第7話 手柄

「と、討魔隊って…本物!?」

「はい」

「わぁ!凄い!本当にいたんだ!!ねぇ!辰之助!本当にいたんだよ!!」

 麗が子供の様にはしゃぎ、辰之助の肩を掴んで揺らしている。

「あぁ、分かったから離してくれ…」

 千彩から目を離せず、唖然としていた辰之助だったが流石に正気に戻って麗を止める。


「凄いなぁ〜…!かっこいい〜…!」

 手を離した麗だったが、すぐさま千彩へとキラキラした羨望の眼差しを向け、千彩も少し困惑している。

 その後ろで倒れている歳典も麗の顔を見て安心したのか、やれやれ、という少し呆れた様な優しげな表情を浮かべ、軽く溜息をついていた。


 先程までの緊張した空気から一変、安心感と喜びから穏やかな空気が流れ始めていたが


「…ふざけんなよ…!」

 その空気を再び緊張に引き込む言葉が麗と辰之助の方から微かに響く。

「…なんだよ、討魔隊って…なんなんだよ…!」

 咄嗟に麗を守る体制を取るが、東は何もせず、ただ項垂れて、吐き捨てる様に、泣きながら愚痴を零している。


「…俺は終わりだ…殺される…組長に…あの怪物に…」

 少し経つと頭をガシガシと掻きむしり、聞き取れないほどに小さなうめき声になって行く。

「貴方は殺させません、私達が守ります」

 千彩がそう言いながら、東に歩み寄る。

「黙れ!お前に"あの女"の恐ろしさが分かるか!?あいつは正体は紛れもない化けも…!」

 ぐしゃぐしゃになった顔をあげ、近づく千彩を睨みながら東は叫ぶ。


 シュ…!


 その言葉を遮るように、千彩がいつの間にか東の耳の横に拳を飛ばしていた。

「ひ…ひぃぃ…!」

 それに気づいた東は少し遅れて頭を抱えて、子供のように蹲った。


 しかしそんな千彩の視線は東の方には向かず、自身の拳に握られたキラキラと光る何かに吸われている。

(……これは…)

 細く鋭い、一本の針。

 このままいけば東の耳に入って、彼は死んでいた。



「…誰ですか?」

 千彩が、いつの間にか扉が閉まっていた入口の方を向く。


「あーぁ、気付かれた」

 そう扉越しに声が聞こえる、いつの間にか現れていた、細身の人型の影が頭を搔くような形をつくる。


「姿を見せなさい」

「やなこった、てかお前何だよ、何で針止めれてるんだよ、意味わかんね、可愛いから使ってやろうかと思ったのに強いなら範囲外だわ」

 苛立ちを隠せない声色で、淡々と千彩に文句を垂れている。


「…そ、その声……若…!?」

 東の顔が先程の赤い顔から一転して、少しずつ青ざめる。

「…あー、えっと…その…名前出てこねぇや」

 気だるそうに影が扉から歩いて姿を消そうと壁の方へ動く。

「ま、とにかく」

「待ちやがれ!」

 辰之助が扉に向かって走る。

「終わりね、君達」

 そういった瞬間、人影が完全に壁へと飲み込まれる。

 辰之助は勢い良く開け、当たりを見渡すが誰も居ない。

 薄暗くなり始めた街で、先程と変わらず多くの人が行き交い、偶に辰之助の方を奇異な目で見る物もいた。


「…くそ…!」

「…先に皆さんを治療しましょう、辰之助さん、貴方もです」

「…いや、俺はどこも…」

 そう言おうと歩こうと一歩を踏み出した途端、右足に力が入らない事に気付く。


「…くそ、毒か…あの蜂野郎…!」

 能蜂に刺された方の足を抑えながら、辰之助はその場に座り込んでしまう。

「…麗さん、嶋田さん、この店に救急箱などありますか?」

「…悪いが、ここには置いてねぇ、どいつもこいつも頑丈過ぎて怪我しねぇからな」

 申し訳無さそうに歳典が笑いながら答えてるが、かなり辛そうだ。


 東は完全に沈黙し、ただ項垂れて魂が抜けた様な目をしている。


「わ、私が人呼んでくるよ!この辺りに、確か…!」

 そう言って麗が立ち上がる。

「その必要は無いよ!」

 と店に女性の声が響く、そして扉の前に五人の男女が立ち、その内の男三人は刀を持ち、後の二人は若い女性と見覚えのある顔の女性。


「お、女将!?」

 辰之助が驚きの声を上げる。

「嶋田さんが路地裏でそこの大馬鹿者の東と話してるのを見たってのを聞いてね、急いで何人かで見に行ったが、そこにはだーれも居なくなってた、嫌な予感がして店の方に来たらこうなってた訳さ、ふふ、念の為に近所の医者も連れて来て正解だったよ」

 女将は鼻を鳴らし、得意げに話している。

「さ、説明は終わりだ、野郎共さっさと動きな!」

 女将が声をかけると、はい!と息のあった返事と共に全員が動き出す。


 そして、女将もゆっくりと店に入り

「良くやったね、大手柄だ」

 千彩、辰之助に向かって賞賛の言葉を送り、奥に居た麗へとその歩みを進める。

「大きくなったから気づかなかったよ、麗、久しぶりだねぇ」

 と麗を優しく抱きしめる。

「…あの、今日のお昼以外に…会った事ありましたっけ…」

 困惑した麗が少し苦しそうに聞き返す。

「…あぁ、あんたが赤ん坊の頃に、一回だけ、ね」

 少し涙を流し、女将は麗を抱きしめ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る