第1話 ③

 私の前で何かを唱えた月白さん。


 すると、月白さんの体が光に包まれ、姿に変化が。


 月白さんの長い黒い髪の裏側が青色に光り輝きはじめる。


 そして、月白さんの服装に変化が。

 月白さんの変化した服装を一言で言い表すと、まるでアニメで出てくる和風の魔法少女のようだった。


 月白さんの変化した服装の特徴は青色がメインの色で、上の服は半袖の袴(はかま)、下はスカートになっている。


 月白さんは、右手を横向きで上に、左手を横向きで下に置いて構えに入った。


「八咫鏡(やたのかがみ)」


 月白さんが何かを唱える。

 すると、彼女の手と手の間から水があふれてくる。


「双剣(そうけん)」


 さらに、言葉を言うと出てきた水は形を変えて、2本の剣のような形になった。


 野犬が月白さんに襲いかかる。

 野犬のするどいキバや爪で月白さんの喉元を切り裂こう飛び込んでくる。

 月白さん、危ない。


 しかし、月白さんは野犬よりも速い動きで野犬に近づく。


 気がつくと、月白さんは野犬の後ろに、すでに水の剣を振り下ろしていた。


 野犬は動かない。

 次の瞬間、野犬の胴体が真っ二つになる。

 そのまま野犬が黒い霧となって消えていってしまった。


 いったい何が起こったの?

 私は呆然と立ち尽くしていた。


「月白さん!!」

 私は月白さんにかけよる。


「さっきの何?どういう状況。よく分からない化け物が襲ってくるし。月白さんの服が一瞬で変わるし。何がなんだか」


 あまりにも現実離れした事態に私の鼓動は止まらない。


「っ!?」

 突然、私の手からぬくもりが伝わってくる。

 手を見ると、月白さんが両手で私の手を包んでいた。


 月白さんの手の感触に意識を向けると早まった鼓動が収まっていく。

 少し落ち着いた私は手から彼女の顔に目を向ける。


 そこには心配させまいとする彼女の表情があった。


 彼女は私を見つめながら口を開く。


「ごめんなさい。あなたをこんなところにまで連れて来てしまった」


「月白さん?」


「今すぐに山を降りて」


「なんで?どうして?ここまで来たんだよ!それにあんな化け物がいたんだよ。ひなたがどうなっているか?」


 しかし、私はそこまで言えなくなる。

 そこには月白さんの真剣な眼差しと表情があったからだ。


「朝日さん、聞いて。状況が変わったの」


「でっ、でも」


「ありがとう。ここまで案内してくれて」

 そして彼女は私に微笑む。

 私を心配させまいと。


「大丈夫。私だけであなたの妹さんを救ってみせるから」

 月白さんは祠のある階段の方へ駆け出していった。


「月白さん!!」

 私は月白さんの後ろ姿を見ているだけだった。




■■■




 朝日さんの了承を得ずに出てしまった。

 でも、ごめんなさい、朝日さん。


 ことは急をようしているの。

 このままじゃ、あなたの妹さんが、ひなたちゃんが危ない。


 本当はこんな回りくどいことをしたくはなかった。

 私がついていながら、本当に情けない。


 私は朝日さんを置いていった後、300段ほどある階段をかけ上がっていた。


 しかし、私の目の前に複数の野犬のタタリ神が出てきて、私を取り囲む。


 朝日さんの前でタタリ神を倒したことで、気づいたのだろう。


 私はさらに魔力をこめて臨戦態勢に入る。


「こい!!」


 朝日さんのためにも、ひなたちゃんは救ってみせる。

 たとえ私自身が死ぬことになっても。




■■■




 月白さんが行ってしまったあと、私は動けずにいた。


 どうして何も答えてくれなかったの月白さん。


 でも、すごく怖かった。

 あの化け物は何?


 ひなたもあんなのに連れ去られたの?

