第47話 絶対に死ぬ村(3)



「では、十年前から1人も……帰ってこないんですか?」

 メグミがまた押し黙ったので俺はサーモンの刺身を食ったり、いくらをご飯にかけたりして食事を楽しむ。

 メグミは俺に話そうか否か迷っているようだ。刺身ってこんなに美味かったっけ。

「十年前……私の兄、笠間裕一郎かさまゆいちろうが初めての犠牲者でした。兄は当時大学生、私とは10歳以上離れていました。遠くまで漁に行って年に数度しか帰ってこない父のかわり……みたいな大きくて優しい人でした」

「お兄さんはどうしてダンジョンに?」

「兄は……大学生をしながら冒険者をしていたんです。ダンジョンで面白い植物や美味しい食べ物を持ってきてはモンスターを倒した話や綺麗な写真を見せてくれました」

 なるほど、お兄さんは冒険者で村にできたダンジョンに入り死んだ。

「初めてこの村にダンジョンができて、兄はすぐに向かいました。でも、帰ってくることはなかった。それから、このダンジョンに入って行った冒険者の人はみんな死んでしまった。帰ってくることはないんです。この前の忍者さんたちが初めてかも……」

「その忍者さんたちは何か?」

「怯え切った様子で何も話してはくれませんでした。きっと、恐ろしいモンスターがいるんです」

 なるほど、だとすれば簡単な話だ。

 そのモンスターを倒せばいいのだ。冒険者にとって「絶対に倒せないモンスター」

「誰も倒したことがないモンスター」なんていうのは怯える理由になんかならない。むしろ、燃料材である。

 最近は、スキルガチャ配信はあったもののその他は村の謎を解くのがメインでモンスターはほとんどヌルゲーだったし、俺としてはここでガッツリ強いやつとの戦闘がしたい。

「メグミさん、すみません。俺、根っからの冒険者なんです。強いモンスターがいるなら挑戦したい。それだけです」

 メグミはぐっと唇を噛んだ。

「みんなそうおっしゃいます。でも、残された人の気持ちはどうして考えないんですか? 大野さんだって……もし大野さんがなくなったら千尋さんがどんな気持ちになるか考えないんですか?」

「メグミさん、俺のことを?」

「もちろんです。お客様だから顔に出したらいけないって思っていたけど……だって世界一の同時接続者数も美咲チャンネル、正義のアマミヤ逮捕も大きく報道されてましたから……」

 俺はメグミの気遣いに心が少し暖かくなった。彼女はプロの仲居として俺のことを知っていたがあえて知らないふりをしていてくれていたんだな。


「千尋さんだけじゃなくて、たくさんの視聴者が悲しみます。だからダンジョンに入るのはやめた方がいいです」

 ここまで言われると、俺は少しメグミを疑いたくなってしまう。彼女がなにかしら事実を知っていて、こうして冒険者を煽っているとか。もしくは彼女自身が山中兄妹のように冒険者を食い物にするボスモンスターをタッグを組んでいるとか。

「どうして、他人にそこまで?」

「昨日まで笑って食べてここに泊まっていた人がもう世界からいなくなってしまう。そんな経験をここ数ヶ月でもう何十としました。まるで自分が殺しているみたいで、すごくしんどいんです」

 メグミは俯くとポタポタと床に涙をこぼした。よく見れば彼女の化粧のしたにはうっすらとクマがすけていたし、着物の袖から見える手首も骨張っている。

「でも、村の大人たちは口を揃えてこう言うんです」

 彼女は悔しそうに

「冒険者がダンジョンに入るのは自己責任。村がダンジョンのおかげで観光地になっているんだ。俺たちには関係ないって。変ですよ。人が死んでるのに、お金が儲かるからそれでいいなんて」

 演技、ではないのかもしれないが……俺は今まで出会った人たちを脳裏に浮かべてやっぱり彼女に自分が警察の依頼で来ていることを話すのはやめておくことにした。

 念には念を入れないと。

「村の人でダンジョンに詳しい人はいますか?」

「いえ、この村は元々漁師が多い村です。生まれながらにして冒険者になろうなんていうのは変わり者で……。私の兄くらいでした。兄が死んで、それから何人かの冒険者がダンジョンに入って戻らないことを確認すると最初は禁域として誰も近寄れないようにしたんです」

「なるほど……ではいつから? 冒険者がたくさんくるように?」

「数ヶ月前です。配信者の方がどこからか噂を聞きつけてネットに<絶対に冒険者が死ぬダンジョン>って投稿を。その方も……戻っては来ませんでした」

「その人の配信って残ってます?」

「はい、金城ダンジョンっていう配信者さんです」

 確か、経堂刑事から聞いた前情報でも彼が発端となっていたはずだ。

「彼も戻ってこなかった……と」

「はい。実は私……先日その、忍者さんたちがミイラになった死体を持ち帰ってくるまで心のどこかで、ダンジョンには別の出口があってそこから逃げたんだと思っていたんです。だって、怪我をして戻ってくる人すらいないって変でしょう? だからもしかしたらダンジョンの中は入ったら前にしか進めないようになっていて、出口はどこか遠くとか……」

 自分がおかしなことをいっているとわかっているのに彼女は口走った。

「どこかで兄が生きていてほしいとそう思ったんです。兄は、私たちのために自分を犠牲にしていたから……逃げたんだって。でもどこかで幸せになってくれていたらいいなって」

 メグミは相当精神がやられてしまっているのかもしれない。たとえ彼女の言うように出口が別にあったとしても、配信者なんかは絶対に配信を止めないし、だとしたらこんな噂が立つはずがない。


「これ、持っていてもらえますか」

 俺はバッグの中から小さな石を取り出すとメグミに渡した。

「それは俺が初めて入ったダンジョンで手に入れた夜光石の結晶です。まぁ記念品みたいな。特に効果効能はないんですけどね。でも大事なものなんです。あなたに預けるので大事に持っていてください。俺が戻るまで」


「絶対に気持ちは変わらないんですね」


「えぇ、俺は行きます。絶対に」


「大野さん……、絶対に帰ってきてくださいね」

「もちろんです」

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