第1話 ②

 私の名前は、月白葵(つきしろ あおい)。


 訳あって、東北地方の山奥にある村に来ている。


 この村に住んでいる朝日照子さんに話しかけた理由はこの村にある祠を探しているからだ。


 その祠は地図にはのっていないところにあってで、地元の人しか知らないと言われている。


「え、月白さん、私と同い年なんだ」

 そこには私の年を聞いて驚く朝日さんの表情があった。


「高校1年生!ぜんぜん、見えないよ」


「じゃあ、最初、私を見たとき何歳ぐらいに見えたの?」


「そうだな。私よりも1~2歳くらい先輩かなって」


「へぇー、私そんなにお姉さんに見えていたんだ」


「だって、私よりも月白さん、背が高いし。もうからかわないでよ」


「ごめん、ごめん」

 そう言いながら私たちはお互いに笑っていた。


 確かに朝日さんを少しからかってしまったのは悪いと思うが、それでも朝日さんの人懐っこいところが気に入ってしまったからしょうがない。


 私は朝日さんの姿に目を向ける。


 彼女は私よりも少し背が低く、明るい茶髪で、髪をポニーテールにしている。

 服装は動きやすい黒いジャージの上にオレンジ色のショート丈パーカーを着ていた。


 とくに、彼女の髪にむすんでいる赤い髪ひもが印象的だ。


 私はなんだか懐かしい気持ちになっていた。


「あ、照子ちゃん」

 私たちが歩いている前から誰かが声をかけてきた。


「あっ、田中のおじさん、こんにちは」

 どうやら、声をかけて来た人は朝日さんのお知り合いらしい。


「どうしたの、祭りの準備は?」


「実はこの人に村の祠を案内しているんです」


「え、あそこ結構山道できついよ」

 すると、田中さんが私に目を向ける。


「君も物好きだね」


「そうですね。ただどうしても行きたいんです」


「そっか、それならいいけど。あんまり無理しないでよ」


「はい、ありがとうございます」

 私は田中さんに笑顔を向ける。


「ああ、それと照子ちゃん。いつも畑仕事の手伝いをしてくれてありがとう」


「なにか困ったことがあったら言ってください」


「うん、じゃあまた」

 そして、田中さんは立ち去って行った。


「ねえ朝日さん、田中さんが言ってたけど、よく畑仕事を手伝ってるの?」


「うん、そうだよ。畑仕事以外のこともやってるよ。亡くなった両親の教えで『困っている人の助けられる人になりなさい』って」

 彼女は誇らしく胸を張る。


「えっ!! そうだったの。ごめんなさい。気を悪くしないで」


「大丈夫。ぜんぜん気にしてないよ。謝らないで月白さん。私、妹や村の人がいてくれているから、寂しくないんだ」


「そう」

 私は朝日さんが気丈にふるまっている姿を見て、少し哀れな気持ちになる。


 朝日さんが家族を失っているなんて、最初に彼女と話したとき、そんな印象を受けなかった。

 いや、気丈にふるまっているのがうまいだけかもしれない。


 自身の悲しい気持ちをまわりに悟らせないのがうまい人はいるものだ。

 悲しい気持ちをまわりに悟らせないのがうまかった人を私は知っている。


 朝日さんを見ていると、その人にすごく似ていることを思い出す。


 もう何年も前からその人のことを思い出させないようにしていたのだろうか。

 私は自分自身の過去に向き合えずにいる。


「月白さん、おーい月白さん、聞いてる?」

 朝日さんの呼びかける声が聞こえてくる。


「えっ、ごめん。ちょっと考え事してた。どうかした?」


「えっと、これから行く祠のことなんだけどね。祠の道のりが結構きついんだ。しかも、途中、階段が300段ぐらいあるところもあるの」


「階段が300段!! けっこう、すごいね」


「でしょ!! だから月白さんの体力は大丈夫かなって聞こうと思って」


「ああ、それなら大丈夫、私、鍛えてるから。体力には自信があるよ」


「そう、それなら良かった」

 朝日さんがうれしそうに答える。

 あっ、と朝日さんが何かを思い出したのか私に話しかける。


「月白さんあの祠に行きたいって言ってけど、なんで行きたいの?」


「私、パワースポットとかに興味があるんだ。休みによく巡ってるんだ」

 私は朝日さんに少し嘘をつく。

