第16話 援軍

 ――礎静町



「オラァ!!」

 雷鳴が幾多もの能蜂を切り裂き、止まることなく駆け巡る。


(何匹切った!?流石にキツくなってきたぞ!!)

 恐らく百体は下らない数を切り刻んできたが、それでもまだ数の底が見えない、更に礎静町全体を走り回りながらの戦いという事もあって、逆に晃次郎の体力の底が見え始めていた。


 ブブブブ…!

「くそ!! どうせなら一気に来やがれ!!」

 再び大群を見つけ、億劫になりながらも突っ込もうと踏み出し、最前の一体へ刀を振り下ろした瞬間


 バサァ!

「!!」

(切った感覚が…!)ズザァ…!

 まるで埃の塊を斬った様な手応えに晃次郎は困惑する。


 目の前に居る能蜂は確かに真っ二つに切れているが、鳴き声一つ発さずにサラサラと消えていく。

 おかしいのはそいつだけでは無い、その場に居た、いやこの街全ての能蜂達の動きが止まり灰の様にバラバラになって消えていく。


 能蜂達の遺灰は空へと舞い散り、それすらも粉々になって完全に消滅した。

 皆が困惑し、動きを止める。

 そして一人の零れた様に出た言葉


 ――勝った…


 それを皮切りに全員が歓喜の叫びを挙げる。


 全員が涙を流し、その場に座り込んで泣く者も入れば、仲間や家族と抱き合い生存を喜び合う者、動けずとも涙を流して笑う者も居る

 その涙に一切の悪感情は泣く、全員が喜びに満ちた涙を流していた。


 疲れて一旦その場にへたり込む晃次郎の元に虚がてくてくと歩いてくる。

「…どこ行ってたんだ?」

『避難の助けを少々』

「…そうか」


「…そういや、あの二人…結局来なかったな」

『いえ、先程この街に着いて皆さんを守っていましたよ、今は何処かに行きましたが』

「……どっちにしろ遅せぇよ、あー、疲れた」


 晃次郎が大の字で寝転び、その腹の上に虚が乗って丸くなる。

 虚の手足に夥しい傷と泥が付いている事に気づいた晃次郎だが、何も言わずに暫くその場で虚の敷布団として寝転び続けた。






 金菊邸 裏・大広間



 蜂子が死んだのを確認した天姫は、残った二人の方へと視線を移す。

 美しくも射殺す様なその視線に、麗は縛られたように体が動かなくなる。


 蜂子を殺した相手だが、感謝の言葉が出てこない、何故なら。


「貴方達も、まぁまぁ楽しかったわ」

 次の標的はこちらなのだ、捕食者にお礼を言う獲物はいない、ただ一方的な死のみが与えられる。

 ましてや消耗しきって動けない麗は、天姫からしたら「殺して下さい」と身投げしている様なものだった。


 スタ……スタ…

 どんどんと死の足音が近付いてくる。


 薄黒い布越しの顔には期待に満ちるあまり舌なめずりをする美しい女の顔が浮かんでいた。


 麗は虚勢を張る事も出来ず、少しでも千彩を守ろうと覆いかぶさり、うずくまる。


 前は見えないが、視界にはその影が近づく様がはっきりと写っていた。

 一際黒く濃い羽の影が、ほんの少し閉じられながら足音と共にその影は近付いてくる。


 一つの目的を達成し、やっと前を向けると思った矢先に訪れた確実なる惨殺の足音。


「……はぁ…! はぁ…!!」


 間近に迫る終わりに、麗は息の仕方を忘れたかの様な浅く荒い過呼吸に陥り、視界が白黒になって耳鳴りが始まる。



 その間に、黒い影が麗の視界を完全に埋めつくしていた。

 何かを上げるような衣ずれの音が耳鳴りのする最中に聞こえ、間もなくその手が…



「まてぇい!!」

「!?」



 謎の声に驚いた事で、振り下ろされる事は無かった。


 あまりにも突然の事に驚き、麗と天姫は声の聞こえた方をみる。


 天姫が空けた天井の穴から月に照らされた二つの小さな影が映る。


「ようし!何とか間に合ったのぉ!!」


 まだ若い少女の嬉しそうな声が、おばあちゃんの様な口調で空間へ響き渡る。


「ひ、比那ひなぁ…!まずいって…!殺されるよぉ…!!」

「大丈夫じゃ!安心せい、おぇ」


 映っていた影が動き、小さな方が少し大きい方の腕を掴む。


「え!?ちょ!高いよ!無理無理!高いの無理ぃ!!」

「行くぞぉぉ!!」

「おぎゃああああああ!!」


 勢い任せに二つの影が月に照らされた穴へと落ちてくる。

 一人は美しくかっこいい着地を決め、もう一人は後ろの方で尻餅を付いて涙目になっていた。


「ひぃん、痛いぃ…」

「お姉ぇは本当にビビりじゃなぁ」

「比那が怖いもの知らずすぎるのぉ!!」

「褒めても何も出んぞぉ!なっはっは!!」


 楽しそうに笑った直後、その笑顔をかき消すかの様な鋭い目つきで天姫の方を睨む。


「!!」ゾク…


 その瞬間、空気が変わった事を麗は理解した。



 天姫も思わず、その動きを止め少女の動きを見逃すまいと構える。



「…くくく、ビビり過ぎじゃろ、儂はただの餓鬼じゃと言うのに…」


 そう笑う少女の目は、一切の笑みがなく、まるで獲物を見据えて舌なめずりする獣を思わせる不気味さが滲み出ていた。


 灰色の首周りまで真っ直ぐに下ろされた髪が、しっぽのように揺れ、狐のような細く目尻の下がったツリ目と八重歯がチラリと輝く。


