伐魔剣士

ヌソン

序章 始まりの決意

第1話 朝

 ここは朝を迎えたとある森

 木の上で朝を報せる小鳥が囀り、太陽の光を受けて輝く川の中には魚が泳ぎ、時折吹く穏やかな風に、サラサラとほんのり赤みを帯びている葉が音を鳴らす、そんな在り来りな森。


 しかし、一本だけ周りとは違う木がある。

 その木の根元には朝の陽に気付かず、両手を頭の後に置いて仰向けになり、寝息を立てている長髪の青年が一人と彼が持ち主であろう木に立てかけられた刀が一本、刀に引っ掛けるように置かれた紐付きの笠が時折、風に揺れている。


「…zz」

 薄い少し大きい使い古した麻袋を頭の下に敷き、硬い地面を敷布団、体に落ちている幾つかの赤い葉っぱを掛け布団に見立てている様な、安眠とは程遠い天然の布団だが、そんな環境でも青年は構わず眠っている。

 そんな彼の頭上にある木の枝に止まっていた小鳥が、ふと飛び立つ、すると小さな実の着いた枝先が微かに揺れる。

 その揺れに合わせるように小さな実が枝先を離れ、青年の額にポトリと落ちる。


「……ん…」

 それが原因か、はたまた偶然か、実が当たったと同時に青年は目覚め、額に落ちた実を払いながらゆっくりと体を起こす。

「…ん…んぅ〜…!」

 座りながらの伸びの後、肩を揉み、首を鳴らしながら、青年は怠そうに愚痴を零す。


「…体…痛って…」

 やはり、この天然布団では良い睡眠とは行かなかったらしい。


「あー、温かい布団で寝たい…」

 誰に聞かせるでもないデカい独り言を呟き、青年は眠そうに、長髪で隠れた目を擦る。

 欠伸をしながらも、慣れた手つきで腕に巻かれた紐を髪にかけ、肩まで伸びた後髪を頭の後ろで結び、総髪にする。

 前髪は目の高さに真っ直ぐ合わせているらしく、頬の辺りまで伸びた後ろ毛と共に結ばずにそのまま下ろしている。


 切れ長の目に入っている茶色の瞳が眩しそうに空を見上げる。

 寝る前は少し曇っていたが、今は雲ひとつ無い青空が広がる。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、軽い柔軟と伸びをし、

「よし、いい朝だ」

 腰に手を当て、少し眠そうに、しかしそれが当たり前だと言うように自信ありげに呟く。


 少しの間、空を眺め、ゆったりと陽の光を堪能していると、

(ちょっと待てよ…)

 青年が何かまずいことを思い出したかの様に、麻袋を拾う。

 青年は震えながら、袋の中を探る、薄い布が一枚と着替えが一着、更に小さな袋に入った干し肉が三切れ、水の入っていない水筒が一本入っている。

 一度全てを取りだし、再び麻袋の中を見たり、手を突っ込んで掻き回したり、ひっくり返して振ったりして、中を何度も確認する。

 一連の行動が終わると、膝をつき、頭を抱え、蹲って、落ち込んでしまう。


 理由は簡単

(金が…無い…)

 金が無ければ宿に泊まることが出来ない、宿に泊まれないという事は再び天然布団で眠る事になってしまう。

 もうかれこれ一週間は野宿で生活してる、これ以上は本当に辛い、何より夜が寒くなる季節に差し掛かっているのだ。

 急いでさっき出した物を片付け、身支度を整える。


 笠を頭に被り、腰に刀を掛け、肩から麻袋を下げる。

 陽はまだ東、前の街からかなり進んできた。

 前の街で聞いた、目的地までの日数と合わせると、次の町まで急げば昼までには着くだろう。

 そこで日雇いの仕事を探して、何とかして日銭を稼ぐ。

 もう何でもいいから宿屋で寝たい、布団で寝たい、安くても何でもいい。

 その一心で青年は走り出す。


 彼の名は長陽 辰之助おさび たつのすけ

 魔を狩り、人を守る伐魔士ばつましであり、仇討ちの為に旅を続ける復讐者だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る