第4話 願い
月明かりに照らされた部屋、何処か緊張感が漂うその部屋には二つの人影、壁に腰掛ける青年と布団で眠る黒装束の何者か。
その異様な空気感の中、壁に腰掛ける青年は
(…何してるんだ…俺…)
己の置かれた状態に困惑していた。
(部屋で寝てただけの筈なんだけどな…)
さっきの事故で完全に目が覚めてしまった辰之助は、もう一つの人影に視線を移す。
「…えへへぇ…みたらひぃ…zz…」
頭を抱える辰之助の傍には、だらしなく寝そべり、既に仮面は外されたその顔は、幸せそうで間抜けな表情で涎を垂らして眠る少女の顔だった。
まだ幼さが強く残る顔、恐らく十五、六辺りの年齢、少し気の強い元気な子、という顔つきでとても盗人をしていたとは思えない様な雰囲気をしている。
(本当に…こいつが…?)
辰之助がその正体に疑問を持った瞬間。
「ぅ…わぁぁ!!」
「!?」
と、叫び声をあげながら少女が飛び起きる。
「…あ、ありぇ…?ぁ痛たた…」
寝起きでボケっとしながら、思い出したかの様に後頭部をさする。
「おい」
「…んぁ?」
「…聞きたい事がある」
「……なぁに…?」
質問をしようと辰之助が声をかけるが、頭の次は眠い目を擦り、欠伸をしながらの気の抜けた空返事しか返ってこない。
「フワァ…」
少女は更に一際大きな欠伸をして、再び布団にくるまろうと寝転ぶ。
「おい…!」
「あと…にじかん…グゥ…」
「起きろ!」
大きな声が響く、辰之助の顔は怒っていないがこの状況のせいか自然に怒気がこもった声になった。
その声を聞いた少女は渋々顔をあげる。
「んもー、まだ暗いから大丈夫…」
少女が完全に辰之助を視界に入れる。
「……」
一瞬の沈黙の後、少女の脳内に先程の記憶が蘇る。
「……あ…あー…あはは…その…えっと…」
流石にまずいと思ったのか、たじたじになりながら腕をよく分からない動きで動かし、何とか誤魔化そうとしている。
だが、しばらくして
「…えー…と…ごめんなさい」
普通に謝罪の言葉を述べた。
辰之助は呆れた様な、諦めた様な溜息をつくとさっきから気になってた事を聞き始める。
「それで、お前は何者だ?」
「えーと、言えない!秘密!」
「何で刀なんて盗んでたんだ?」
「秘密ー!」
「誰か他に協力者は?」
「ひーみーつー!」
(なんなんだよ、こいつ)
と再び辰之助は溜息をつく。
「そうやって何も喋らないつもりなら、こっちにも考えがある」
「…何するの?」
「お前を牢に入れる」
「全然良いよ、逃げれるし」
(本当に何者だよ)
そんなやり取りを幾度となく続けるが、最初と何も状況は変わらず、ただただ疲労感だけが溜まり、辰之助は完全に諦めてしまった。
そして沈黙、先程の様な妙な緊張感など無く、ただひたすらに気まずい空気が流れる。
「……私からも…聞いていい?」
その沈黙を遮り、盗人が口を開く。
「…何だ」
もう色々と面倒臭くなった辰之助は無気力に返事をしたが
「"
「討魔隊?」
聞き慣れない単語に僅かに興味を引かれ、盗人の方に耳を傾け始める。
「うん!"妖魔"から人を守る為に作られた、とっても強い人達が沢山いる所なんだよ!」
(妖魔を…)
妖魔、古来からこの国に蔓延り、怨念、執念、または偶発的に生まれる人間の敵であり、時に味方にもなりうる異形の存在。
大多数は意志を持たない有象無象だが、一部の個体は意志と知恵を持つ。
そういう者は、個人の強い恨みや執念を持つものが死した時に生まれ、殆どの場合、生前の記憶を持ち、人に紛れて生活している。
強さも力も様々だが、強い個体ともなると並の剣士が何人居ようが太刀打ち出来ない程の強さを持つ。
(…そいつらを倒す…実力者集団…)
少し意識を戻すと、まだ盗人は子供の様に目を輝かせ、討魔隊の事を盗人が熱く語る。
「会った事あるのか?」
「無い!」
盗人は満面の笑みで答える。
(無いのかよ)
と辰之助は心の中で突っ込む。
「それで!何か知らない!?噂でも何でもいいから!」
そう言いながら盗人が怒涛の勢いで辰之助ににじみ寄り、顔を当たる寸前まで近づけ、相変わらず輝いた目で辰之助に聞く。
「…知らない、聞いた事も無いな」
確かに妖魔は脅威だが、強い奴は余り表には出ないし、弱い奴も不安定で勝手に消えたり、別の伐魔士に倒されたりしている。
お陰で妖魔自体が世間に広まっていない、そもそも被害は出ていないという事なのに、そんな奴らが居ても本当に役に立つのか、疑問でしかない。
「そっかー…」
盗人もがっくし、と項垂れ、あからさまに元気を無くす。
「…また探し直しかー、親分…ごめん…」
と、聞き捨てならない単語が盗人の口から飛び出る。
「親分?」
「あ、やば…!」
「誰だ?親分って」
「ひ、ひひ秘密!秘密だから!」
明らかな動揺を見せ、空気の抜けただけの下手くそな口笛を吹く。
「それに、探し直し?どういう意味だ」
辰之助からすると、向こうが勝手に自爆して重要な情報をもらした状態だ、この期を逃すまいと辰之助が責め立てる。
もちろん、ただ聞いているだけでは無い、少し考えてみれば明らかにおかしいこともあった。
こいつは多分、悪い奴ではない。
