第41話 笑顔の村(5) ボス討伐編
下層はまるで森林のような風景で千尋が「綺麗」と声を上げるほど美しかった。ふんわりと立ち込めた霧の森の中に不可思議なダンジョン植物がキラキラと光を帯びていたり、輝く蝶が飛んでいたり……まるで美しい神様でも出てきそうな感じだ。
「警戒しろ」
検知スキルを展開すると、ところかしこにモンスターがいるようだ。しかし、その姿は見えない。
俺は咄嗟に「真実の月光」を展開する。
「わぁ……みなさん見えてますか、すごく綺麗ですね」
千尋の実況を背に、俺の前には月光に照らされる森、月の光が霧の小さな水滴に反射してキラキラと光り……
「ぐはははは……我を見透かす技を持つ人間がいるとは」
さっきまで森に漂っていた霧は白く大きな和龍に姿を変えていた。西洋のドラゴンとは違って蛇のような太くて長い体、小さい足がいくつも生えていて、顔も細長い。まるで蛇のような糸目は不気味に笑っているようにも見えた。
「お前が元凶だな?」
俺の言葉に白い和龍が首を大きく上げる。一番頭に近い前足の爪がぐわんぐわんと動き、今にも俺たちに飛びかかってきそうだった。いや、あのでかい口からブレスを……?
サイコドラゴン Lv6800
固有スキル:思念の胞子、未来予知
その他スキル:ドラゴンの鱗、ドラゴンブレス(全般)、ドラゴン系物理(全般)、ミストボディ、洗脳、誘導、誘惑、魅惑の言葉、甘言(最大レベル)、瞬間移動、睡眠誘導、透視、
弱点:胞子の浄化
こいつ、幻獣でも神獣でもない。というか見たことも聞いたこともないぞ……。
「サイコドラゴン……」
俺は視聴者のために見えたスキルを読み上げた。読み上げていくたびに千尋と颯太が震えあがっていく。一方で俺はうずうずしてたまらない。
6800レベルのボスで、未発見のモンスター……そんでもってこいつはとんでもない悪党だ。
「おや、我は悪党ではないぞ。小僧」
「よく言いやがるぜ。村人たちを洗脳したのはお前だろう?」
「洗脳? 我を龍神と称えた村人たちに祝福をあたえたのだよ」
ゆらりゆらりと木々に体を巻き付けるように動かし、細く開いた瞳がきらりと光る。
「与えた?」
哀れな人間だと言わんばかりの目で俺を見つめるとサイコドラゴンは
「笑顔を残してやったのだよ。人間は笑顔でいる時が幸せだというじゃないか」
「感情を奪ってブクブク太ることがか?」
「フッ、全てを見透かしているな? 小僧」
<スキル:思念の胞子>
サイコドラゴンの思念を植え付ける胞子。胞子を植え付けるためには感情を奪う必要がある。サイコドラゴンは冒険者の感情を食って力を増し、また食った感情を吐き出して、自身のテリトリーの養分とすることで過ごしやすい空間を製作する。また、怨念の感情を食うことで生まれたサイコドラゴンは強さが増し、強大な存在になるため、仲間同士の仲違いなどを画策する。
なお、このスキルはスキル結晶に反映されない。
「おい、じゃあ……ばあちゃんたちの心は戻ってこないってことかよ!」
颯太が叫ぶと、サイコドラゴンが長い髭を揺らして意地悪く笑い声を上げた。
「おっと、少年。君が踏んづけているその花も、君の親類の感情を食っているかもねぇ」
「最低……! 冒険者でもない村人になんてこと……!」
千尋が演技でもなんでもなく憤慨してサイコドラゴンを睨みつける。
「悲しみ、怒り、妬み……人間の醜い感情を奪ったのみ。我はこの山の龍神になったのだよ」
「何が神だ……」
「人の子がそんなに偉いのか? 小僧。 我は人の子たちの願いを叶えたのみ」
——願いを叶えた?
