第19話 ”武器”と”属性”

 現在 真っ暗な森の中


「うぼぅぇぇ、しんどいぃぃ…」

「もー、いつも無茶するんだから…」


 昼間の時よりも真っ青な顔の比那を紗那が背負い、森の中を軽々と歩いている。


「何で比那さんはそんなに疲れてるの?さっきまで大丈夫そうだったのに」

「カッコつけたかったんだよね?比那」

「人は…第一印象じゃぁぅぇえ…」


「…でも、あんなかっこよくて凄い動きしてたのに…もしかして意外と体力ないの?」


「お主…そこそこ失礼じゃな、一応ちゃんと理由はある…が儂はしんどいから虚に説明を頼んでちょっと寝る」

「良いけど吐かないでねー?」


 言い終わった比那は紗那の肩に苦しそうな声を上げながら顔を伏して眠り、いつの間にか晃次郎の肩から麗の足元まで移動していた虚が流れるような動きで頭まで上ってきた。


「わっと、ふふん!そろそろ慣れたよ!」

『まぁ、流石ですね…!』

「そう?照れるなぁ」

『ふふふ…』

「えへへぇ…って!嬉しいけど違う!今は比那さんが疲れてる理由を教えて!」


『…突然ですが、麗様は“武器”と“属性”という言葉はご存じでしょうか?』

「武器?刀とか槍とかなら知ってるけど違うの?……属性…はちょっと分かんないや」


『我々討魔隊が個々人が持つ力やそれを引き出す為の道具の事を大雑把に指す言葉として用いる単語です』


「初めて聞いた…というより貴方達が作った言葉ならしらないよー…!」


『それは…その、一応確認しておきたくて…』


「…にしても…力とか…武器とか…」


『難しく考える必要はありません、今、貴方の話しているのも属性の一つです』


「…あ!もしかして、千彩さんの炎とか、晃次郎さんの雷とかも属性って事!?」


『その通り!この世には多くの属性が存在します、二人の様な炎や雷、人の精神に作用する"闇"属性や時空に関係する"光"属性までございます、先程も申し上げたように今こうして私が麗様と話しているのも属性の力ということですね』


「あれ?…道具、じゃない…えっと…武器が無くてもその属性って使えるの?ほら、虚さん猫だから何も持ってないよね」


『私の場合、武器ではなく「自分の手が相手の頭に触れている」という”条件”で発動します』

「じょ、条件?んー?良くわかんなくなってきた…」


『そちらはまたいずれお話しします、今はそんな物がある、という事を何となく覚えて下さい』


「わかった!でもそれが比那さんに関係あるの?」


『良くぞ聞いて下さいました!!そう!彼女の武器は弓の矢、属性は毒、特にその弓術は齢十四でありながらこの国でも指折りの達人と言っても過言では無い! どんな不安定な足場、どんな不利な状況であろうと狙った獲物は外さない射撃能力! それ正に百発百中、必中必殺の絶技! その圧倒的な技術と神出鬼没に表れては人を助ける行動力、そして周りを引き付ける不思議な人柄によって、入隊後僅か半年で救われた人々は数知れず、更にまだ若い事からこれからの伸び代も期待され…!』ペラペラ…


「ま…待って!ごめん!比那さんが凄いのは分かるけど…!今は…その…何でああなったのかなぁってのをしりたくて…!」


『はっ…す、すみません…つい…ご、ごほん!

 毒属性というものは本来、妖魔が多く持つ属性です、ですが稀に人が持つ事もありその際はある程度の毒への耐性を伴います、理由としては人が使う場合は発動と共に自身の毒に侵されてしまうからそれによる弊害を防ぐための抗体ですね』