 こんなところで怖がっている場合じゃない。

 あの子は私以上の恐怖を受けているんだよ。


 私も早く行かないと。

 それに、月白さんの目。


 あの目は自分が死んでも構わないって思ってる目だった。

 お父さんみたいになってしまう。


 もう大切な人を失いたくない。

 ごめんね、月白さん。


 月白さんの言葉にまだ返答してないからいいよね。


 私は月白さんの後を追った。




■■■




「邪魔!!」


 私は祠につながる300段ある階段を登りながら、水の術式を使ってタタリ神を薙ぎ祓う。


 だんだんとタタリ神の数が増えてくる。

 私に来られると困るのだろう。

 ここは奴らにとって儀式をするには最適な場所だ。


 だからひなたちゃんをここに連れてくる必要があった。


 祠までもうすぐそこだ。


「っ!!」

 私は眼の前の光景に絶句する。


 そこには3体ほどのタタリ神がひなたちゃんを取り囲んでいた。

 見つけたひなたちゃんだ。

 早く助けないと。


 しかし、タタリ神たちは私に気づいたのか。


 ひなたちゃんを今にも取り込もうと動き始まる。


 くそ、遅すぎた。

 このままじゃ間に合わない。


「私の妹から離れろ———!!」


 とつぜん、だれかの声が響きわたる。

 祠のうしろにある林のほうから何者かが出てくる。

 予期しない乱入者の姿を私の目でとらえたとき、私は思考が止める。


 嘘、なんでここにいるの!?


 そこに現れたのは、私がここに登ってくる前に置いてきた朝日さんだったからだ。


 朝日さんの叫び声にタタリ神たちが気を取られる。

 私はこの一瞬の隙を見逃さない。


「八咫鏡(やたのかがみ)」


 タタリ神の群れに水の銃弾を打ち込み、1体のタタリ神を吹き飛ばす。


 その瞬間を見計らった朝日さんがタタリ神たちに突っ込んだ。


 朝日さんはひなたちゃんをタタリ神から救い出す。


 しかし、2体のタタリ神が照子に襲いかかる。

 すかさず私は朝日さんとタタリ神の間にわって入り、水の双剣でタタリ神を斬り伏せる。


「なんで来たの!!って言いたいけど助かった。ありがとう」


「ごめんなさい。でもいてもたってもいられなくて」


 本当にこの子は。でも朝日さんのおかげで、ひなたちゃんを助けることはできた。


 ひなたちゃんは気を失っているようだ。

 早くここを離れないと。

 安心した私は少し周囲の様子を見る。

 その瞬間、私はある違和感を感じ取る。


 おかしい。

 さっき倒したタタリ神たちの黒い霧が一切ない。

 タタリ神は祓われると黒い霧を出しながら消えるのだ。

 黒い霧を一切出さずに姿かたちごと消えるなんて。


 私はある可能性を考えつく。

 さっき倒したタタリ神を完全に祓えていない。

 ここは危ない。

 早く朝日さんたちをここから離さないと。


 しかし、私が気づくのが遅すぎた。


 そこには、3体のタタリ神はずであったものが集まって大きなクマのタタリ神に変化する光景があった。


 しかも、朝日さんとひなたちゃんの背後に現れて。


「危ない!!」

 私は2人を逃がそうと叫びながら、彼女たちの体を押した。




■■■




「えっ!!」

 私はひなたを抱きかかえた状態で、眼の前に映る光景に絶句する。


 なぜなら、突然、大きなクマが現れて、月白さんをそのまま岩ある方へ殴られ吹き飛ばされたからだ。


「がは」

 岩に叩きつけられた衝撃で、月白さんは姿が変わる前の状態に戻ってしまう。


「ぐっ!」


「月白さん!!」

 突然のことに私は叫ぶことしかできない。


 月白さんの頭から血があふれ出す。


 私はひなたを抱えながら、月白さんに駆け寄る。


「月白さん、すごい血!!」


 私は月白さんの流れる血を持っていたハンカチで覆う。


「私のことはいいから。早く逃げて」


「で、でも!!」


「早く逃げなさい。死にたいの」


 でっでも、このままじゃ、月白さんが死んでしまう。


 だけど、早く逃げないと、ひなたも私も本当にまずい。


 私の後ろから大きなクマがゆっくりと近づいてくる。


 月白さんがここまでしてくれたのに、すべてムダになってしまう。

 でも私がこのまま逃げたら、月白さんは。


 そんなことできない。

 この状況をどうにかしないと。

 何かいい方法ないの?