 パワースポットをよく巡っているというのは本当だが、意味合いが違うのだ。

 朝日さんには申し訳ないが、あとで詳しく説明しよう。


 すると、山から私達に風が吹いてくる。


 その瞬間、朝日さんのサイドテールと髪ひもが動く。


 そんな朝日さんの姿が私の中のある記憶に重なる。

 それを見た私はいてもたってもいられなくなって私は声を出す。


「ねぇ、ちょっと」


「うん、何?」


「あなたのつけている髪ひも、どこで」


 私が彼女に質問をしようとした瞬間、どこからか遠くから朝日さんを呼ぶ声が聞こえてくる。


「大変、照子ちゃん。ひなたちゃんが!!」


 私の言葉は遮られてしまった。




■■■




 朝日さんに声をかけて来たのは、山口というおばさんだった。


 山口さんが言うには、お祭りで行う儀式の準備中に、とつぜん、大きな黒い霧をまとった野犬が現れて、ひなたちゃんを連れ去られ、山奥にある祠の方向に行ってしまったという。


 今、私と朝日さんは祠に向かっている。


 連れ去られたひなたちゃんの助け出すためだ。

 なぜ祠に向かっているかというと、ひなたちゃんを見つけるための手がかりが祠の方向に連れて行かれた情報しかないからだ。

 今ある情報に賭けるしかない。


 それに朝日さんはというと、妹のひなたちゃんに早く会いたいのか、もうずいぶん長い時間全速力で走り続けている。


 道のりはかなりの山道で、その道を全速力で走り続けるには無理がある。


 大切な妹さんであるひなたちゃんのことが心配なのは分かるけど、このまま走り続けたら朝日さんの体力が尽きてしまう。


 私は日頃から鍛えているから問題ないが。


 無理もない。

 大切な妹さんが連れ去られたのなら、なりふりかまっていられない。

 ひなたちゃんが連れ去られたことを聞いたときの朝日さんが、とんでもない速さで駆け出していったことが強く印象に残っている。


 だが、さすがに朝日さんを休ませないと。

 私は朝日さんに声をかける。


「ねぇ、朝日さん、大丈夫?もう随分走ってるよ。一旦休もうか?」


「え、大丈夫だよ。私、山育ちだから」


 いやいや、普通の女子高生がただの山育ちでここまで走れるのはおかしいよ。


 朝日さんの尋常でない体力の秘密には気になるが、そんなことよりも今はひなたちゃんの身の安全が重大だ。


「朝日さんが大丈夫なら、もっと早く走ってもいい?ひなたちゃんのことが心配だから」


「いいよ。早く行こう。ひなたがどうなっているか」


 空を見ると、もう日の光が届かなくなり始めている。

 暗くなる前に早くひなたちゃんを見つけないと、暗闇の中で人を探すのはかなり難しくなる。

 早くしないと。


 しばらく走り続けていると、そこには山道とは違う少し開けた広場に入った。

 すると、朝日さんが私に声をかけてきた。


「月白さん見て、あの階段を登ったら、祠だよ」


 すると、朝日さんが言っていた300段ほどある階段があった。

 まるで天まで続いているように感じる階段だ。


「行こう」

 朝日さんが私に振り返った瞬間、突然何やら黒い影が朝日さんの方に突然襲いかかってくる。


「きゃ!?」

 黒い何かに飛びかかる瞬間、私は朝日さんを抱き抱えて、その場から離れる。


 そこにいたのは、黒い霧に身を包んだ大きい1体の野犬だった。

 普通の野犬ではない。


「大丈夫?」

 私はお姫様抱っこで抱えていた朝日さんに声をかける。


「あ、ありがとう」

 そこには頬を赤らめる朝日さんの姿があった。

 すかさず、お姫様抱っこをやめて、私は朝日さんを立たせる。


「私の後ろに下がっていて」


「えっ、ちょっと」


「……」

 私は朝日さんの言葉に耳を貸さない。


「かけまくもかしこき、いざなぎのおほかみ…」

 私は小さな声で何かをつぶやき始める。


 私の首にかけていたひも付きの勾玉(まがたま)を取り出した。


 私の言葉に答えるように勾玉が光始める。

 さらに私はある言葉を口にした。


「神衣変身(かむいへんしん)!!」

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