「へー、良く出来てるね、不思議!」


『比那様はその中でも類稀な高い耐性を持ち、多くの種類の毒を自在に操れます、先日は千彩様を苦しめた毒を中和させて治しました』

「何でも出来るんだね」

『比那様が特別なんですよ、しかし…』

「しかし?」


『…自身の耐性を超えてしまう程の猛毒も生み出す事も出来るんです、その所為で今みたいに体調を崩したり…』


「駄目じゃん!」

『自重してくれれば良いのですが…遠慮なく使うせいで頻繁にあんなことになってしまって…』


「馬鹿じゃん!」


『更にそのまま連日戦おうとする事も…』


「無茶じゃん!」


「何の話かは分からんが聞こえとるぞー」

 麗の言葉に反応した比那が顔を伏せたまま右手を挙げて力なくゆらゆらと左右に振っている。


「え?虚さんのも聞こえてるの?」

 少し驚きながら比那を背負う紗那の元へと小走りで近付き、横並びになって歩く。


「どうせ儂が無茶する事への文句じゃろ、死なない程度の無茶だからいいんじゃー」


 少し顔色が良くなった比那はさっきより元気そうな声で聞き飽きた様な言い方で答えながら、後ろに体重をかけて、気だるそうに体を仰け反らせる。


「お姉ちゃんとしては馬鹿な事も無茶な事もしてほしくないんだけどなぁ…」


 少し困った苦笑いを浮かべながら紗那は動いた比那も気にしない様子で変わらずに麗と並んで歩いている。


「でもさ比那さん、今回そんな無茶する必要あったの?敵は逃げたし、あんまり意味無かったんじゃ…」


「あるある、大あり、ああ言う類の奴は少しでも予定が狂って面倒になったらさっさと居なくなる奴じゃ、だから逃げる事は何となく分かっておったし、あっちの気が変われば逃げた後にまた襲い掛かってくる事もありえた…そうならない様にどうしようかと、儂はこの明晰な頭脳で考えた」

「…そ、それで…どうしたの?」


「…逃げた後に動けなくすればいい、だから多少無茶して妖魔でもキツイ毒を何発かぶち込んどいた、相当しんどかったじゃろうなぁ…ふひひひっ…!」


 比那が不敵な笑みを浮かべているが、麗の方は思ったよりも無理矢理な手段に怪訝な表情を浮かべ、あいつが帰って来なかったのは偶然なんじゃないかと疑う。


「んぁ?なんだあれ?」

 すると一番前を歩いていた晃次郎が何かの異変に気付き、一人走り出した。

「あ、ちょっと!一人で行かないで!」

 それを追いかけ千彩が走り出し、それに気づいた全員が少し遅れて走り出す。


 しばらく走り二人の姿が止まると突然、不自然に開けた空間に飛び出し、月光がその空間の光景を鮮明に照らし出す。


 根元から折れた木々に大地を染め上げる赤黒い血、その周りに投げ捨てられた折れた弓の残骸に加え、誰の物か明らかな大きく鈍い漆黒の羽が辺りに撒き散らされ、いかにその持ち主が苦しみ悶えたかを雄弁に物語っていた。


 驚きながらも辺りを散策する討魔隊とは対照的に、麗と辰之助は彼女の実力に戦慄しその場を動けなくなっている。

 そんな二人を見た比那は背負われた状態のまま唖然と立ち尽くす二人の方へ振り返る。

「な?言ったじゃろ?」

 振り返って笑う顔には恐らくこの残骸を残した妖魔よりも邪悪で自慢気な気持ちが滲み出ていた。

「ひーな、あんまり動くと落ちちゃうよー」

「すまんすまん」

 比那が前を向いたのを確認した紗那が前を歩く二人の元へと歩いていく。

 その後ろ姿を見ていた辰之助は冷や汗をかきつつもその後を追いかけたが、麗は未だに動けず、静かに震えていた。


「虚さん」

『…どうされました?』

「今度…また比那さんの事…うぅん、もっと色んな事教えて!」

『ふふふ…喜んで、望むなら幾らでもお教えしますとも』

「ありがと」

 麗は一度目を閉じ、深く息を吸う。


 自分がどんな世界に足を踏み入れたのか、今一度心に刻む。

 普通なら不可能な事も当然の様に可能にしなければ勝つ事は出来ない、守る事は出来ない。

 きっと比那だけじゃない、討魔隊の全員がそれを日常にしている。

 だからあんなに強い、だから最後まで諦めない。

 私はこれから、そんな人達の仲間になるんだと、深く心に刻み込む。



(よし…)

 息を吐き、目を開く。

「行こう!」

 少し遠くにいる月光に照らされた皆の背中を追いかける為に、自身も光の中に足を踏み入れる。


 昨日よりも大きく綺麗に見える月が麗の歩む道を明るく、その先にある闇を隠すように何よりも優しく照らしていた。

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