 顔の右側には赤と白で顔の部位を描かれた真っ黒な狐の面をかけられており、右目の部分を隠しながらも、その奥の瞳がこちらを見ている事が分かった。


 服装は赤紫の羽織に腕を通し、その下には薄い生地で腰辺りでちぎれた様にボロボロになっている赤い衣を纏っている


 足には焦げ茶色の薄くザラザラした布が少女の足にピッタリと張り付いており、両足の膝から下は人の温もりを感じさせない、鋼の義肢が装着されていた。


更に弓を携えた右手首から先も義手で、四肢の中で唯一生身なのは左腕だけである。

 背中には矢筒が斜めにかけられており、左肩から矢の羽根部分が見え、いつでもすぐに発射できる様に左手を添えていた。



「誰?貴方達…」


 心に去来した不快さを隠す気も無く、前面に押し出しながら、天姫が尋ねる。


「んー」


 少女はすぐに答えることはせず、わざとらしく明後日の方向を見ながら考える仕草をしてから


「面倒だから教えん」


 パシュン!


 とっくに決まっていた答えと共に、目にも見えぬ速度で弓を引いて正確に天姫へと放った。


「!!」

 ドス!


 その速さと容赦の無さに天姫は反応が遅れたことで肩に矢が突き刺さり、驚きと突然の痛みに僅かだが顔を歪める。


「…これで分かったじゃろ?お主より儂の方が強い、死にたくなければさっさと帰って寝とれ、寝る子は育つ、強くなれるかは当人次第じゃがな」

「……ふふ…えぇ、そうみたい…」


「…じゃから…」


 少女が狐の面をずらすと、隠れていた右目が顕になる。


 その目は白く輝き、全てを見透かされた様な恐怖感と焦燥感をピリピリと煽っていた。


「…暫く寝とけ、雑魚らしくな」



「…ふふふ…!」


 その目を見た天姫は何かを察して冷や汗を流しながらも不敵に笑う。


 そして肩に刺さった弓を抜き、

 バキ…!


 見せ付けるようにへし折ってから口を開いた。


「何だか、面倒臭くなっちゃった、帰るわね」


 友達と喋る様な、優しい声色へと変わり、綺麗な笑顔を少女へと向ける。


「なーに言っとるんじゃ、気色悪い顔しおって、負けるのが嫌だから逃げるんじゃろ?」


「えちょ!!何で煽るのぉ!? さっきと言ってる事違うよねぇ!? ここは丁重に送ってあげようよぉ!!」


「じゃかあしい!! あっさり行かれると悔しいんじゃ! 向こうの方がビビって逃げてる癖に! それを言うならあいつの方が頭を下げて、許しを乞う所じゃろがい!!」




 ギャーギャー!!


「…何なの、あの二人…」


 敵を目の前にしているとは思えない、二人の些細な事からのくだらない言い争いに、麗は困惑していた。



 暫くして、そんな口喧嘩もあっさりと終焉を迎える。


「だー!分かった、ボコボコにして送り返せばいいんじゃろ!? 全く、昔っからお姉ぇはビビりなんじゃから…」


「あら、口喧嘩は終わり?」


「うむ、お前を半殺しにして送り返す事に決まった、儂はお前如きに負けはせんが、他の奴を人質にされたり、全力で逃げに徹されたら殺しきれんしな、致し方なしじゃ」


「…あ、そう、まぁ逃がしてくれるならどうでもいいわ」



「ありゃ? 煽ったけど意外と冷静じゃな? 怒っとらんのか?」



 天姫が羽を広げ、大きく羽ばたく。


 天姫の体が浮き始め、辺りには強風が吹いていた。


 麗は何とか耐え凌いでいる様に腕で防御している姿勢だが、少女はまるで動じず、その動きをじっくり見ていた。


「さようなら」


 そして、飛び立つ寸前天姫の口が開く。


「糞餓鬼が」


「あ、やっぱり怒っとったな」


 バシュ……ゥゥ…!!

 少女の言葉へは何も返さず、とてつもない速さで天姫の影が天井を突き破り、二つ目の大穴を作って、どこかへと飛び立っていった。


「……まぁ、あれだけ痛め付けたら、暫くは大人しいじゃろ、さて」


 気だるそうに少女はつぶやき、お面を元の位置へ戻して麗と千彩の方へと近づく。


「おーい、大丈夫かー?」


 麗は一連の出来事を処理出来ぬまま、呆然としていた。


 話し掛けても返事がない麗を心配したのか、もう一人の少女が顔を近づけて話しかけてくれる。


「だ、大丈夫ですか? 怖かったですよね?」


 薄く金色の肩辺りまで伸びた髪が優しく揺れ、少し困っている様な眉と幼げな丸目が心配そうな顔で麗のことを見つめる。

 顔の左側には耳を隠すような位置で白い兎の仮面を付け、片方とは違い目を隠していない。

 もう一人の少女と似たような服装だが、こちらはしっかりした素材で股下まで丈が伸びて、腿の真ん中辺りまである白色の足袋を履いていた。


「で、でも私たちが来たからには…」


 少し震える声で優しく聞いてくれる姿を見て、麗は安心から一気に気が抜けて、凄まじい疲労感に意識が一瞬で遠のく。


「……もう…安心……てうわぁ!!」


 力が抜けて倒れかけた麗を薄金髪の少女が咄嗟に支えた。


「あわわ! 大丈夫ですか!? 死にました!?」

「そんな事言うなー」


「…………………て…」

「え!?何ですか…!?」


「……千彩さん…を……助け…て…」


 最後にそう言い残した麗の意識は、そこでプツリと切れた。

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