人に対して驚いていた。
月白さんはこの千鶴さんという女の人を知っているようだ。
「千鶴さん、今回は、来れないって言ってじゃないですか!?」
「そうなんだけどね、可愛い後輩が心配なんで、お仕事をすぐに終わらせてきっちゃった。私にそう言えるんだから、元気そうだね。」
「それ、この前も言ってましたよね。私の任務が終わった時に!!」
「あの、すみません、話しているところ、申し訳ないんですが、下ろしてもらっていいですか?」
私は千鶴さんという人に声をかける。
お姫様抱っこされ続けるのはなんだか忍びない。
「あ、そうだった。ごめんね。」
下ろしてもらったあと、私は千鶴さんという人の方を見る。
彼女の服装は黒のタンクトップに茶色のジーンズだった。
しかも、へそ出し。
月白さんよりも高い背丈をしている。
「私の名前は鹿栖千鶴(かさいちづる)。君、名前は?」
「わ、私は朝日照子って言います。」
「照子ちゃんね。よろしく。」
鹿栖さんは私に手を出してくる。
「はい、こちらこそ」
鹿栖さんに差し出された手を私は握手した。
私たちが話していると、影みたいなものがまた出てくる。
「おっと、まだタタリ神がいたのか。」
「ダメです、千鶴さん。ヤツらを祓っても意味がありません。おそらくですけど…」
「あーうん、そういうことね。ここにいるのとは別の場所に核にあるわけね。」
「はい、ただ、さっきから私の魔力探知で核を探しているんですが、タタリ神の数が多すぎてどこに核があるのかが分からないんです。」
「わかった。つまり、今いるタタリ神たちの数を減らせってことね。」
何やら、2人しか分からない会話をしている。
「あ、そうそう照子ちゃん。」
「え、私ですか。」
「君、いいパンチを撃ってたね。」
「ありがとうございます。」
「お姉さんに力を貸してくれない?そうしてくれると、すごく助かるの。」
「ちょっと待ってください、千鶴さん。いいパンチって、まさか朝日さんが戦ってたところを見ていたってことでしょ。なんでこのタイミングになったんですか!?」
月白さんは鹿栖さんの行動に対してツッコんでいた。
「いやー、ヒーローは遅れてやってくる的な~。まあ、助けられたんだから、結果オーライでしょ!!」
「本当—、この人は」
鹿栖さんの言葉に対して呆れ果てる月白さん。
「だってしょうがないじゃん。葵、今すぐに動けないでしょ。」
「まあ、それはそうですけど」
鹿栖さんの言うとおりだ。
私とひなたを助けるために、クマのような化け物の攻撃を受けて、頭から血が流れてしまったのだから。
私が渡したハンカチで血を止めているが、無茶をすれば死んでしまう。
「どうする? 朝日さん」
鹿栖さんは私に目を合わせながら問いかける。
「やります。私で良ければ」
「よし、オッケー」
私の返事を聞いた鹿栖さんはニッと笑顔を作って笑いかける。
「ちょっと千鶴さん!! 話はまだ終わってません」
「はいはい。いこう、照子ちゃん」
私の肩をポンっと叩きながら、私のことを名前で呼ぶ鹿栖さん。
「あっ、そうだった」
鹿栖さんが何か思い出したようだ。
「葵。水の短剣作って。それぐらいできるでしょ」
鹿栖さんは月白さんにお願いをする。
「わかりましたよ」
月白さんは両手をかざすと、そこから水の短剣が出てくる。
何もないところから出てくるなんて、本当に不思議だ。
月白さんは鹿栖さんに水のような短剣を投げて渡す。
「うん、いいね。ありがとう」
月白さんはなんだか不服そうな表情をしていた。
2人はいつもこんなやり取りをしているのだろうか。
「ねぇねぇ、照子ちゃん」
「はい、なんですか。鹿栖さん」
「照子ちゃんは私が言うタイミングでパンチを撃って」
「えっ、それだけでいいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。それだけでいいから」
「わっ、わかりました」
「じゃあー、反撃開始だ!!」
そう言うと、鹿栖さんは影の方に走り出す。
さらに、鹿栖さんは膝を曲げながら足に力を入れて、飛び上がる。
しかも、驚くことに鹿栖さんが飛び上がった高さは、なんと自身の身長よりも2~3倍ほどだったのだ。
うそ、人ってこんなに飛べるの!?
そして、そのまま鹿栖さんは影たちの群れの真ん中に飛び込んだ。
影たちは突然、鹿栖さんが飛び込んできたのに驚いたのか、鹿栖さんを避ける。
すると、影たちの群れの中にすっぽりと鹿栖さんが立てるほどの空間ができていた。
「ほれほれ、魔力のこもったものがあると、さすがに私を無視できないでしょ」
鹿栖さんは余裕の笑みを浮かべながら、月白さんが作った短剣を見せびらかす。
影たちが取り囲んでいるのに、あんなことをして大丈夫なのだろうか?
