第43話 笑顔の村(7) 真相解明 後編


「なんだ……今の」

 男の記憶から戻ってくると、目の前で颯太と千尋が青い顔をしていた。2人も俺と感覚を共有していていたから……あまりにもグロテスクで男の感情が直に伝わって、俺も胃の中を戻しそうだった。

「颯太……あれは?」

「多分……古谷家の人じゃないかな……引きこもりだったから僕はよく知らないんだけど……」

「でも、内容的に村八分になったみたいだね。お子さんの容姿か何かが原因だったのかな……それとも他のことかな」

 千尋は悲しそうに話しながら考え込むように眉間に皺を寄せた。

「とりあえず、浄化しよう」

 俺は浄化スキルを右手に宿して赤黒く光った木に触れた。大概の呪いを浄化してしまうこのスキルであれば人間の恨みなど造作もないだろう。コックリさんだって浄化したことがあるんだし。

 しかし、何度俺が木に触れても浄化は発動しない。赤黒い光はいっこうに消えることなく禍々しいオーラを放っている。


「くはははは、愚かよのぉ。小僧」


「クソっ」


 俺はサイコドラゴンの性格上、俺が悔しがればさらに煽ってくると予想してわざと悔しがって木をぶん殴った。


「ポッと出の余所者冒険者にこの呪いが解けるものか、くははは」


「バカめ……」


「何? 小僧……」


「颯太。少し力を貸してくれ」


「いいけど」


 俺は颯太の手を取るとナイフで短く浅い切り傷をつけた。滲んだ血を指で掬い取るとその血を赤黒く光る木の幹に押し当てる。


「やめろ……小僧!」


「じゃあな、サイコドラゴン」


 ジュウジュウと肉でも焼けるように木の幹が浄化されていく。この怨念の主はこの村の人々を呪うと呟いていた。だからこそ、この怨念の浄化に村人の血が必要だったのだ。まぁ、颯太は村人の血を継いでいるだけだが……。


「我が……負けるとは」


 それを最後に勾玉の中の濁りが消えた。その瞬間、森の中で光を帯びていた木々たちがふわりふわりと揺れる。まるで風でも吹いているかのようだ。光が徐々に、徐々に幹を昇っていき、ゆっくりと天へ登っていく。村人たちの食われた感情……いや思念がサイコドラゴンと古谷の呪縛から解放されたのだ。


「さてと……」


 俺はさっきまで赤黒く光っていたマングローブの木のうろにまんまるの水晶玉のようなスキル結晶を発見した。


<スキル結晶:未来予知>


「未来予知……か。とりあえず、村人たちは普通に戻ってるはずだよ。颯太、千尋、お疲れ様」


***



 俺たちは、村人を救った英雄として宴会に招かれていた。旅館の大広間のお誕生日席に座らされた俺は、お年寄りたちにあれやこれや食わされたり、土産物をもらったりして感謝を告げられた。


「いんやぁ……ワシらがそんなことになってるとは」

「ありがとねぇ……、なんて恐ろしい魔物だこと!」


「安心してください。ダンジョン管理局に連絡をしたので明日にでも行政が立ち入りをしてダンジョンを封鎖するでしょう。間違って入ったり、モンスタ……魔物の影響を受けることもないかと」


 俺の言葉にご婦人たちは安堵し、おっさんたちは「ありがとなぁ」と頷いた。うまい飯と若者向けの炭酸ジュース、村人たちの笑顔……。


「そうだ。颯太くんは?」

 そういえば颯太の姿が見えなかった。彼は俺たちと解散後、一度祖父母の様子を見に行ったっきりこの宴会場には姿をあらわしていなかった。

「彼がいなかったら俺たちは魔物を倒せませんでした。もしや怪我を……?」

 俺の顔を見て村長の相馬権三は表情を曇らせた。

 颯太に怪我がないことを確認した上で返したし……いや、長年引きこもっていた彼はこういう大勢がいる場所は嫌いなのかもしれない。

 だとしても祖父母らしき人たちもいないのはなぜだ?

「あの、颯太くんのおじいさんとおばあさんは?」

 俺の言葉に宴会場はシンと音を失った。村人たちは気まずそうに顔を見合わせたり伏せたりして嫌な空気が一気に漂い始める。


「そもそも、あの古谷家を掃除しようと言い始めたのが、山口家の人間なんじゃ。祟りのある場所に近づくなといおうに、聞かんかった。ワシらが村八分にしたせいで心中が起きたんじゃなんて戯言を……魔物のせいだったというのに」

 相馬権三は偉そうに続ける。

「山口家の人間があんなこと言わねばワシらはおかしな魔物に洗脳されることもなかったんじゃ。その責任は取ってもらう」

 相馬権三は俺の顔色を見て小さな声で

「まぁ、颯太はお前さんに免じて村八分にしないでやってもいい。お前さんたちのおかげで無事村は安泰じゃ。山口家を村八分にすれば問題ない!」



「千尋、かえるぞ」

 俺は立ち上がると驚いた顔の相馬権三が「そんなこと言わずに」と表情を崩したが俺は祖父と変わらない歳の彼を睨みつけた。

「相馬さん、そもそもどうして古谷さんは村八分になったんですか」

「古谷の坊主は決められた婚約者が村にいたのに東京の大学で何処の馬の骨ともわからない女を孕ませてな……。都会の風習を持ち込んだあの嫁とその血の混ざった子供をうちの村が受け入れるわけなかろう? それを口に古谷家の爺さん婆さんは首を括ったというのに……そんな中ボコボコ産んで村のみなに迷惑を……やはり村八分にして正解だった!」

「そうよ! 村八分じゃなくて首を括らせればよかったんだわ!」

 名前は知らないが遠くの方に座っていたおばさんが叫んだ。それを皮切りに村人たちは古谷家や山口家のに対する悪態をつく。

 

「あんたたちは、そんな年になってもイジメをするしか脳のない暇人なんだな」


 俺の言葉に年寄りたちが口を閉じる。


「勝手な理由で村八分にして自殺や心中に追い込んで……それの何が正しいんだよ!  山口家だってそうだ。お前たちは無理やり悪者を作って罰することで罪悪感から逃れたいだけだろう?」


「違う!」

 相馬権三が怒鳴ったが俺は威圧するように彼を睨むと


「古谷家も山口家も悪くない。今回の件で一番の悪者はお前らだ。お前らのくだらないプライドのせいで人が死んだ。そのせいでダンジョンの中のモンスターの力が増幅した。わかるか? じいさん」


 俺は相馬権三の胸ぐらを掴んだ。


「お前らは何一つ正しくない」


「ぐっ、この小僧……!」


「自業自得だったんだよ。すべての原因はお前たちだ」


 村人は俺に何も言い返せなかった。多分、こういう集団圧力にかかっている奴らは最初の誰かの言葉に従うんだろう。最初の人間が褒めれば褒める、貶せば貶す。

 なんて愚かな人たちなんだろう。


「千尋、帰ろう」

「うん」


 俺たちは呆然とする村人を残して、旅館をあとにした。

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