人体製造工場見学なんて行くしかない!

ちびまるフォイ

よくできたにんげん

「人体製造工場へようこそ。

 見学者のみなさんはついて来てください」


「おおすごい」


「ここは人体の骨格を作っているエリアです。

 型にカルシウムを流して固めてるんですよ」


ガラスを隔てた向こう側では機械がひっきりなしに動いている。

流れ作業で次々に人骨のような見た目ができている。


「なんか想像していたものと違いました」


「というと?」


「人体製造工場っていうと、試験管から細胞を育てて

 培養カプセルで人を育てるみたいなのをイメージしてました」


「あはは。漫画の見すぎですよ。

 そんなの大量生産に向きません」


「はあ」


「ここでは人体を作っているのであって、

 人間を作っているわけじゃないんです。

 命の宿らない人間を作るんですから効率化しないと♪」


「たしかに……」


「さあ次の工程へいきましょう。肉付けのエリアです」


歩いて次の製造エリアに進む。


そこでは先ほど作られた骨格が肌色のスープにつけられ、

次に引き上げられたときには人のシルエットに肉がつけられていた。


「ここでは骨格に人体の肉をくっつけていきます。

 棒アイスの製造からアイデアを得て

 今はこうして人体の製造に使っているんですよ」


「あっという間にできるんですね……」


「機械制御でどれだけ"肉液"を付着させればいいか

 しっかり決まっているので早いもんなんですよ」


「なるほど」


コンベアでは次々に肉のついた人体が運ばれている。


「なんか女性の人体ばかりですね」


「女性の人体のほうが需要があるんですよ。

 もちろん、男性人体を出荷してる工場もありますがね。うちは女性専門です」


「なにに使うんです?」


「ファッション系への取引が多いですよ。

 マネキン以上の動きができますし。

 購入者も人体のほうがイメージつきやすいとききます」


「はあ」


「あとは、愛玩用に購入される人や自動車などの衝撃実験。

 変わったところですと、コンサートでガラガラの座席を埋めるため

 人体を配置するなんてこともありましたね。ははは」


「そうなんですね……。次の場所は?」


「次はカスタマイズ工程です。次でガラっと変わりますよ」


次のエリアに進む。

肌色の肉塊だったところに、髪や目。

はては傷やほくろ、爪などのパーツがつけたされていく。


「す、すごい……。もう完全に人間ですね……!」


「ええ。この工程をどこまでこだわれるかで

 人間っぽさにどれだけ近づくかが決まります」


「でも、製造されている人間って全部違うんですね。

 さっき流れてたのは髪が長かったのに、今度はショートだ」


「はい、骨格や人体は工場のライン都合で変えにくいんですが

 このカスタム箇所ではある程度自由がきくんですよ」


「へええ」


「まあ、一番好みが分かれる箇所でもありますからね……。

 みなスタイルが良い人を求めるものですが、

 その顔の好みは千差万別でしょう?」


「たしかにそうかも」


「工場のライン見学は以上になります。

 よろしければ、この先に人体展示の資料もあるので見てってください」


「はい、ありがとうございます」


そのときだった。

列の最後尾から工場職員らしき人が慌ててやってきた。


「こ、工場長たいへんです!

 見学者のひとりがいなくなりました!!」


「なんだって!?」


「どうやら見学中にはぐれたようなんですが……」


「すぐに探せ! 紛れ込まれたら大変だぞ!」


「は、はいい!!」


先ほどまで案内で見せていた落ち着きはどこへやら。

工場長は顔を青くして冷や汗を流していた。


「だ、大丈夫ですか。たかだか一人はぐれただけでしょう?」


「普通の工場なら探して終わりなんですが、

 うちはそうじゃないんですよ……」


「え?」


「うちは人間と見分けつかない人体を出荷しています。

 そこに紛れ込まれるという意味がわかりますか?」


「……?」


「生きた人間が自動車の衝撃実験の場所に送り込まれるってことですよ」


「で、でもさすがに生きてたら向こうで気づくでしょう」


「取引先が荷物検査を人間でやってくれればですがね。

 人間の魂っていうのは探知機じゃわからない。

 

 それに、人間が紛れているとなったら

 うちの工場の責任問題にもなります」


「う、うわ……」


「今は人手がほしい。すみませんが探すのを協力してもらえませんか?」


「もちろんです!」


「ああ、ありがとうございます!

