第42話 笑顔の村(6) 真相解明 前編


「それ、まだ生きてるんだよね?」

 千尋が不満そうに俺の手の中にあるピアスを指差した。

「あぁ、封印しているだけだからな」

「でもさ、封印ってどういう原理なの?」


「うーん、俺の命に紐づけたから俺が死なない限りこいつはこの勾玉の中に閉じ込められたままって感じかな」

 懐かしいな、ナツキダンジョン時代に手に入れた封印のスキルがこんなところで役に立つとは。


「多分、こいつの弱点である胞子の浄化はこの木々の中のどれかがあいつの胞子の本体だ。それっぽいのを浄化すりゃいいんだが…」


「検知」


 俺は検知スキルを展開してやつの本体を探る。どうやら一番奥にある一際大きな木の中に胞子は隠されているようだ。


「見つけたぞ」

「早っ……さすがナツキダンジョン」

 颯太が嬉しそうに笑うと俺の指差した方に歩き出した。俺たちもあと追って森に足を踏み入れるととある違いに気がついた。

 森の中にある木々の中に、光っているものとそうでないものがあるのだ。

「ちょっと待ってくれ」

 俺の言葉に2人が足を止める。検知スキルで光っている木を調べてみると


<思念の木>

相馬権三


「なぁ、相馬権三って知ってるか?」

 俺の突然の質問に颯太がびっくり顔で

「相馬さんって言えば村長だな」

 俺は近くで光っていた木を検知スキルにかける。


<思念の木>

相馬富士子


「相馬ふじこさんってのは?」

「村長さんの奥さんだ。もしかして……光ってるのか、村人たちの……感情?」


 感情、ではなく俺のスキルに表示されているのは「思念」だ。感情とは少し違うような……。

 あいつは、笑顔以外の感情……思念を奪ったのか? まぁ、細かいことはどうでもいいか。


「光ってる植物は全部、村人の感情……らしい。傷つけないようにしよう」



 いくつかの光る木々を抜けて、俺たちは奥へと進んでいく。ダンジョンの最新部だというのに、以前訪れた白神山地のように深い森になっている。ダンジョンというのは不思議なものだ。鍾乳洞のような洞窟っぽいものもあればこんなふうに森になっていたり、仮想の空や海が広がっているところもある。

 ボスモンスターはダンジョンの中をより過ごしやすい空間にしていくとはいうがここまでとは。


「くはははは、小僧どもにいいものを見せてやろう」


 勾玉からうざったい声が聞こえたと思ったら、俺たちの目の前には小さな泉とその真ん中に生えている大きなマングローブがそびえ立っていた。そのマングローブは他の木々とは違って赤黒く光っている。

 赤黒い……というか、まるで怨念を具現化したような不安になるような色で、長い時間見ていてはいけないような、背中がゾワゾワするような感覚に陥ってしまう。


「我を封印した小僧、その赤い光に手をかざしてみろ。面白いものが見えるのだよ_



「騙されるかバカ」


「おやおや、真実を知りたいのなら……そうだ、お前たちみんなが見るといい。ほぉら、手を掲げてごらん。お前たちの求めた真実がそこにあるのだよ」




「俺がやる。千尋と颯太には……感覚共有で俺がみた景色を見せるから、大丈夫。検知スキルで害がないってわかってる」

 俺は2人に下がるように伝えてからスキルで感覚共有を2人にかけた。俺の見たもの感じたものが2人の脳内にも直接共有される。

「いくぞ」


 ずぷり、と真っ赤に光る木の幹に手を突っ込むと、俺はまるで夢に引き込まれるように過去にワープした。



***


 手には血に濡れた包丁。太い腕を見るに俺は男だろう。前掛けには酒の文字。酒屋の亭主だろうか。

 足元には俺に縋るように手を伸ばしたまま息絶えた若い女と、その女の腕の中には泣き声をあげない赤ん坊。それから、土間では同じく動かなくなった小さな女の子が倒れていた。

「もう……おしめぇだ……」

 俺はトボトボとダンジョンのある土間の板を持ち上げた。

「村八分になって……」

 ぽっかりと空いた穴におどろいてひざまづいた。

「あぁ、龍神様……どうかどうか俺たち家族を……救って……」


 ぼとり、と包丁が落ちた。


「違う……違う!」


 憎悪の感情が身体中に広がっていくのがわかる。俺は……いや、この男は村中の人たちのことを思い浮かべながら拳を土間に突き立てる。何度も、何度も。

 

「なして……たったこんなことでそんな顔したんだら?」


 笑顔だった村人たちが次第に冷徹な表情に変わっていく様子を男は思い出していた。幼い頃から中の良かった幼馴染も、近所のおじちゃんおばちゃんも……。笑顔が汚い表情に冷たい表情に変わるたび、男の心が傷ついていく。


「そげなことで……なして、俺の子を……受け入れてくれなんだ?」


 男はダンジョンの中に入っていく。やってくるモンスターたちに争いもせず、ボロボロになって腕はなくなり、目も潰れてしまっていた。


「呪ってやる……苦しめてやる」

 

 男は半死の状態だった。ただ、ゆっくりと死が訪れるまで、足をすすめる生き物に成り下がっていた。

 そして、男はついにサイコドラゴンと対面する。サイコドラゴンは小さく、神々しい和龍だった。

「龍神様……どうか……どうか、俺の願いを」

「願い……? 我に感情をよこせ」

「俺はただ……笑顔で……



「お主の願い、我が叶えてしんぜよう。よこせ、よこせ。お前のその強い感情を」


 男の意識がブツリと途切れた。

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