いやまぁ盗みはしてるし、世間的には悪い奴ではあるが…今は直感でそう感じている。
さっきから逃げる機会など幾らでもあるだろうに逃げる訳でも、ましてや攻撃をする訳でもない。
盗みに入ったにしては間抜けだし、敵意が少な過ぎる
それに少し話して分かるが見た目相応…それより少し幼いただの少女だ。
もしかしたら何か事情があるのかも知れない、こいつが盗みをしなくちゃ行けない程の暗い事情が。
(…もしそれが…こいつを追い詰めているなら…)
辰之助の心に、かつての記憶が巡り始める
『人は助け合う事で初めて生きていけるんだよ、辰之助』
遠い記憶の中にて輝く、かつて憧れた低く優しい、穏やかな声、それに紛れてもう一つ。
『…人を助けられる、立派な人間になるんだぞ、辰之助』
明るく元気なあの人から発せられた、幾度も思い返した最後の言葉。
その二つが彼の中で緩やかに反響し、それに連なる思い出と共に辰之助の心に去来していた。
(…そうだったな、先生も教えてくれたし、
使命感か、はたまた同情か、それとも目の前の少女の雰囲気が、初恋の人に似ていたのか。
いずれにせよ、彼の中で少女を助けたいと思う気持ちが堅く芽生え始める。
(…困ってるなら、悪い事辞めさせて助けてやらねぇとな)
気がつけば辰之助は盗人へと詰め寄っていた。
「……え? いやちょ…」
先程と打って変わって、今度は辰之助が盗人を押している。
「ひ、秘密だってばぁ…」
盗人の否定からはもう勢いが消え去り、半泣きで顔を真っ赤にし、怯えながら絞り出すように言葉を発している。
「教えろ、事情があるなら力になれるかも知れない」
「……え?」
その言葉に、追い詰められて萎縮していた盗人が反応する。
「…ほ、本当?た、助けて…くれるの?」
驚きと困惑、喜びが混ざり合ったかのように盗人の口から自然と言葉が漏れ出す。
先程の泣き顔から、徐々に驚きつつも僅かな希望を見出した様な顔付きに変わっていく。
辰之助は顔を離し、少し間を開けてから言葉を返す。
「そっちの事情次第だ、くだらない事なら放っておく」
元々、盗みに入られているから助ける義理などない。
だが辰之助にはこの少女の不自然な点から、知らない誰かにすら助けを求めざるを得ない状況なのではないか、と感じさせられた。
だから少女は逃げなかった、きっと心のどこかで、ずっと誰かに助けて欲しかったからだ。
「……っ…」
何かを強く決心したかのように、少女が口をゆっくりと開く。
「……お願い…」
涙で目が潤み、声が震えるがしっかりとその口から、堪え続けた助けを、願いを紡ぐ。
「…この町と…親分を…助けて…!」
少女の頬をゆっくりと涙が伝うと同時に何か胸の奥にあったモヤモヤした重い物が少しだけ消えた様な感覚がした。
そして、辰之助はその願いを聞き、ただ一言
「分かった」
一瞬の沈黙。
そして
「……うっ…」
少女の目から更に涙が溢れたと思うと
「ぅ…ぁぁぁぁん!良がっだぁぁあぁ!」
と泣き出し、声が部屋…どころか宿中に割と洒落にならないくらいには響き渡る。
「っ…馬鹿…!静かにしろ…!」
流石に周りの客が起きたらまずい、と急いで辰之助は少女の手で口を塞ぐ。
「んむごごごごぉ…!」
「気持ち悪いかもしれないが…こうしないと色々と俺がマズくなる…!」
この状況を客観的に見れば、部屋に少女を連れ込んで泣かした挙句、口を塞いで何かしようとしてる旅の男にしか見えない。
この町を助けると言ってしまった手前、この状況を見られれば先に辰之助を社会的に助けなければならなくなってしまう。
口を抑える辰之助の手が少女の涙やら鼻水でベチョベチョになりながらも少女が落ち着くのを待ち、手に伝わる声の振動が弱まったのを感じて、ゆっくりと口から手を離す。
「ぷはっ…!」
「ちょっとは…落ち着いたか?」
部屋に数枚置いてあった布巾で手を拭き、別の布巾を少女に渡す。
「うん…ごべんなざい…ズビ…」
出てくる鼻水を拭きながら、少女は答える。
「私…ずっと…誰にも言えなくて…やっとスッキリしたよ…!えへへ…!」
腫れた目と涙跡だらけの顔だが、少女の笑顔は先程よりも輝いて見える。
「…そうか」
その顔を見た安心感とろくに寝れてない疲労からか、溜息と共に言葉を洩らしながら辰之助は横になり、急激な眠気に襲われる。
「あ、でも…これからが重要なんだよね?」
(そういえばそうだった)と言わんばかりに辰之助の消えかけた意識が覚醒し、瞼を開く。
「でも……えーと…何処から話せば…うーんと…」
少女はまた考える姿勢に入り、思考を巡らせている。
そんな少女を見かねて、辰之助はゆっくりと起き上がり口を開く。
「…まずは、お互いの名前からだ」
「あ!そうじゃん!私貴方の名前知らない!」
「俺は長陽 辰之助」
「私は
麗が手を差し出す。
「あぁ、よろしく」
差し出されたその手を、辰之助は固く握り返す。
僅かに開いた襖の隙間からその光景を眺める一つの視線に、二人は気付く由もなく、夜は更けていった。
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