第44話 笑顔の村(8) 終
俺たちは久々に千尋の出身の村に帰ってきていた。寂れていることに変わりはなかったが、村の中を歩く男性たちは背を曲げるようにして小さく歩いている。
男尊女卑がひどいことが原因で聖女クリスタルの事件が起こり、彼らの中に大きなトラウマを植え付けたのだろう。村に何人かの女性がいたが、特に不幸そうな様子はなかった。
「あの件で捕まった女の人たちは釈放された後、みんな旦那さんや家族と絶縁したみたいだね。罪を償うためにボランティア団体を作った人がいて、そこにみんなで住んでいるみたい」
千尋が実家の看板を拭きながら言った。
立派な旅館の看板を下ろして、廃棄するために最後の掃除をしているのだ。というのも、もう数ヶ月この家は空き家になっていて手入れをしてくれる人はいなかったからだ。
「なんかさ、空き家の中にダンジョンができた件でちょっと心配だったんだよね。ほら、うちもママが自ら……っておばあちゃんが言ってたし。おばあちゃんも。だからもし、ここにダンジョンが急にできて、村の人たちを傷つけたらって怖かったんだ」
「俺は別にこの旅館を拠点にしてのんびりマイペースに配信を続けるでもよかったんだぜ?」
というのも、俺たちもそろそろ定住の場所を作ってもいいんじゃないかと思っていたのだ。そもそも、俺はナツキダンジョンであることがバレないようにふらふらとしていたわけで……。冤罪が晴れた今は堂々と街を歩けるし、いい場所にだって住める。近所にも迷惑をかけないはずだ、多分。
どこかの温泉地で小さな家をぽんと借りて住まいにするもよし、都内のタワーマンションをワンフロア借りたっていい。
千尋が望むなら、千尋の実家でのんびりするのだっていいと思っていた。千尋の実家の旅館は死ぬほど部屋数あるから安心だし。管理が大変だろうけど、ホームキーパーさんにお願いすれば済む話だし。
「ううん、いいの。ここにいると楽しかった頃の記憶と……その裏側でおばあちゃんが必死に隠していた恐ろしい風習やお母さんが亡くなった真実がごちゃごちゃになって変な感じになるんだ」
「まぁ、千尋がそういうならいいけどさ。そろそろ来る頃じゃないか?」
「うん、実家とも……本当にお別れだね」
千尋は溢れそうになった涙を拭うと看板をそっと撫でた。千尋の母を自殺に追いやった彼女の父と祖父。そして、その2人を殺した祖母。最後は罪を償おうと自殺した祖母。もしも、俺がここに来なければ、千尋は祖母と2人でこの旅館を経営していたのだろうか。
祖母が隠し通した偽物の幸せの中で、現実なんか見つけずに綺麗なままで。
「ナツキさーん!」
「おっ、来た来た」
大きなバッグを背負ってこちらに手を振っているのは山口颯太とその祖父母だった。こちらへ駆け寄ってくる颯太と彼を追う祖父母はなんだか吹っ切れたような良い表情をしている。
「すげ〜、でっけ〜」
颯太は千尋の実家の建物を見て大きな声を上げる。
「あの、本当にいいんですか?」
「はい、私1人では広すぎますし……、それに使っていただける方がなくなった祖母も喜ぶと思うんです」
そう、俺たちは村八分になってしまった山口家の3人にこの土地と建物を格安で売却したのだ。山口家は元々旅館の番頭をしていた家系でその辺の知識が明るく、若い頃は2人でいつか民宿を経営するのが夢だったらしい。
何より、村八分というイジメの被害に遭っている人を手っ取り早く救う方法はその場から逃すことだと考えたのだ。
俺自身も、いじめを受けたことがある。その時、おれはいじめてきたやつをぶちのめす力もなくただ辛い思いをしていた。叶わない相手と戦っても仕方がない、かといって我慢する必要もない。ならどうするか? 自ら動いて環境を変えてしまうのだ。俺は学校へ行かずダンジョンに潜った。その手段があった。手を差し伸べてくれる優しい両親がいた。
だから俺は村八分というイジメに遭っている山口家に引っ越せる環境を作った。たったそれだけで彼らがあいつらからイジメられることはもうなくなるのだから。
「そうだ、引っ越しの準備中に嫌がらせとか……大丈夫でしたか?」
千尋が心配そうに問いかけると颯太の祖母が
「それがねぇ……、村長の相馬さんがねぇ」
「あの爺さんがどうかしたんですか?」
「相馬さんは村役場の議長も務める政治家だったのだけど……どこかからパワハラ? というのかしら、村八分を支持するような音源が流れたとかでひっきりなしにテレビの人やら新聞記者やらで大騒ぎでそれどこではなかったみたいなの」
俺は白々しく「大変でしたね」と返事をして彼らを千尋の実家へと入るように促した。
そう。俺はあの日、あの村を出た後、千尋と一緒にとある週刊誌まで足を運び、田舎の村の村役場の議長……いわゆる税金で飯を食っている人間が気に入らない村人を村八分にするように命じているとリークしたのだ。
昨今、上に立つ人間のパワハラ……しかも無理心中や自殺者が出ているとなればマスコミが食いつかないはずはない。
その上、小さな村の村議長程度であれば政治家のお偉いさん方は救いの手なんか差し伸べない。批判して梯子をはずと俺はなんとなくわかっていたのだ。
「きっと、今は相馬さん一家が村八分にされてしまっているのかしらねぇ……」
「そうかもしれないですね。多分、そうやって自分達の悪事に気がつけないまま、村は滅びてしまうのかもしれないですね。でも、もう俺たちには関係ないですから。山口さんも忘れましょう」
「そうね、ありがとう。そうだ、旅館が開業したら颯太から連絡させるわね。ぜひ、初めてのお客様になって頂戴」
「えぇ、もちろん。俺、心待ちにしてます」
「はいっ、私も」
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