「颯太、これを」
俺は颯太にナイフを渡す。もちろん、彼は困ったように受け取ったが、俺の手に触れてすぐに男らしい眼差しになった。
<スキル:レベル付与>
それはスキルで颯太に幾つかのスキルと戦闘レベルを付与した。難しいスキルは一つもないが彼の頭の中に突然才能が目覚めたように技やスキルが浮かんできたはずだ。
「大丈夫、思うがままにあいつにぶつけろ、俺の力だから」
「絶対に許さない!」
「くははは! 我の固有スキルは未来予知。お前たちの行動なんて読み通しなのだよ!」
後ろの木々を完全に薙ぎ倒さないようにしなければならないので、真空斬撃は使えない。やつのブレス攻撃をうまいことかわしながら弱点である「胞子の浄化」を狙う。
「クハハハ! 我の弱点などお前たちでは見つけられないのだよ」
颯太が何度やつの体を傷つけてもすぐに蘇生してしまう。俺がサイコロステーキくらい細かく刻んでも、やつは霧に姿を変えてしまうのだ。
「ナツキくん! どうすりゃいいんだ……」
「回復するよ!」
「じゃかあしい!」
俺たちに治癒魔法をかけた千尋が後ろに吹っ飛ばされ、振り返ればサイコドラゴンは霧になって分裂し、2頭になっていた。
「千尋!」
千尋の方に瞬間移動で近寄ってみると、彼女は怪我こそしてないものの疲労困憊だった。というのも千尋は村人の感情が傷つかないように森全体をブレスやら魔法やらから守っていたのだ。
「ん?」
千尋のイヤリングの片方が外れてしまっていた。戦闘中に落としたのだろうか。小さな水晶の勾玉。センスの悪いイヤリングだ。いや、治癒スキル持ちのキャラ作りはいいけどJK風の衣装に勾玉って……。
氷魔法もドラゴン特性で効かない。こいつをいなしながら胞子の浄化をしないといけないのか?
だとしたら、攻略法は一つか。
「小賢しいぞ、小僧」
「見えたかよ、未来が」
(颯太、聞こえるか)
(ナツキくん?)
(俺が合図したらお前に渡したナイフをデカイ方のドラゴンの脳天に突き刺せ)
(わ、わかった)
俺は、検知スキルを展開する。
——あった。
瞬間移動でサイコドラゴンをさまざまな攻撃で追い詰めながら何度も何度も再生を繰り返させた。
「無駄無駄ぁ! お前の行動の全ては読めているのだよ! さっさと諦めて我にその豊かで美味しそうな感情をおよこし!」
サイコドラゴンのブレスをかわし、毒やらなんやらを打ち込んでみたり、腕を切り落としてみたり俺はさまざまなスキルを展開してヤツの気を引く。俺が死ぬほど無数のスキルをどんどん展開することでサイコドラゴンは俺の攻撃を予測して避けて、対策することで一杯一杯になる。
俺だって数年ぶりに使うようなスキルを引っ張り出して一か八かでぶつけまくる。2頭に分かれていたサイコドラゴンはたまらず集約し、細い目をガッと開いて世にも恐ろしい唸り声を上げた。
ビリビリと伝わってくる恨みや憎しみと対峙しながら俺はいろんなスキルをやつにぶち込む想像をする。
俺は幾つかの斬撃スキルを複合させ、やつの後ろに回り込むと土手っ腹にぶち込んだ。
(颯太、今だ!)
やつがぐるりとこちらを向く前に、颯太のナイフが脳天に突き刺さる。
「クフフフフ、それでは我は倒せぬぞ」
颯太が飛び退き、サイコドラゴンがぼわりと霧に変化する。
「万物封印!」
俺は拾い上げた小さな水晶の勾玉をかかげると体を再編成しようとしているサイコドラゴンに投げつけた。
「う、う、ぎゃあ!!!! 我の未来予知にはこんな……こんな……!」
サイコドラゴンが水晶の中に全部入り込むとコロン、と勾玉が地面に転がった。
白く濁った勾玉のピアスを俺はそっと拾い上げると、満身創痍の颯太と千尋の方を振り返る。
「じゃ、真相探しと行きますか」
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