第46話 絶対に死ぬ村(2)
北海道の夏は爽やかに暑い。びっくりするくらいの長い距離をタクシーに乗って、俺はヨノ村という小さな集落にたどり着いた。
久々の一人旅に心を躍らせていたのだが……村の入り口には「冒険者大歓迎」と書かれた派手で大きな弾幕が掲げられており、なんというか風流が台無しだった。
「あら、あなたは冒険者の方?」
「は、はい……」
「もしかして、ダンジョンに挑戦を? もしよければうちのお土産屋さんに寄って行ってくださいな」
「こらこら、まずは腹ごしらえでしょ? うちにはなんまら美味しいルイベがあるの。食べて行ってよ」
「ルイベならお土産屋にもあるわ!」
「あら、ホカホカの白米はあるのかしら?」
美女たちが喧嘩を始めたので俺はそろーっと予約してある宿の方へと向かった。絶対に冒険者が死ぬダンジョンのおかげなのか村は発展しており、村の中にある唯一の宿はまるで高級旅館のようだった。
「いらっしゃいませ。えっと、大野さんですね」
「はい」
「お部屋はスイートですね。お荷物をこちらへ、ご案内します」
部屋はもちろん最上級のスイートルーム。
いつも通り美味しそうなフルーツがテーブルには置かれていて、部屋の設備も環境も最高。
でも、千尋がいない分少し寂しく感じた。
いかんいかん、ナツキダンジョンだった頃はこんなの当たり前だったろう。あのマヨネーズ狂がいないだけ飯がうまく感じるはずだ。
「お夕食はこの時間帯になさいますか? 大野様は海鮮コースをお選びですので18時開始か20時開始がお選びになれます」
「18時で……あと明日の朝食なんですけどコースではなく一括で出してもらうことってできますか?」
「えぇ、もちろん可能ですが……」
「じゃあ、明日の朝食はコース料理を一度にお願いします」
仲居さんが出て行った後、俺はすぐにPCを開いて動画投稿の準備を始める。村の外観などさっき歩きながら撮影した映像をちゃちゃっと編集し、事前に千尋と一緒に撮影した企画説明の動画をくっつける。
「今回は初企画! 傭兵単独潜入取材! 絶対に冒険者が死ぬダンジョンVS絶対に死なない男!」
あたらめてこの動画のタイトルを見るととんでもないホコタテである。でも、こういう企画は視聴者ウケがいい。というか、最近は俺個人に対するリクエストも増えてきたしちょうどよかったといえばちょうどよかった。
アマミヤの件から爆発的に視聴者が増えただけでなく、元々俺を知らなかった人やかなり若い世代の視聴者も多いことから編集には少し時間をかける。わかりやすいようにテロップにもふりがなをいれたり、効果音も少しコミカルにして俺たちよりも若い世代でも飽きずに見られるようにしないと。
そういえば、この前のサイコドラゴンの件で颯太がプチバズりして彼も冒険者になったと連絡がきたっけ。奴の固有スキルは弱いものだが打撃系は経験を積んでスキルレベルをあげることが可能だし、サイコドラゴンから得た未来予知があればある程度のダンジョンは攻略ができる。
昔の俺のように少しずつスキルを集めれば立派な冒険者になれるだろうな。
「失礼します」
俺と同じくらいの年頃の仲居さんが部屋に入ってくると、小さな七輪やら釜飯やらなもりやらを次々と運んでくる。この村の女子高生だろうか?
そういえば、千尋と出会った時もこんな感じだったよなぁ。
「あの、大野さん……」
「はい?」
「私、
笠間メグミは落ち着いた感じの美人で色素の薄い茶色の瞳と長いまつ毛が特徴的な女性だ。学校にいたら吹奏楽部とかに入ってそうなタイプ。
「は、はぁ……笠間さん」
「あの、大野さんきっとあのダンジョンに行かれるんですよね。やめておいた方がいいです。先日も、ここに泊まった有名なダンジョン冒険家の方が亡くなって……」
俺はここでこっそりスマホの録音をONにする。
「私……みちゃったんです。ミイラみたいになった手」
ダンジョンで死んだ冒険者の死体はそのほとんどが回収されない。もちろん、遺族の希望と財力があれば専門の業者が死体を回収、できない場合は死体をカメラで収めて帰ってきたりもする。
ナツキダンジョン時代にそういう会社からオファーが来たことがある。俺の検知スキルはそのためにあるようなもんだしな。
「ミイラ?」
「はい、つい先日あのダンジョンに入っていた冒険者さん、数日戻らず追いかけるようにやってきた忍者みたいな人たちが5人ほど……その助けに入ったんです」
多分それは「民間の死体回収班」だ。その冒険者は自分が数日連絡しなかった場合はダンジョンで死体を探すパックにでも入っていたんだろう。
「戻ってきた忍者さんはたった2人」
「ブルーシートに包まれたご遺体の手は……まるでミイラみたいで、その」
メグミは恐怖からか震え出した。
「あのダンジョンに入って帰ってきた人はいません……だから大野さんも行かないで。ここで美味しいご飯を食べて、村を観光して帰ればいいじゃないですか。自分から死にに行くようなことしなくていいじゃないですか」
といわれても、冒険者である俺たちには全く響かない。
死んでもいい覚悟で戦いたい。ダンジョンがなかった時代は「戦うこと」は悪とされていたがダンジョンができてからその感覚が薄れたとお年寄りたちはよく言っている。
「ははは……絶対に帰ってきますよ。俺、少しはできるんです。ちなみになんですけど、ダンジョンで人が死に始めたのはいつからですか?」
メグミは俺を止められないとわかると俯いてしまう。俺は構わず目の前の七輪に乗っかった特大ホタテに醤油をかけた。
「ダンジョンができたのは……十年前です」
メグミはダンジョンができた当初のことをぽつりぽつりと話しだした。
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