私の悪い予感が的中する。
鹿栖さんに反応したのか、影たちが次から次へと鹿栖さんに襲いかかったからだ。
鹿栖さん危ない。
しかし、鹿栖さんはひらりひらりと影たちを避けていく。
それは、まるで掴もうとして掴めない落ちる木の葉のようだ。
すごい、鹿栖さん。あの影たちを完全に手玉にとってる。
「どうした、どうした? 私はこっちだぞ——」
無数の影たちを手玉にとっている鹿栖さんは影たちに挑発する。
その挑発に反応したかどうかは分からないが、1体の影が飛んでくる。
しかし、鹿栖さんはひらりとかわす。
そして、その影が私の方向に来る。
わっ、私の方向に来た、どうしよう。
「照子ちゃん、今だよ!! そのままパンチ撃っちゃって」
突然、鹿栖さんが私に声をかけてくる。
「はいっ!!」
私は右手を構えて、拳を前に出す。
すると、私の拳に影が吸い込まれるようにぶつかってくる。
影が拳にぶつかると、影が黒い霧を出しながら消えていく。
やっ、やった。
「よし、照子ちゃん、いい感じ」
振り向くと鹿栖さんが笑顔で私を褒めてくれた。
「この調子でどんどんやっていくよ」
鹿栖さんがそう言うと、もう一体の影が私の方に来る。
私は焦らずに、影に拳をぶつけていく。
拳に当たると影が消える。
次から次へと影を私は消していく。
よし、いける。
私も戦える。
この要領で私と鹿栖さんとで影を倒していく。
だんだん影の数が減っていく。
「千鶴さん!!」
突然、月白さんが声をあげる。
「タタリ神の発生源がわかりました」
「うん、どこ?」
鹿栖さんが月白さんに問いかける。
「あの祠から感じます」
「オッケー」
すると、鹿栖さんは月白さんが作っておいた水の短剣を祠に向かって投げる。
祠の方に短剣がぶつかると、そこから黒い霧でできた渦のようなものが見えてくる。
そして、短剣から水が出てきて、その黒い渦を取り囲んでいく。
「よし、仮止めだけど、封印はできた。照子ちゃん!!」
鹿栖さんが私を呼ぶ。
「はい!!」
「そのまま、めいっぱい力をこめて、あの渦みたいなの殴っちゃって」
「わかりました」
思いっきりの力をこめろ、私!!
私は目をつむって、右手に力をこめる。
すると、私の右手から何か強いものを感じる。
目を開けると、私の右手が炎に包まれていた。
えっ!! 炎、なんで。でっ、でも熱くない。それにすごく安心する。
何がなんだかわからないが、言われた通りにやるしかない。
「はぁあああ!!!!」
私は黒い渦にむかって、渾身の右ストレートを放つ。
右ストレートが黒い渦に直撃すると、私の右手の炎がさらに大きくなり、黒い渦をあとかたもなく消え去った。
黒い渦が消え去ると、鹿栖さんのまわりにいた影たちが次々と消えていく。
うまく、うまくいったんだ。よかった。
「照子ちゃん、よくやったね。もうここは安心だよ」
鹿栖さんのその言葉を聞いた私の体は安心したのか。
私はその場で崩れ落ちながら倒れそうになる。
「おっとと、危ない、危ない」
気がつくと、鹿栖さんは私が倒れないように抱えていた。
緊張がとけたのか、一気に痛みが私の全身に伝わってくる。
「大丈夫? 照子ちゃん」
鹿栖さんが私に声をかける。
「はい、なんとか」
「そうそれなら安心」
笑顔になる鹿栖さん
「ところで、さあ、照子ちゃん。疑問に思ったんだけど」
鹿栖さんが私に質問する。
「えっ、はい、なんですか?」
「なんで君、変身できたの?」
「そっ、それは。こっちが聞きたいですよ———!!」
「あ、葵!!」
鹿栖さんは困ったのか月白さんに声をかける。
「聞かなくても、千鶴さんの見てのとおりですよ」
月白さんは呆れながら、鹿栖さんに対して答える。
「あ、あ~の、月白さんのマネをしたらできました」
「え、嘘!? マジ!?」
『マジです!!』
私と月白さんの声が重なる。
「ふーん、どれどれ」
鹿栖さんは近づいて私の姿をまじまじと見る。
こんなに近くで見られると、なんだかすごく恥ずかしいな。
照れちゃう。
「本当だ。ちゃんと変身できてる」
私の姿を見て、千鶴はほほえんでいた。
「あの、ちょっと、いいですか?」
「うん、なに?」
「どうしたら、もとの姿に戻れるんですか?」
「あっ、あ~、葵。教えてあげて」
「分かりました」
「朝日さん、いい? 胸に手を当てて」
「うん、こう」
私は胸に手を当てる。
「そのまま、力を胸と手の間に集めるイメージをする」
「分かった」
私は呼吸を整える。
すると、体の中から力が込み上げてくる。
そして、頭からつま先までにある力を胸と手の間に持っていく。
力が一点に集まり、石のようなものになるのを感じた。
目を開けると、私の手の中に1つの勾玉がそこにあった。
ゆっくりと自分の体を見る。
そこには普段の私の服がそこにあった。
戻ったんだ。
「よし、うまくいったね」
「そうですね」
鹿栖さんと月白さんが話していた。
ふと、冷静になると、私はある疑問が浮かんでくる。
「あっ、あの、すみません。鹿栖さん、月白さん、教えてください。この状況はいったいなんだったのか」
「分かった。私から話そう」
鹿栖さんが答える。
「この状況を生み出した犯人のことを」
鹿栖さんが何かを言おうとした。次の瞬間。
ゴホゴホと誰かが咳き込んだ。
声の主を探すために振り向くと、咳き込んでいたのは、私の妹、ひなただった。
「おっ…、ねえ…ちゃん…っ…」
「ひなた、ひなた。大丈夫!? お姉ちゃんだよ」
私はひなたの方に駆け寄る。
「うう、胸が、胸が苦しい」
よく見るとひなたの首あたりが赤く腫れ上がっていた。
なにこれ、ひどい状態だ。
「うっ…」
ひなたが気を失ってしまう。
「ひなた、ひなた。ひなた———」
気を失ったひなたをただただ私は、叫ぶことしかできなかった。
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