 考えろ、わたし、考えろ。


 あっ。

 私はある方法を思いつく。


 だけど、それは。

 いいや、やるんだ。


 月白さんを助けて、私もひなたも助かる方法。


「あるよ。みんな助かる方法」

 私は月白さんを心配させまいと笑顔を見せる。




■■■




「月白さん。ひなたをお願い」


「ちょっと、一体、何言ってるの?」

 朝日さんの言葉に私は呆気にとられる。


「私はもう誰も失いたくない」

 そう言って走り出す朝日さん。


 私は彼女が何をしようとしているかを感づく。


「嘘、馬鹿なことは止めて!!」


 すると、朝日さんの動きを察知してクマのタタリ神が襲いかかる。


 しかし、朝日さんはひらりとクマの動きを避けてみせた。


「届け————!!」

 朝日さんが飛び込みながら手を伸ばす。

 彼女が手を伸ばした先にあるものがあった。


 それは勾玉(まがたま)だ。


 私が持っていたもう1つの勾玉。


 それが目に止まった瞬間、すべてを悟る。


 朝日さんがあると断言した『みんなが助かる方法』。


 その意味を。


 彼女がこれから何をしようとしているかを。


 朝日さんは手を伸ばして、勾玉を掴み取る。


 クマのタタリ神が朝日さんの方に迫っていく。


「逃げて———!!」

 私は叫ぶ。


 だめ、朝日さん。

 その方法は選ばれた者でしかできない。

 失敗すれば、あなたがタタリ神に殺させてしまう。


 だが、万が一。

 万が一でも、可能性があれば。

 でも、そうなってしまえば彼女も。

 

 しかし、私の望みは叶わない。

 

 なぜなら、朝日さんの勾玉を掴んだ右手から光輝き始める。


 そして、朝日さんは何かを悟ったのか、右手の拳に強く握り始めた。


「は——」

 朝日さんは息を吐きながら、集中力を高める。


「っ!!」

 彼女は一点に集中する右手の拳を繰り出す。


 どんと、タタリ神の方から音がなり、炎に包まれる。

 なぜなら、私の目にも止まらぬ速さで朝日さんはクマのタタリ神を炎の魔力にまとった右拳で殴りつけたからだ。


 そして、一撃でクマのタタリ神は黒い霧を出しながら消えていく。

 私は朝日さんの攻撃に呆気にとられる。

 なぜなら、タタリ神は魔力のこもった攻撃を受けたからだ。

 しかも、一撃で。


 そして、朝日さんが魔力のある攻撃ができたということは。


 私は朝日さんの方に目を向ける。


 朝日さんの姿は私と同じ巫女の姿に変わっていた。

 

 服装は、私とは色違いとなる赤色。

 

 さらに、朝日さんの明るい茶髪にも変化が。

 

 彼女の髪は薄いピンク色に変化していた。

 

 彼女の姿を見たとき、私は自らの記憶の中にある人と朝日さんが重なって見えた。


 そして、私が朝日さんに懐かしさを感じていた理由。


 それは私の亡き姉:月白あかねに朝日さんが似ていたからだ。


 今日、朝日さんと出会って、すぐに気づかなかったが、彼女が巫女になったことで確信に変わる。


「すごい、できるなんて」

 朝日さんは自らの姿が変わったことで驚き、まじまじと自身の体を見ている。


「月白さん」

 冷静になったのか、朝日さんが私の方に駆け寄りながら声をかけてくる。


 しかし、私は彼女の声があまり聞こえない。


 ああ、運命は残酷だ。


 彼女も私の姉、いや、お姉ちゃんのようになってしまう。


 私たち選ばれし巫女は人知れず戦う。


 いつかその身が滅びる日まで。


 世界の沸(にえ)として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る