 では念のため写真を取らせてもらっていいですか?」


「念のため?」

「念のためです」


工場長は見学ツアーに参加した全員の写真を撮った。


「はぐれた方の写真は?」


「これしかないです」


同行者のスマホに残っていた画像を工場長は確認した。


「ちょっと荒いですが……大丈夫でしょう。みなさん、この方を探してください」


「「 はい! 」」


全員には工場の地図を渡され、手分けしてはぐれた見学者を探した。

けれどいくら探しても見つからなかった。


「はあ、はあ……いったいどこに隠れてるんだ。

 もう工場の中を何周もしたってのに……」


工場のラインの中に入るのは物理的に不可能。

見学者が歩けるルートなんて限られているのに見つからない。


「いったいどこへ……」


何度目かの地図を見直す。

それをみてふと思った。


「この地図通りに探してるから見つからないのかも……」


はぐれた見学者は地図なんて持っちゃいなかった。

変なルートでおかしな場所にたどり着いたのかもしれない。


持っていた地図を丸めると工場を思いつくままランダムにあるき続けた。

すると、今まで見落としていた扉が見つかる。


「ここはまだ探してなかった。いったいなんの部屋なんだ?」


扉の向こうは暗室になっていた。

いくつもの機械の電子灯がチカチカ光っている。


その向こう側で頭を縦に分かれた人体が見える。

頭の裂け目にICチップが埋め込まれ、頭に縫い合わされていく。


「い、いったいなんの部屋なんだ……」


後ずさると、ぽんと肩を叩かれた。


「うわっ!?」


「大きな声を出さないでください」


「こ、工場長……。ここはいったいなんの部屋なんですか」


「製造された人体を制御するためのチップを入れてる部屋ですよ。

 うちでは"魂の部屋"なんて言ったりしてますね」


「は、はあ……」


「人体を求めるお客様は、"人間らしさ"を求めるんですよ。

 チップに埋め込んだ人間の行動パターンを繰り返すことで

 人間っぽい感じに仕上がるというわけです」


「それって倫理的に大丈夫なんですか……?」


「あなたは蝋人形を作ったら罰せられると思いますか?

 機械制御してちょっと話したり動いたりするだけですよ」


「まあ……」


「それより、はぐれた人が見つかったんです。

 みなさんが集まってる場所へ戻りましょう」


「え! 本当ですか!」


「ええ、なんとか間に合いました」


工場長に連れられ魂の部屋を出た。

地図に乗っていない部屋に向かうと、そこには見学者が集められていた。


「これでみなさん揃いましたね。よかった」


「あれ? はぐれた人は? ここにはいないようですが」


いくら見渡しても、この部屋にははぐれた人は居ない。

見学ツアーに最後までついてきた人だけが集められていた。


「いろいろトラブルはありましたが、

 みなさんのご協力もあって、なんとかなりました」


「いや、だからまだはぐれたままで……」


言いかけた言葉を飲み込んだ。

部屋に唯一あるガラスの向こう側で、はぐれた1人がこちらを見ているのがわかった。


いや、それだけではない。


はぐれた1人以外にも人がたくさんいる。

そして、自分自身も。


ガラスの向こう側で、自分そっくりな人体がこちらを見下ろしていた。


「気づきましたか?」


工場長はニコリと笑った。


「うちの工場では、写真そっくりの顔にカスタマイズできるんです。

 元々は顧客の要望でアイドルなどの顔に似せる技術なんですけどね。

 もう本物の見分けつかないでしょう?」


「あ……あんた、そのために写真を……!?」


「うちとしても、工場内で行方不明者が出て

 本当は最後まで見つからなかったなんて

 外に情報が漏れるわけにもいかないんですよ」


工場長は自分だけ専用の鍵で部屋をあとにした。


「みなさん、本日は工場見学ありがとうございました。

 では、人体のみなさん。お気をつけてお帰りください」


ガラスの向こう側で自分がぎこちなく手を振っていた。

まもなく部屋はガスに包まれた。

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